田舎教師ときどき都会教師

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松岡亮二 編著『教育論の新常識 格差・学力・政策・未来』より。少しでも明るい未来にするために、データと専門家と現場を重視してほしい。

 政治と行政には「やりっ放し」から「結果を出す」政策へ転換を進めていただきたいですが、そのように期待するだけでは、文科省の「通知行政」による教育委員会と学校現場への丸投げとあまり変わりませ。なかでも文科省の官僚一人ひとりは、少なくとも私が直接話した人々は全員極めて優秀で公のために献身する志をお持ちのようですが、長時間労働と過剰なストレスで心身共に疲弊しているように見えます。自分以外の個人や組織に任せきった上で課題の列挙に終始しても、子どもたちの可能性を具現化するという結果には繋がりそうにありません。この社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあるはずです。
(松岡亮二 編『教育論の新常識 格差・学力・政策・未来』中公新書ラクレ、2021)

 

 こんばんは。18日から20日まで3連休でしたが、夏休み明けからしばらく続いた急ごしらえのハイブリッド授業と先週の土曜授業(振休なし)が影響してか、疲れがとれません。ハイブリッド授業というのは、対面とオンラインを組み合わせて実施する授業形態のことで、具体的には教室にいる40人近くの子どもたちの相手をしつつ、コロナ不安で学校に来ていない子どもたちの相手も遠隔で同時に行うという、いわば「曲芸」みたいなものです。自治体の方針によれば、オンライン授業ではなくオンライン配信でOKとのことですが、教育委員会は現場の「心」をわかっているのでしょうか。オンラインでつながっているのであれば、パーシャルにでも授業に参加できるよう、何とか工夫してその「曲芸」にチャレンジしてしまうのが担任です。ただし過集中を要するので、文科省の官僚に負けず劣らず心身共に疲弊します。こんなにも疲れ果てた状態で日々の授業に終始しても、子どもたちの可能性を具現化するという結果には繋がりそうもありません。いわんや松岡亮二さんいうところの「学力格差」の解消をや。

 

 教育論の新常識が待たれる所以です。

 

 

 話題の新刊『教育論の新常識 格差・学力・政策・未来』を読みました。教育社会学者の松岡亮二さんが案内役(編著)を務めている一冊です。新書大賞2020(主催・中央公論新社)で第3位に選ばれた『教育格差』によって、一躍「ときの人」になった松岡さん。曰く《拙著刊行以降、教育再生実行会議のWGの委員だけでなく、自由民主党、文科省、財務省の研究所などから依頼を受けて講演をしてきました。新聞と雑誌への寄稿や取材、それにテレビ番組への出演もしました》とのことで、日本の教育の未来は松岡さんにかかっていると言っても過言ではありません。

 

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 その松岡さんが中央公論新社の編集・黒田剛史さんとともに近年の教育論をまとめたのが『教育論の新常識 格差・学力・政策・未来』です。執筆者は教育分野の研究者や文部科学省の行政官ら、総勢22人。どの論考でもデータに基づいたまっとうな議論が展開されていて、学校関係者にとっては必読の一冊といえるのではないでしょうか。以下、20のキーワードから成る目次です。

 

 第Ⅰ部 教育格差
  ①社会経済的地位(SES) 松岡亮二
  ②子どもの貧困 卯月由佳
  ③デジタル化 多喜弘文
  ④ジェンダー 寺町晋哉
  ⑤国籍・日本語教育 髙橋史子

 第Ⅱ部  「学力」と大学入試
  ⑥国語教育 伊藤氏貴
  ⑦英語入試改革 阿部公彦
  ⑧英語教育 寺沢拓敬
  ⑨共通テスト 中村高康
  ⑩大学教育 苅谷剛彦

 第Ⅲ部 教育政策は「凡庸な思いつき」でできている
  ⑪EdTech 児美川孝一郎
  ⑫九月入学論 相澤真一
  ⑬学費 小林雅之
  ⑭教員の働き方 内田良
  ⑮教員免許更新制度改革 佐久間亜紀

 第Ⅳ部 少しでも明るい未来にするために
  ⑯審議会 末冨芳
  ⑰EBPM(エビデンスに基づく政策立案) 松岡亮二中室牧子
  ⑱全国学力テスト 川口俊明
  ⑲埼玉県学力調査 大根田頼尚 聞き手・中室牧子伊藤寛武
  ⑳教育DX 八田聡史渡邉浩人大根田頼尚

第Ⅰ部 教育格差

 田舎の小学校ではひとりの担任が音楽も図工も家庭科も全て教えます。一方、都会の小学校では音楽も図工も家庭科も専科の先生が教えます。田舎と都会では、たとえ児童数が同じくらいの学校でも、教職員の数が全然違う。現場の感覚でいうと、これも教育格差のひとつだと思うのですが、どうでしょうか。都会の方が明らかに恵まれています。

 

 田舎生まれ。
 都会生まれ。

 

