田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

坂口恭平さんの話を聞いてきました。青山ブックセンターにて。

 つまり、僕は独立国家をつくったのだ。
 自分の人生をただ自分の手でどこにも属さずつくりあげている。僕はそういう人間だ。
 なぜ、そんな人生になってしまったのか。
 それには理由がある。
 それは、僕が幼い頃から抱えている質問に、誰も答えてくれないからだ。だから独立国家をつくり、自分でそれをひたすら考えている。
坂口恭平『独立国家のつくりかた』講談社現代新書、2012)

 

 教育学部を出ていないからでしょうか。小学校の教員になったときに、とても気になる言葉がありました。それは「発問」という言葉です。先生たちは「今日の授業は発問がよかった」や「発問がわかりにくい」や「発問をどうしようか考えている」のようにしばしばこの言葉を使います。理学部では耳にすることのなかった「発問」という言葉。

 

 問いを発すると書いて、発問。

 

 問いを発するのは教師です。ほとんどの場合、子どもは問いを発する主体としては想定されていません。しかも教師は答えを知っています。

 社会科の授業などで「学習問題」と称して「クラスの問い」を立てるケースはあるものの、「みんな違って、みんないい」はずの子どもが40人もいるのに「クラスの問い」だなんて、おかしい。にもかかわらず「みんなはこのことを知りたいんだね」なんて恥ずかしげもなく話している先生を見ると、ちょっとした闇を感じます。みんなって、誰だ(?)。自ら課題を見つけることなどをねらいとしている「総合的な学習の時間」も似たり寄ったり。

 坂口恭平さんのように、幼い頃から「なぜ人間だけがお金がないと生きのびることができないのか。そして、それは本当なのか」や「庭にビワやミカンの木があるのに、なぜ人間はお金がないと死ぬと勝手に思いこんでいるのか」などの問いを抱えている子にスポットライトが当たることはまずありません。発問は教師がするものだからです。

 小中高とその状態が続き、大学の研究室に入ってから突然「ところで、あなたは学問の名に値するどんなユニークな問いをもっていますか?」なんて聞かれても、答えられるわけがありません。

 後年、佐伯胖さんの『「学び」を問いつづけて』を読み、同じようなことが書かれていて、ちょっと安心しました。《わたしがまだ教育界の特殊用語に馴じんでいなかった頃、「発問」ということばを耳にしたとき、それは当然子どもの側からの発問だと信じて疑わなかった》。

 

 公文書改竄や税金の私物化など、現在、日本が独立国家(或いは民主主義国家)の体をなしていないように見えるのは、もしかしたら子どもたちの「問い」を蔑ろにしているからかもしれない。そんなことを考えながら、坂口恭平さんの話を聞きに、青山ブックセンターに向かいました。

 

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表参道駅徒歩7分。青山ブックセンターにて(2019.11.17)

 

 昨夜、青山ブックセンターで行われたのは「トーク+いのっちのワークショップ+歌 =『まとまらない人  坂口恭平が語る坂口恭平』刊行記念イベント」です。一昨日の土曜日は学芸会だったので、明日は振替休日。明日も休みだ~、しかも都会だ~、という解放感とともにリラックスした状態で坂口さんのまとまらない話に耳を傾けることができました。

 歌で始まり、歌で終わった刊行記念イベント。坂口さん、文や絵だけでなく、歌も本当にうまくて、思考もそうですが多才な人だなぁと改めて思いました。多才だからまとまらないんですね、きっと。野球だけ、とか、~だけ、ではなく、子どもの頃はみんな歌ったり踊ったり絵を描いたり、いろいろなことを自然と楽しんでいたんですよ、という話も頷けます。そんな話も含めて、ヘッドロココとかパズーとか植字工とか、カオスのような語りから次々と「メモをとりたくなる話」が生成されていった1時間半。心に刺さった言葉をいくつか書きとどめておきます。

 

〇 人には全く興味がない。なぜなら他人だと思っていないから。
〇 自我はない。
〇 つじつまは合わせなくていい。
〇 やりたいことなんて見つけなくていい。
〇 やりたくないことをしないことが大事。

 

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肉炭バル MATOIYA 表参道店

 

 隣の席に座っていた人となかよくなって、帰路、短い時間でしたが、一緒に飲みました。仕事に悩んでいるとのことで、坂口さんの「やりたいことなんて見つけなくていい。やりたくないことをしないことが大事」という言葉に救われたと話していました。坂口さんがずっと続けている「新政府いのっちの電話」のイベントバージョンですね。新刊の『まとまらない人』もそういった役割を果たすのだろうな。

 

 なぜやりたくないことをやっているのだろう。
 なぜ振替休日なのに仕事をしているのだろう。

 

 問いを熟成させること。

 

 感謝。

 

 

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

 
「学び」を問いつづけて: 授業改革の原点

「学び」を問いつづけて: 授業改革の原点

 

 

 

なぜ美人は麻薬に手を出すのか? 過労と麻薬は同床異夢。

 インフルエンザは咳やくしゃみで感染する。だから、マスクや手洗いでウイルスが身体に入り、感染を起こすリスクを減らそうとする。でも、マスクも手洗いも効果はそれほどでもないから、毎年たくさんの人がインフルエンザになってぼくらの外来に来る。かくいうぼくも、今シーズンは(生まれて初めて)インフルエンザになった。ワクチンも打っていたし、マスクも手洗いもばっちりだった(と思う)けど、防御策は完全じゃないんだ。
 とはいえ、実はインフルエンザには「完璧な」予防方法がある。
(岩田健太郎感染症医が教える性の話』ちくまプリマー新書、2016)

 

 昨日、沢尻エリカさんが合成麻薬MDMA」を所持していたとして逮捕されました。沢尻エリカさんに興味はないのですが、麻薬にせよタバコにせよ、そういった「禍々しい」ものに手を出す人と手を出さない人の違いには興味があります。沢尻エリカさんや、以前このブログに書いたゴアで出会ったきれいなお姉さんは、どういった教育を受けてきたのか、或いは、その後どういった労働環境を生きてきたのか。

 

 二人とも美人だからか?

