田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

岩田健太郎さんの『99・9%が誤用の抗生物質』より。教室をなめんなよ。

従来型の医学部の授業は、ようするに「これはウォッカだぞ、飲んでみろ」と言われて「なるほど、たしかにこれはウォッカですね」と教え子が得心するようなものでした。こういうやり方をいくら繰り返しても、ブラインドテイスティングでは外してしまうのです…

岩田健太郎さんの『1秒もムダに生きない』より。今一番やりたいことを、やる。

しかし、そうこうしているうちに、臨床医学にどっぷり浸かって抜けられなくなりました。アメリカに行ったのは、人の紹介があったためでして、決して進んで望んで行ったのではなかったです。感染症を専門にしたのも成り行き、中国で診療所に勤める医者をやっ…

岩田健太郎さんの『予防接種は「効く」のか?』より。キャリア・パスポートは「効く」のか?

医学の世界では、森鴎外といえば、高木兼寛との「脚気の論争」で有名です。陸軍医師であった森鴎外は、脚気を感染症が原因だと「理論的に」推論し、海軍医師の高木は、栄養説、つまり栄養の欠如がその原因ではないか、という説を取りました。(岩田健太郎『…

ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』と 坂口恭平さんの『cook』。

もともと僕は建築家を志望していたし、その後も建築のことを中心に何かを伝えようとしてきた。しかし、何か違和感を感じていた。何か違うと。 それが料理をはじめるようになって少しずつわかってきた。 僕が伝えたいと思っていることは外枠の建築ではなく、…

岩田健太郎さんの『感染症医が教える性の話』と「性教育の現場」より。

教育対象として大切だ、ということとそれをあからさまにしてよいか、という問題は別問題だ。同じにしてはいけない。(中略) 排泄はプライベート・マターであり、プライートなことを公の場で大きな声で口にするのは、そのプライベート性を否定することになる…

岩田健太郎さんの『「患者様」が医療を壊す』より。「保護者様」が教育を壊す。

だから人物評価なんてまじめにやっちゃだめなんですね。評価を一生懸命にやればやるほどその人のパフォーマンスは目減りしてしまう。人物評価なんて(もしやるのならば)、ほんわか適当にやるのが一番です。どうせ人が人を正当に見積もることなんて、そんな…

岩田健太郎さんの『サルバルサン戦記』より。大人の苦手を子どもに感染させるな。

「そしてね、佐八郎。そういう『他人の視線』を一切気にしなくなると、とても生きているのが楽になるのよ。解放されるわ。自由に生きるとは、他人の視線から自由になるということなのよ。『天然』で空気が読めない態度を取り続けていると、そのうちだれも私…

岩田健太郎さんの『医学部に~』を読む。是非はともかく、カルロス・ゴーンは怠惰ではない。

日本人は怠惰である。勤勉ではない。 効率の悪い仕事だとわかっていても、意味のない書類だとわかっていても、意味のない会議だとわかっていても、怠惰だから改善しようという努力をしない。流れに任せて、ダラダラと仕事をし、ダラダラと書類を書き、会議で…

岩田健太郎さんの『主体性は教えられるか』より。主体性と評価の話。

評価というものの問題点を考える必要がある。評価とは、他者の目による規定である。他者に規定されている自分は、主体性を欠く。「あの人に批判されるといけないから、やる」となってしまうのである。外部評価は全否定はしないけれど、そのダークサイドには…

三浦英之さんの『南三陸日記』より。家族の風景と、師匠の言葉。

卒業式の直前、教頭は生徒の作文を読んで驚いた。「津波が起きて『良かった』と思えるようになりたい」とある女子生徒は書いていた。 大切な人や家も失い、悲しくて、苦しくて、今はどうにもならないけれど、それをいつか「良かった」と思えるぐらい、自分は…

どんなふうにして暮らしたってかまわんのだ、と思える教育を!

三菱の社長より長期旅行者の方が幸せであるなどど断言することはもちろんできないのだが、要するに人の生活などいろいろだと思えるのだ。何でそう思うのかというと、それこそが旅をしてさんざん見てきたことだからなのである。 どんなふうにして暮らしたって…

小熊英二さんの『地域をまわって考えたこと』を読む。学校もまわろう。

日本の場合、集合意識の範囲の指標の一つは、お祭りが開かれる神社と、小学校の校区である。明治期に小学校が設立された際には、明治政府に予算がなく、地元社会の寄付で建てられることが多かった。寄付が集まる範囲は、仲間意識のある範囲と深い関係があり…

なぜ、あなたの仕事は終わらないのか。中島聡さんの本を読んで考えた。

しかし一歩立ち止まって、本質的な意味を考えることは重要です。アメリカではそのように、形式より意味を考えて判断することがとても多いのです。 たとえば車を運転してスピード違反で捕まったときに「息子が熱を出していて」という言い訳が通用することは結…

坂口恭平さんの『徘徊タクシー』を読みました。わかりあえないことから。

「ばあちゃん、どっちね?」 大声をあげて尋ねると、彼女は右の人差し指をまっすぐに伸ばした。そこは小さいころ従兄弟たちとよく歩いていた道であった。トキヲを背負った僕は彼女の指を道標に少しずつ歩きはじめる。 トキヲをおんぶしたのはこれが初めての…

坂口恭平さんの『幻年時代』を読む。視点の共存と多重空間と宮沢賢治。

幼少期に二つの記憶がある。どちらも僕はベビーカーに乗っている。どちらも楽しい思い出ではない。~中略~。二つの記憶には共通点がある。自分の目から見た視点、その坂口恭平を遠くから眺めているもう一つの視点が共存していることだ。(坂口恭平『幻年時…