田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧

姫岡とし子 著『ヨーロッパの家族史』より。家族とはなにか。

16世紀フランスの哲学者モンテーニュは、「乳児期の子どもを2、3人なくし、残念に思わなかったわけではないが、ひどく悲しむというほどのことではなかった」と述べている。彼が特別だったわけではなく、乳幼児死亡が非常に高かった18世紀半ばころまで…

赤松啓介 著『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』より。この子の顔、俺に似とらんだろう?

結婚と夜這いは別のもので、僕は結婚は労働力の問題と関わり、夜這いは、宗教や信仰に頼りながら過酷な農作業を続けねばならぬムラの構造的機能、そういうものがなければ共同体としてのムラが存立していけなくなるような機能だと、一応考えるが、当時、いま…

サマセット・モーム 著『雨・赤毛』より。国家が、あとからやってきた。宣教師も、あとからやってきた。

「いいですか、彼らは生まれながらに堕落しているのです。だから何と言ってやっても、自分の罪悪がわからないのです。彼らでは自然な行為のつもりでいるものを、罪悪だと意識させてやる必要があったのです。姦淫を犯したり、嘘をついて物を盗むばかりではな…

松村圭一郎 著『くらしのアナキズム』より。国家が、あとからやってきた。学校も、あとからやってきた。

「国家」について意識しはじめたのは、22歳で訪れたエチオピア西南部のコンバ村でのことだ。当時60代半ばだった農民男性、アッバ・オリは、彼の人生と村の歴史について教えてくれた。それはとても衝撃的だった。国家が、あとからやってきた(・・・・・…

佐藤愛子、田辺聖子 著『男の背中、女のお尻』より。みっともない大人に俺はなる。

私が佐藤愛子さんを知った最初の頃、彼女はみずみずしく、そして、若かった。 襟ぐりの広いワンピースかなにかを着ていて、そこに白い肌が現われて、私は、〈やりたいなあ〉と思ったこともある。 今でも佐藤愛子さんはきれいである。ときどき、〈おや〉と思…

伊坂幸太郎 著『777』より。他人と比べた時点で、不幸は始まる。

二十代前半の社会人といったところだろうか、久しぶりの再会に花を咲かせている様子もある。同窓会のような集まりなのかもしれない。背の高い男が自分の会社の残業代についての愚痴を洩らすと、別の男が、「それくらい、俺なんて」と嘆きながらも誇らしげな…

東浩紀 著『訂正可能性の哲学』より。家族も一般意志も、変わらないために変わり続ける。

そして20世紀が終わるころには、そもそもソ連が崩壊したこともあり、大きな物語のような発想はほとんど支持されなくなった。1971年生まれのぼくは、学生時代にまさに「大きな物語の終わり」を叩き込まれた世代にあたる。人類の歴史にまっすぐな進歩な…