 


 教育については、宮台真司さんの著書『まぼろしの郊外 ― 成熟社会を生きる若者たちの行方』が参考になります。麻薬解禁政策をとる、教育先進国オランダでの実験例が紹介されています。

 第1集団 教師が「麻薬はダメ」と価値伝達する。
 第2集団 教師が「麻薬はダメ」の理由を伝える。
 第3集団 結論を与えずに、ディベートをさせる。

 卒業後に麻薬に手を染めた割合が多かったのは、もうおわかりかと思いますが、当然、第1集団、第2集団、第3集団の順です。麻薬でもタバコでも、最大の歯止めは「自己決定」にあるという話。

 では、教育を受けた後に麻薬やタバコなどの「誘惑」に負けないためにはどうすればよいのか。医師の友人(♀)曰く「感染症医のプリンス」と呼ばれる岩田健太郎さんが、インフルエンザを例に紹介している「完璧な」予防方法が参考になります。極論ですが。

 

 2年前の学級通信「Batoooon(バトゥーーーン)」より。

 

 感染症医が教える「完璧な」予防方法をとる前に、インフルエンザになってしまいました。人生で2度目、小学生のとき以来の感染です。毎年、娘に「パパだけ何で平気なの?  バカなの?」と軽口を叩かれるぐらい健康そのものだったので、今年も勝手にシロだと思い込んでいました。1月29日の月曜日、積み重なる連絡帳の上に「明日は我が身」という思いが重なり、学級閉鎖初日の火曜日に病院へ。結果、クロ。

 

「完璧な」予防方法とは?

 

 微生物(ウィルス)の自然発生説を否定した、パスツールの実験にヒントを得た方法です。白鳥の首の形をした特殊なフラスコに肉汁を入れ、煮沸し、微生物がゼロの状態にします。もしも微生物が自然に発生するのであれば、やがて肉汁は腐ります。しかし何日経っても肉汁は腐りません。フラスコの首が曲がっているため、腐るという現象を引き起こす微生物が入ってこられないからです。すなわち、感染経路が存在しなければ、感染症は発生しない。

 つまり、「完璧な」予防方法とは、家(フラスコ)に引きこもってしまえばいい、ということです。

 なるほど。でもそれだと退屈です。インフルエンザのリスクをゼロにするために家に引きこもれば、楽しくない毎日という別のリスクを抱えることになります。だから「完璧な」予防方法がとられることはありません。放っておいても人は寄ってくるし、何もしなくても人は去っていく。楽しい毎日って、そういうものです。

 

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ドラッグが身近な街。インドのバラナシにて(98)

 

  大麻マリファナ)とラッシーを混ぜた「バングラッシー」なるものが普通に売られていたバラナシでも、私はそれを飲むことはありませんでした。沢尻エリカさんやゴアで出会ったきれいなお姉さんだったら、飲むだろうなぁ。飲まなかった私が偉い、と言いたいのではなく、飲まなかった私は勇気のないつまらない男だ、と伝えたいのでもなく、沢尻エリカさんもゴアで出会ったきれいなお姉さんも、女優とバックパッカーという差はあれど、二人とも美人ゆえに退屈だったのかもしれない、というのが言いたいことです。美人だからこそ、いろいろなことに飽きてしまったのかな(?)と。

 退屈だから人は過労死するまで働いてしまうし、禍々しいものにも手を出してしまいます。そして周りが見えなくなる。もちろんそれだけが要因ではありませんが。


 私はバラナシの街を歩いているだけで楽しかった。
 完璧な予防法は、あのときの感覚を忘れないこと。

 

 過労と麻薬は同床異夢。

 

 使い方が違うかも。

 

 

感染症医が教える性の話 (ちくまプリマー新書)

感染症医が教える性の話 (ちくまプリマー新書)

 
まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)

まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)

 

 

教え方はひとつではない。挙手も板書もほどほどに。

「それが私の最大のノウハウなんですよ」とルクシンは言った。「三十年前に発見したのは、要するにそれなんです。子どもたちはみんな、解いた問題のひとつひとつについて自分の話を聞いてもらわなければなりません」。別の数学クラブでは、教室で子どもたちに答えを発表させていた。しかしそれは、誰かが最初に正解を出したところですべてが終わることを意味する。どの子にも、その子だけの成功があり、障壁があり、失敗がある。それを語らせてやるというのが、ルクシンの方針だったのだ。おそらくこれは、これまでに考案された中で、もっとも労力のいる指導法だろう。生徒も教師も、誰ひとり楽をする暇がない。「つまるところ、子どもたちには、話をすることを教えるのです」とルクシンは言う。
(マーシャ・ガッセン・著、青木薫・訳『完全なる証明』文藝春秋、2009)

 

 これが解けたら100万ドル。俗に言う「ミレニアム懸賞問題」のひとつ「ポワンカレ予想」の証明をやってのけた、ソ連(ロシア)の数学者グリゴーリーペレルマンの評伝より。そうだよなぁ、と思えるところを引用しました。著者のマーシャ・ガッセンは、ペレルマンと同時代に旧ソ連数学教育を受けたジャーナリストとして知られています。白眉は《どの子にも、その子だけの成功があり、障壁があり、失敗がある》というところでしょうか。

 

 みんな違って、みんないい。

 

 40人いれば40通りの「わからなさ」があるし、40通りの理解の仕方があります。その「わからなさ」や理解の仕方を一人ひとりにきちんと語らせることが、ペレルマンの先生であったセルゲイ・ルクシンの方針です。

 

 自分の成功や障壁、或いは失敗を言葉にして表現しない限り、進まない授業。

 