 格差の根にあるのは子供の「生まれ」、それに学校や地域のような集団間の社会経済的資源の偏りだ。これらは教育行政が直接手を入れることができない領域である。教育政策として介入可能なのは、雇用している教師であるが、すでにOECD(経済協力開発機構)の国際教員指導環境調査(TALIS)で明らかのように、日本の教師は過酷な長時間労働をしているので、現時点で(これ以上)多くを求めることはできない。

 

 松岡さんの「日本社会が直視してこなかった『教育格差』」より。キーワードでいうと①の社会経済的地位(SES/Socioeconomic status)です。勉強がよくできるかどうかは、生まれによってほとんど決まっているということ。そのほとんど決まっていることに抗い、めげることなくあの手この手で格差の解消に努めようとしているのが担任です。日本社会は直視していなくても、

 

 担任は直視している。

 

 目の前に子どもがいるからです。遠足なのにお弁当を持ってこない子や、日本語の読み書きに課題を抱えている外国籍の子など。担任は、目の前で困っている子を見捨てることはできません。小説『パトリックと本を読む』に登場するミシェル・クオ先生が、生徒のパトリックを見捨てなかったのと同じです。

 

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 髙橋史子さんが「他民族化・多文化化する社会に公教育はどう対応するか」(⑤国籍・日本語教育)に《ただし、NPOや市民団体だけに任せるのではなく、やはり公教育も子どもの多様性に対応するために変わる必要がある。理由は単純で、それが子どもの人権を守るからである》と書いています。もっともです。が、

 

 担任の人権も守ってほしい。

 

 多様性はややこしい。ややこしいからこそ、そのややこしさに対応する人を増やしてほしい。理由は単純で、それが子どもと担任の人権を守るからです。

 

第Ⅱ部  「学力」と大学入試

 第Ⅱ部には、高校国語の科目変更(例えば論理国語の導入)や大学入試改革(例えば大学入学共通テストにおける英語民間試験導入)などが、データに基づいたものではなかったということが書かれています。大学入試改革については、だから改革が「失敗」したのだ、と。中村高康さんは「大学入試改革は『失敗』から何を学ぶべきか」(⑨共通テスト)に、失敗の要因には3つの「軽視」があったということを指摘しています。

 

それは、①データの軽視、②専門家の軽視、③現場の軽視、である。

 

 データを軽視したり誤魔化したりしたら国が滅びるって、猪瀬直樹さんがよく言っています。現場を軽視したら授業がろくでもないものになるって、苅谷剛彦さんがよく言っています。

 

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第Ⅲ部 教育政策は「凡庸な思いつき」でできている

 第Ⅲ部も第Ⅱ部と同じ問題提起をしています。2019年末に突然発表された「GIGAスクール構想」も、コロナ禍で浮上した9月入学論も、それから教員免許更新制度も、すべてデータの裏付けを欠いた「凡庸な思いつき」でできている、と。エビデンスではなく、ナラティブに偏っている、と。

 

 やれやれ。

 

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 ちなみに児美川孝一郎さんの「GIGAスクールに子どもたちの未来は託せるのか」(⑪EdTech)に書かれていたオンライン授業の話が興味深く、思わずツイートしてしまいました。とてもとても勉強になります。イヴァン・イリイチの脱学校論を思い出しました。ただでさえ共同体がスカスカになっているのに、学校を解体したりしたら、教育格差の解消どころではありません。がんばれ文科省。

 

 

 もうひとつ。内田良さんの「教員という『聖職』にひそむリスク」(⑭教員の働き方)には、例えば《業務に関しては、教員側は保護者に対してもっと本音で話をするべきだと思います》など、働き方改革を進めるにあたって記念碑的に大切なことが数多く書かれていて、お勧めです。教員のみなさんにはぜひ手にとって読んでほしい。

 

教員としての献身性は、長時間労働のなかにのみあるのではなく、一日八時間の労働のなかでも、泣いている子どもに向き合うときや、周到な準備をして真剣に授業に臨むときの姿に表われるのではないでしょうか。

 

 素晴らしい論考なのですが、ここだけはツッコミを入れたくなりました。一日八時間の労働では、周到な準備はできないんです(涙)。

 

第Ⅳ部 少しでも明るい未来にするために

 では、少しでも明るい未来にするためにはどうすればいいのか。第Ⅳ部には、著書『「学力」の経済学』で知られる中室牧子さんや、教育行政を担う文部科学省の官僚さん(大根田頼尚さん、八田聡史さん、渡邉浩人さん)らが登場し、これまでと同様にデータの大切さを説いています。

 私にとっての白眉は、大根田さんの「世界が注目 子どもの成長を『見える化』する調査」(⑲埼玉県学力調査)に出てくる以下の台詞でしょうか。大和田さんが話しているのは、エビデンスベースの「効果がある指導方法」のことです。

 

大根田 まず総論として、アクティブ・ラーニングや学級経営が大事だと分かってきたわけですけれども、最終的には個々人の話に行き着くと思います。

 

 そうです。アクティブ・ラーニングと学級経営が肝なんです。教育格差の解消とまではいきませんが、効果がある指導方法に関しては、岩瀬直樹さんの実践が、ナラティブとエビデンスの間で、よい。

 

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 少しでも明るい未来にするためために。

 

 ぜひ『教育論の新常識』の購入を!