 音楽と図工でいえば、自分が歌わなかったとしても進んでいく合唱活動と、自分がつくらなかったら進んでいかない造形活動の違いといえるでしょうか。もっと大きなくくりでいえば、日本の小学校のオーソドックスな授業スタイル、いわゆるブロガーのインクさんいうところの挙手を前提とした一斉授業(引用でいえば「別の数学クラブ」)と、自学をベースとするオランダのイエナプランとの違いといえます。ルクシンの指導法に近いのはもちろん後者です。

 

 

 私は授業のときに挙手をほとんど求めません。板書をすることもほとんどありません。子どもたち全員が、一人残らず「自分の成功や障壁、或いは失敗を語ること」にプライオリティーを置いているからです。

 ルクシンとの違いは「子どもたち同士で」というところでしょうか。さすがに40人もいると、いくら労力をかけても、担任一人で全ての子どもたちの話に耳を傾けることはできません。


 3時間目の算数で分度器を使って角度を測ったり三角形をかいたりしました。昨日はAさんに教えてもらったけど、今日は一人で全部できました。Bさんに説明することもできたので嬉しかったです。Aさんのおかげかなって思いました。Aさん、ありがとう。聞いてくれたBさんも、ありがとう。

 

 子どもの振り返りより。私ができることは、子どもたち同士をつなげて、そのつながりの中で、振り返りにあるような「話す・聞く」を機能させること。よくある話ですが、子どもたちが当事者意識をもちやすいように、グループサイズ(一人、ペア、4人グループなど)をうまく変えていくことによって、その中で「自分の話をすること」&「友達の話を聞くこと」を促しています。

 
 今日だれかの助けを得てできたことは、明日は一人でできるだろう。

 

 類似的な話を、同じく旧ソ連の心理学者レフ・ヴィゴツキーがしています。いわゆる「発達の最近接領域」と呼ばれる有名な概念です。発達の最近接領域とは、子どもの「現時点での発達水準」と「潜在的な発達可能水準」の間に存在する領域(のびしろ)のことで、ヴィゴツキーは共同作業(コラボ)を通してこの2つの水準のズレを解消しつつ新たな発達可能水準を生じさせることが教育であると言っています。ルクシンの「語らせてやる」は、発達の最近接領域をつくることにつながるなぁと、上記の子どもの振り返りを読んだときに、そんなことを考えました。

 

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カンボジアシェムリアップにて、休日の小学生(01)

 

 今日は土曜参観でした。6連勤。ホント、疲れました。休日は遊ぶべきですね、子どもも大人も。ただ、授業参観のときに、普段はあまり顔を見ることのできないパパたちとたくさん話をすることができたのは、よかった。一斉授業というスタイルをとっていないので(挙手も板書もほどほどなので)、授業中に保護者と話をすることができます。

 このブログと似たようなことを書いている学級通信(タイトルはコラボ)について、パパさん曰く「コラボ、いつも楽しみにしています🎵」。

 

 ホント、ありがたい。 

 

 

完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)

完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者 (文春文庫)

 

 

 

      

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー。ややこしい多様性への愛。

「でも、多様性っていいことなんでしょ? 学校でそう教わったけど?」
「うん」
「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの」
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽よ」
「楽じゃないものが、どうしていいの?」
「楽ばっかりしてると、無知になるから」
ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』新潮社、2019)

 

「私たちはイエローでブラックで、かなりブルーよね」って、かつての同僚に勧められて読み始めたブレイディみかこさんの本。さっき読み終わりました。本屋大賞を受賞するだけあって、よかったぁ。今週は6連勤で明日の土曜日も授業があるのでかなりブルーでしたが、限りなく透明に近いブルーに変わりました。或いは、聖母マリアのブルーに。

 

 青は聖母マリアの色。

 

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同宿のバックパッカーから譲り受けたマザー・テレサの写真

 

 上の写真は、カルカッタにあるマザーテレサの施設で2ヶ月ほどボランティアをしていたときに、同宿のバックパッカーのお姉さんから譲り受けたものです。マザーテレサをずっと取材していたカメラマンさんからもらったそうで、そのカメラマンさんは「マザーテレサのことをより多くの人に知ってほしい」という目的で写真をリアルに拡散していたとのこと。SNSとかなかったからなぁ、あの頃。

 

 数枚、私のもとにも届きました!
 道徳の授業でよく使っています!

 

 日本人がこの「白地に青い線の修道女の服」を着ると、それこそぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルーになるなぁなんて、どうでもいいことを考えてしまうくらいに疲れている金曜日の夜ですが、マザーテレサの施設にいたときのことを振り返ると、疲れたなんて言っていられないなぁと思います。

 道端で倒れていた老人を施設に運ぶために抱きかかえたときの「人間って、こんなにも軽くなるのか」という驚きとか、施設で亡くなっていく身寄りのない老人たちの「存在の耐えがたき軽さ」とか。楽じゃなかったからなのか、とてもよく覚えています。

 

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マザーテレサの施設「プレムダン」のボランティア仲間(00)


 孤児の家や死を待つ人の家は人気があってボランティアがたくさんいるという話だったので、人気がなくて人手不足という「プレムダン」に通っていました。プレムダンには男女合わせて200人近くの身寄りのない高齢者がいて、ボランティアは掃除や洗濯、食事や介護などの仕事を行っていました。写真は昼食後の休憩タイムのときに撮ったもの。いちばん左に写っているイタリア人のルカさんとは仲良しになり、その数ヶ月後に日本で再会することに。

 

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我が家(実家)にステイしたルカさん、本場のパスタ🎵(00)

 

 そばがらの枕に驚き、あたたかい便座に驚き、そしてなめらかに動くスライド式のロックにも驚くなど、何にでも興味を示し、驚きながら楽しみまくっていたルカさん。職業はフリーのフォトジャーナリストで、1973年のピューリッツァー賞受賞作である『ベトナムの少女』(フィン・コン・ウト撮影)に写っている少女にも会いに行ったことがある、とのこと。ナパーム弾から逃げ惑う村人らとともに写っていた、裸の少女、当時9歳のキム・フックさんのことです。

 

ベトナムの少女―世界で最も有名な戦争写真が導いた運命 (文春文庫)

ベトナムの少女―世界で最も有名な戦争写真が導いた運命 (文春文庫)

 

 

 あの子がその後どんな人生を送っているのか、気になったから会いに行ったそうで、フットワークの軽さに、さすがは今わたしの家にいるだけのことはあるなぁ、と思いました。ちなみにナパーム弾によってひどい火傷を負ったキム・フックさんは、その後アメリカで治療を受け、今はアメリカで生活しています。母として😊

 いろいろなことに関心があって、いろいろなところに行って、いろいろな人と出会う生き方。かなりのエネルギーがいるはず。でも、楽ばっかりしていると無知になるから。すなわち楽ばっかりしていると無関心になるから。そして何より、愛の反対は憎しみではなく無関心だから。エネルギーの源にあるのは、きっとそういうことなのだと思います。

 

 ややこしい多様性を愛せる人に。

 

 イエローでホワイトで、ちょっとブルーな「ぼく」も、物語の最後にイエローでホワイトで、ちょっとグリーンになった「ぼく」も、マザー・テレサやルカさんと同じように、ややこしい多様性を愛せる人なのだろうなぁと思いました。我が子や教え子にも、そうなってほしいものです。

 

 あっ、「変形労働時間制」の導入法案、衆院委で可決だ(速報)。

 

 やっぱり、かなりブルーだ😭 

 

 

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 
限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

 

 

ケナリも花、サクラも花。イエローも人、ホワイトも人。

 人にはそれぞれ事情がある。それを上手にコントロールしながら暮らしていかなければならないような事情を、誰もが持っている。そうして、コントロールしながら、うまく折り合いをつけながら生きていく上で通名が必要になるのなら、それはやはり必要なものなのだとわたしは思う。「民族」「祖国」といったとても大きくて抽象的なことばとかかわる前に、まず人間は毎日毎日生きていかなければならない。
鷺沢萠『ケナリも花、サクラも花』新潮文庫、2008)

 

 これって、あれじゃないですか。そうかも。2001年3月末、日本ではサクラが、韓国ではケナリが咲き始める頃、ラオス中南部に位置するサワンナケートにて。

 夜、噂には聞いていたものの、見るのも食べるのも初めてとなる「孵化寸前のゆでたまご」が屋台の前で「おいでおいで」しているのを発見。その日の昼に同じ宿で知り合った2歳年下の芳山くん(仮名)が、小田実さんの『何でも見てやろう』をもじって「何でも食べてやろう」と言うので、互いに励まし合いながらおっかなびっくり食べてみました。ビア・ラオに合う(!)と思ったかどうかは忘れてしまったものの、その珍味が気分の高揚に一役も二役も買ったのは事実で、バックパッカー同士、大学生同士、日本人同士、芳山くんと全方位的に意気投合し、数時間にわたって語り合ったことを覚えています。

 

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サワンナケートにて。メコン川の向こう側はタイ(01)

 

 酔いがピークとなり「大事なのは初等教育だよ。教員資格認定試験を受ければ教育学部じゃなくても小学校の教員になれるから、どう?」なんて、まだ教員でもないのに年上風を吹かせて偉そうに「教育の道」を勧めた矢先のこと。

 途上国を旅していて、教育の大切さは痛いほど分かります。子どもも好きだし、小学校も大好きだったし、だからなりたいのはやまやまなんですけどね、と芳山くん。

 

 俺、実は、日本人じゃないんです。
 だから多分、教員にはなれません。

 

  酔いがちょっとというか、かなり醒めました。芳山くんは、作家の鷺沢萠さん(故人)と同じ、在日韓国人だったんです。「芳山」という名字も通名とのこと。不意を突かれて、言葉に詰まってしまいました。《マルチカルチュラルな社会で生きることは、ときとしてクラゲがぷかぷか浮いている海を泳ぐことに似ている》とは、いま読んでいるブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』に出てくる言葉ですが、まさにそんな感じ。もちろん芳山くんはクラゲのように刺してきたのではなく、屋台のそばを流れていたメコン川のようにオープンな感じで教えてくれたのですが、人に事情有り、国に歴史有り、とはよく言ったもの。日本の国籍がないと、公立の小学校の教員にはなれないんですよね。当たり前のことですが、日本で生まれ育って、日本語ペラペラで、どこからどう見ても日本人にしか見えなくて、そして日本のことを大好きでも、公立の小学校の教員になれない。そういった人たちがいるなんて、考えたこともありませんでした。

 芳山くんとはサワンナケートで別れた後も何度かメールのやりとりをしましたが、大学を卒業した後に「イギリスに留学します!」という連絡をもらってからは音信不通になってしまいました。ケナリも花、サクラも花。霊長目ヒト科の生き物同士、いつかまたどこかで会えたらいいな。

 

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サワンナケートでの食事、これは確か、ランチ(01)

 

 話は少し変わりますが、芳山くんのように、意気投合できる人と出会うと、職業柄「一緒に学年を組むことができたら楽しいだろうな」と思います。尊敬できる人や相性のよい人、それから石田ゆり子さんみたいな人(?)等々。魅力的な人に会うたびにそう思います。

 最近こんな人と同じ学年を組むことができたらめちゃくちゃ勉強になるだろうなぁと思っているのは、ブログ『ツイートの3行目』を書いているインクさんです。本当に小学校の先生なのか(?)、プロの書き手じゃないのか(?)と思ってしまうくらい素敵な文章を綴っています。しかも毎朝6時に。凄すぎです。

 教員採用試験の倍率が危機的だとか、教員の質が下がったとか、神戸がどうだとか、桜を見る会がどうだとか、いろいろと報道されていますが、インクさんみたいに優秀な人が教員をやっているっていうことをもっと報道してほしい。そして「教育」に未来を感じさせてほしい。

 

 

 芳山くんにもまた会いたいし、インクさんにもいつか会ってみたいな。桜を見る会は中止にできても、人々の「何でも見てやろう&何でも食べてやろう、等々」は中止にできない。

 

 ケナリも花、サクラも花。
 イエローも人、ホワイトも人。

 

 だからおもしろい。

 

 

ケナリも花、サクラも花 (新潮文庫)

ケナリも花、サクラも花 (新潮文庫)

 
何でも見てやろう (講談社文庫)

何でも見てやろう (講談社文庫)

 
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 

 

 

 

教材をめぐる冒険、雪だるまをめぐる冒険、羊をめぐる冒険

 言葉の教科書(注:日本の国語の教科書)のはずなのに自然保護を教えている。やたら動物とか自然が出てくるでしょ。言葉というのは、基本的に人間関係のものなのに、なんで動物にしなきゃいけないの、なんで自然観察しなきゃいけないのっていうことを感じました。
谷川俊太郎斎藤次郎佐藤学『こんな教科書あり?』岩波書店、1997)

 

 詩人が教壇に立ったら、句読点でも整理するように、優雅に授業を展開するのでしょうか。昨日は3、4時間目の国語の授業で「つみあげうた」をつくりました。詩人の谷川俊太郎さんが勧めている教材です。

 

 1行目。
 1行目2行目。
 1行目2行目3行目。

 

「つみあげうた」の特徴は、そんなふうに1行ずつ増やして読んでいくところにあります。前の行と次の行がつながっているのも特徴の一つ。例えば1行目を「あいちゃんのたまご」、2行目を「を学校の校庭で見つけたさなちゃん」としたら、読むときは一人目が「あいちゃんのたまご」、二人目が「あいちゃんのたまごを学校の校庭で見つけたさなちゃん」となります。

 5年生の子どもたちがつくった「つみあげうた」。例えばこんな感じです。

 

「雪だるまをめぐる冒険」 二班  作

 ぼくは沖縄の雪だるま
 が春の陽射しを浴びて溶けた水
 を午前七時に飲もうとしていたハンサムなマイケル
 が三年前のクリスマスまで履いていた靴
 をつくっている地元のメーカー
 のそろそろ年頃の社員
 が食べている雪見だいふく
 の味がするカレーライス
 の中の人参を栽培しているハンサムなロドリゲス
 がつくった可愛い雪だるまです
 

 

「夢」 三班  作

 梅干を食べているスッパマン
 の真似をしている英次郎くん
 を笑っているさきちゃん
 につられて笑いそうな達也くん
 の姿を見て笑っちゃったむっちゃん
 という夢を見ていた三班のみんな

 

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こちらは言葉ではなく物をつみあげるスカイツリーゲーム

 

 言葉遊びを通して、言語感覚を磨こう。
 言葉遊びを通して、人間関係を築こう。

 

 スカイツリーゲームなど、たくさんのグループワークを通して人間関係を築いてきた同じ班の仲間との創作活動。そして早口言葉(各グループ1分間)での発表。詩人の魔法にかかったかのように、子どもたちは「つみあげうた」の世界に夢中になっていました。

 

 というのは、数年前の「昨日」の話。

 

 本当の昨日はといえば、6時間授業でいつも通りハードな一日。でも、子どもの素晴らしい気付きや振る舞いがたくさんあったし、「授業を見せてください」っていう若手の要望にそこそこ応えられる授業を見せることができたし、いつも通り定時に出たし、出る直前にはその若手からシュークリームと缶珈琲と「勉強になりました」っていう言葉をもらうことができたし、何ていうか、小確幸&心地よい疲れを帰路に感じることのできたよい一日でした。 

 

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定時退勤間際に、勉強熱心な若手の先生から嬉しい心遣い

 

 やっぱり授業だ。

 

 昨日は「つみあげうた」のような、かつて教材として使用したことのある「持ちネタ」的な授業を算数と道徳で行いました。若手の先生に見せたのもそのうちのひとつ。

 

 まず算数。

 

 算数は、教育学者の佐藤学さんいうところの「背伸びとジャンプ」を要する問題にチャレンジしました。前半は苦戦、そして後半になると「できた!」「あっ、わかった!」「そういうことか!」という声が聞こえ、授業が終わると「ちょっと家で続きをやってきてもいいですか?」という嬉しい声を耳にするという、序破急の変化のついた展開。見ていた若手の先生も「教材が~」と背伸びとジャンプを要する教材(問題)のよさを感じとっていました。佐藤学さんのことは「誰ですか?」と言っていましたが😢

 

 次に道徳。

 

 道徳は、ピューリッツァー賞を撮った有名な写真を教材として「わたしだったらAする」「わたしだったらBする」というディベート的な話合いをしました。最初はAという意見が多数。でも話合いを続けていくうちに、Bが多くなるという展開。道徳なのでBが答えというわけではないものの、昨日のブログに書いた「表出と表現」でいうところの「表現」、すなわち相手に自分の考えと根拠を伝え、その相手を自分の意見と同じ方向に動機づけるというコミュニケーションが多く見られた45分でした。 

 

  

 優れた教材と、その優れた教材を授業の中でうまく活用できたぞ(!)という経験があれば、それこそ詩人が句読点でも整理するように、優雅に授業を展開することができます。子どもたちは、担任の優雅さ(教材+経験)に包まれながら、集中して学ぶこと間違いなし。

 

 やっぱり授業だ。

 

 過去に何度そう思ったかわかりません。勝手な推測ですが、小説家の村上春樹さんが『羊をめぐる冒険』を書いて「やっぱりこの路線だ!」と思ったのと同じです。

 教師の醍醐味は、やっぱり授業です。子どもたちの成長を促すのも、やっぱり授業です。結局、教材。やっぱり、授業。

 だからこそ、授業を支える「教材研究」の時間を勤務時間内に確保したい。1行ずつ増やしていくつみあげうたのように、教材を1つずつ増やしてつみあげていきたい。小確幸&心地よい疲れを感じながらの「昨日」の帰路、そのようなことを「また」考えました。

 

 数年後の「昨日」も、同じことを考えていそうだなぁ。

 

 そんな未来あり?

 

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

 
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

 

 

スガンさんのヤギに学ぶ。子供も大人も、表出から表現へ、内から外へ。

「表出」とは、言いたいことを言い、叫びたいことを叫んで、スッキリすることです。~中略~。これに対して「表現」とは、相手に情報をインプットし、相手を特定方向に動機づけるためになされるコミュニケーションです。だから「表現」の成功は、相手がしかるべき理解に到達し、かつ動機づけを獲得したかどうかによって測られるわけです。
宮台真司絶望から出発しよう』株式会社ウェイツ、2003)

 

 一昨日の日曜日にピアノの調律をしてもらいました。半年前に購入したばかりのピアノです。調律師さんによると、それはそれはもうしっちゃかめっちゃかになっていたようで、半音ずれている鍵盤もあったとのこと。私は全く気がついていませんでしたが、普段よく弾いている長女と次女は「何か変」としばしば言っていたので、我が子ながらよい耳をしているなぁと感心しました。

 

 パパは、教室の「何か変」にはよく目がいくんだけどなぁ。その後に調律できるかどうかは別にして。

 

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ピアノの調律&クラスの調律、どちらも大事🎵

 

 聞こえる人には聞こえる。
 見える人には見える。

 

 聞いてもらえるように、見てもらえるように、子どもたちの教室での発言を表出から表現に変えていかなければならない。

 初任校の次に務めた小学校の教頭があるときそんな話をしていました。卒業式のシーズンになると自分でピアノを調律し始める、もと作曲家。変わった経歴をもつ教頭だったので、芸術系の人はうまいこというな~、と思ったことを覚えています。

 

 表出はNG。
 表現はOK。

 

 小学校に入学したばかりの1年生が、教室で「はいはいはい!」と手を挙げて発言し、誰も聞いていなかったとしても、誰も見ていなかったとしても、本人はスッキリ、というのが表出です。

 大人でいえば、萩生田文部科学大臣の「身の丈」発言や「暇がない」答弁も、表現というよりはむしろ表出に分類されるでしょうか。国民を特定方向に動機づけるためになされたコミュニケーションとは思えないからです。むしろ本人の意図とは異なる動機づけを与えてしまっている。国民のみなさん、絶望から出発しよう、みたいな。

 

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絶望感漂う、カンボジアシェムリアップにあるワニ園(01)

 

 絶望ではなく、表現することの楽しさを、朗読を通して感じよう。以前、といってもかなり前ですが、朗読による素晴らしい「表現」をクラスの子どもたち(6年生)と一緒に体験したことがあります。

「寝っ転がってもいいですよ。自分の聞きたい姿勢で聞いてください」と前置きした後に、これぞ表現という、素晴らしい朗読を披露してくれたのは、朗読劇グループD.I.L(Drama In Life)の小杉晃一さんです(いま調べたところ、活動を継続中🎵)。

 読んでもらったのは小杉晃一さんのお気に入りの『スガンさんのヤギ』です。BGMとともに始まった『スガンさんのヤギ』。Drama In Life というグループ名に相応しい Dramatic な朗読に、子どもたちは寝っ転がってなんかいられず、食い入るようにヤギの運命を見届けて(聞き届けて)いました。

 

 ドーテの『スガンさんのヤギ』
 テーマは「自由とは、何か?」

 

 飼い主のスガンさんのもとを離れ、外の世界に飛び出したヤギ。自由と、そしてその代償と。自由は手にしたものの、数々の困難に遭い、最後には死んでしまうヤギ。でもきっと、ヤギは幸せだった。死んでしまうときも、絶望なんて感じていなかった。だって挑戦したのだから。外の世界を感じることができたのだから。

 

 たしかそんな話でした。

 

 つまり、感情をフックにして「(ヤギのように、そして俺のように)自由に生きろ!」というメッセージを伝える表現行為です。小杉晃一さん、途中から泣きながら読むんですよね。もう完全に物語に入り込んでいて、ヤギそのものといった様子。そんな小杉晃一さんの姿に感染して、子どもたちもすっかり「ヤギ」に。表現することの楽しさとともに、子どもたちも私も「ヒツジ」から「ヤギ」へと変わるためのよい動機づけをもらったなぁと思いました。ヒツジは群れをなし、ヤギはそのヒツジたちを率いるリーダーになります。

 

 スガンさんのヤギに留まるのではなく、
 〇〇小学校のヤギに留まるのではなく、

 

 もっと、自由に。

 

 

絶望から出発しよう (That’s Japan)

絶望から出発しよう (That’s Japan)

 
スガンさんのヤギ

スガンさんのヤギ

 

 

近代は自由と平等、前近代は身分と搾取、現代は身の丈と定額働かせ放題?

 近代社会は、自由、平等を原則とする。それは、前近代社会において格差を生みだした身分と搾取という二つのロジックを否定するところに成立した。
山田昌弘『新平等社会』文藝春秋、2006)

 

 もうすでに他界していますが、大正5年生まれの母方の祖母は、武士の家系に属していました。女専(戦後、大学に昇格)の卒業証書には名前の上に「士族」と書かれていたそうです。

 生前、祖父との結婚については「降嫁」と笑いながら話していました。祖父の家系は謎ですが、京都帝国大学の鉱山学部を出て商工省の役人になっているので、それなりに学のある家系だったのではないかと勝手に想像しています。

 

 自由と平等。
 身分と搾取。

 

 江戸時代は「自由と平等」と「身分と搾取」のどちらを原則とした社会ですか?

 数年前、6年生の社会科で「江戸時代の農民と町人の暮らし」&「士農工商」について学習したときのこと。

 教科書的には、当然、江戸時代は「身分と搾取」に分類されます。教科書と資料集を使って当時の農民と町人の暮らしを調べた子どもたちもそのように読み取っていました。身分と搾取という二つのロジックの上に成立していた庶民の暮らし。しかし本当にそうなのでしょうか。

 

 いわゆる「慶安の御触書」といわてきた史料は、幕府の発布したものではない。
 新しい体制(明治政府)が旧体制(江戸幕府)を肯定的に評価するわけがない。
 教育の普及(高い識字率)は、社会で上昇できる可能性がなければ有り得ない。

 

 エトセトラ、エトセトラ。

 

 そのようなことを考えると、江戸時代は「自由と平等」と「身分と搾取」の中間くらいの世界だったのではないかと思います。それこそドラマのような「降嫁」もあったのではないでしょうか。

 そんなことを子どもたちに語りつつ、続けて「では、近代社会の原則である自由と平等を守っていくためにはどうすればいいか」という話題を、江戸時代の授業から脱線して、ちょっと道徳っぽく子どもたちに投げかけてみました。

 

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自由と平等は無関心では手に入らない。コルカタにあるマザーテレサの施設にて(00)

 

 自由と平等は先人が勝ち取ったものであり、油断していると先生たちみたいに定額働かせ放題で搾取されてしまいます。過労死レベルで働かなければいけないなんて、そこに自由と平等はありません。もしも現代に小林多喜二が生きていたとしたら、漁船ではなく学校を舞台とした小説を書くでしょう。

 なんてことは言っていませんが、ちょうど同じ時期に読んでいた伊坂幸太郎さんの小説『魔王』を例に、「実話ではありませんが」と前置きした上で、6年生にわかるようなかたちで「自由と平等」を守っていくための心構えを説きました。

 

 1945年、ムッソリーニが恋人のクラレッタと一緒に銃殺されるシーン。二人の遺体を前に大騒ぎする野次馬たち。群集の騒ぎがヒートアップしたのは、二人の亡骸が逆さに吊るされたときのこと。なぜかって、クラレッタのスカートがめくれたから。

 

 大きな洪水に流される人。
 大きな洪水に流されない人。

 

ただ、その時にね、一人、ブーイングされながら梯子に昇って、スカートを戻して、自分のベルトで縛って、めくれないようにしてあげた人がいたんだって。
伊坂幸太郎『魔王』講談社文庫、2008)

 

 スカートを直す勇気はなくても、スカートを直してあげたい、と思うことくらいはできる人間になってほしい。スカートを直す勇気をもった人間と、直そうと思う人間が少なくなったとき、すなわち大きな洪水に流される人が一定数を超えたとき、自由と平等はなくなります。そして、前近代社会において格差を生みだした身分と搾取という二つのロジックが支配する社会が姿を現します。そんな話をしました。難しいかなぁ。

 

 身の丈と定額働かせ放題って、前近代か?

 

 6年生の子どもたちに伝えたかったのは、自分の頭でしっかりと考えて行動しようということ。寄り添うのはOK、でも群れるな、と。そして勇気と関心をもて、と。

 

 警視庁で働いています。

 

 先週、そのときの教え子(♂)から LINE で連絡がありました。「社会人?」と訊くと、「高校を出てからすぐに働き始めました。警視庁で働いています」とのこと。「クラレッタのスカートの話、覚えている?」とは訊きませんでしたが、正義感の強い、それでいてやわらかいところがある素直な子だったので、天職かもしれないなぁと思いました。 

 

 大きな洪水に流さることなく、
 勇気と関心を失うことなく、

 

 私も、教え子も、がんばれますように。

 

 

「希望格差」を超えて 新平等社会 (文春文庫)

「希望格差」を超えて 新平等社会 (文春文庫)

 
蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

 
魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

 

 

可愛い子には「旅」。そして「本」。無から生じるものは無だけだから。

 私たち一人ひとりを取り巻く無限ともいうべき情報から、自らの志向性と波長の合う信号をキャッチするためには、心の中に「パーソナル・カミオカンデ」を用意し、微弱な信号でも捕まえてやろうと待ち構えていなければならない。私の場合はそれが、若い頃からの読書の唯一の意味だったと思う。
梅田望夫ウェブ時代をゆく ー いかに働き、いかに学ぶか』ちくま新書、2007)

 

 以前、都会で6年生の担任をしていたときに、ブックトークの学習で星野道夫さんの『旅をする木』を紹介したところ、翌朝、クラスの子の何人かが、星野さんの別の本を手に「先生!これ!」と登校してきて、「素直な6年生だなぁ。旅に出たらさらに成長するだろうなぁ」と思ったことがあります。

 

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旅と本、ではなく、旅と漫画かな。ハノイにて(07)

 

 昨日のブログに「可愛い子には旅をさせよ」と書きました。可愛い子( ≒ 素直な子)には、やはりいろいろなことを伝えたくなります。伝えれば伝えるほど、伝えられたことを起点にどんどん学んでいくからです。

 

 

 学生時代に学習塾で教えていたときにも「素直な子は教え甲斐がある」と思いました。学力の高いクラスの生徒(中高生)は、例えば「これ読んでみるといいよ」と本を勧めると、翌週には必ずといっていいほどその本を読んでいたり、持っていたりしたからです。社会学者の上野千鶴子さんが『サヨナラ、学校化社会』に《東大生に接して何より驚いたのは、彼らが全然ひねくれていないということ。素直、おそろしく素直です》と書いていますが、完全に同意で、ホント「おそろしく」そうだよなぁ、と思います。

 

 可愛い子には旅をさせよ。
 可愛い子には本を与えよ。

 

 知識がないことと興味がないことはしばしば同義です。カミオカンデという言葉の存在すら知らなければ、カミオカンデに興味がわくことはありません。シェイクスピアを引用すれば、《Nothing will come of nothing!》(無から生じるものは無だけだ!)です。だから「無を有にする」という意味で、若い頃からの読書が子どもの未来に与える影響は、大人が想像している以上にでっかい。

 例えば星野道夫さんの本を芋づる式に読んでいけば、もしかしたらアラスカに行きたい、とか、写真家になりたい、とか、そういった夢を語り出すかもしれません。

 

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旅仲間から贈られてきたアラスカの写真(06)

 

 星野さんは、10代のときに神田の古本屋でたまたま手にした一冊のアラスカの写真集がきっかけとなって、後に渡米し、そこで暮らすことになります。学校へ行くときも、どこへ出かけるときも、いつもカバンの中に入っていたという写真集。《手垢にまみれるほど本を読むとはああいうことをいうのだろう》。星野さんはそのときの読書体験を、著書『旅をする木』の中で、そのように表現しています。

 手垢にまみれるほど本を読み、人生を変えてしまうような誤配に邂逅する体験。そういった体験を未来に準備するためにも、子どもたちには水を飲むのと同じくらいの感覚で、本を読むようになってほしいものです。

 

 そうそう、読解力もつきます。

 

 読書習慣と読解力には相関がない、という主張も聞きます(新井紀子さんの『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』など)が、カミオカンデってどうやらすごらしい、とか、アラスカってこんなところらしい、とか、本を読むことによって新しい知識が得られるのは間違いありません。そしてそれは背景知識となって、読み手の理解を助けます。庭園に例えれば、借景という高度な技術がいかんなく発揮されている銀閣寺の美しさみたいなもの。

 

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銀閣寺、外の自然美と内の人工美との調和(03)

 

 借景があることで、美しさを増す銀閣寺。背景知識があることで、確かさを増す読解力と同じです。

 

 立冬は過ぎましたが、

 

 教科書の読めない全ての可愛い子どもたちに!
 若い頃からの読書の意味を伝える、読書の秋!  

 

 

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

 
サヨナラ、学校化社会 (ちくま文庫)

サヨナラ、学校化社会 (ちくま文庫)

 

 

 

 

 

樹木希林さんに学ぶ、我が子を「被害に敏感、他害に鈍感な子」にしない方法。

樹木 確かに言ってはいるんだけどね。ベランダのシーンで、蝶々の話をしながら「こんなはずじゃなかった」って。絶対に自分のせいだとは思いたくない。「お父さんが悪いのよ」「ああいう嫁じゃなければ」「世の中が見る目がないのよ」とか、本当にそう思っている。そういう母親、いっぱい見てきました。
是枝裕和『希林さんといっしょに。』スイッチ・パブリッシング、2019)

 

 いつ頃からでしょうか、被害に敏感で他害に鈍感な子(小学生)が増えたなぁと感じるようになりました。特に男の子。他害について言及すると、判で押したように「何で俺だけ?」って、スピード違反で捕まった運転手ですか(?)というような残念な言葉が返ってきます。先日、職員室で「被害者意識の強い子が増えている」という話をしたら、ベテランの先生(♀)が「母親もね」とこぼしていました。やれやれ。でも確かに、そういう母親、いっぱい見てきました。

 

 〇〇くんが嘘ばっかりつくんだ。

 

 小学生の頃、同じクラスの〇〇くんが嘘ばかりつくので、「みんなも〇〇くんは嘘つきだって言っている」というよくある常套句とともに、母親に〇〇くんの悪行を訴えたところ、こんな言葉が返ってきました。

 

 みんなに注目されるなんて、その〇〇くんって子、すごいな~。

 

 たぶん、あのときに「そんな子がいるの! とんでもない!」「担任の先生はその子に何も言わないの? とんでもない!」みたいな反応を母親が示していたとしたら、そしてそういう反応を示し続けていたとしたら、私も被害に敏感で他害に鈍感な子になっていたかもしれません。だって被害を訴えたら母親の注目を集めることができるのですから。さいわい、我が子は善で、我が子がNGを出す相手は悪、という思考回路はゼロの母親だったので、そうはならずにすみました。

 樹木希林さんも、きっと「そんな子がいるの! おもしろいわね!」というタイプの母親だったのではないかと想像します。

 

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コンサートホールの近くにある妖怪食堂、ではなく喫茶店

 

 実家(東京)に一泊して、母親の合唱団の50周年記念コンサートを観てから帰路に就きました。50周年って、すごい。2ヶ月前に後期高齢者の仲間入りをした母親はもちろんのこと、指揮者の先生も、母親の合唱仲間も、みな当然のように100パーセントの高齢者になっていて、ものごころついたときから母親の周りにいた「見知った人たち」だっただけに、老いの確かさとともに、過ぎ去っていった年月の重みのようなものを感じずにはいられませんでした。

 帰路、実家の近くにある書店に立ち寄りました。先日「本屋大賞」を受賞したブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 を買って帰りの電車で読もうと思っていましたが、ブレイディさんの前に是枝裕和さんの『希林さんといっしょに。』と目が合ってしまって、しかもパラパラとその本をめくったら「母親」について書いてあるような感じだったので、タイミング的にはこっちだなと思って、購入。赤ペンで《息子が嫁をもらうってことは、家族は一人増えるんだと思ってたら、減るってことなんだねえ》なんて文章に線を引きつつ、同じ高校の遠い遠い先輩である是枝さん(の本)といっしょに、妻と二人の娘の待つ家に帰りました。

 

 母親も「減った」って、そう思っていたかもしれないなぁ。

 

 親が子を愛するようには、子は親を愛せないといいます。親孝行は本能ではないということ。だからこそ、定期的に会いたい&親孝行をしたいなぁと思える親をもてたことにしあわせを感じます。

 

 わたしの家族は、あたたかさにあふれています。

 

 被害に敏感で他害に鈍感な子が増えている一方で、そんな言葉を口にする子もいます。当然、他害とは無縁な「かわいい」子です。

 

 かわいい子には旅をさせよ。

 

 昔からそういいます。一般的には「我が子がかわいいなら、親の元に置いて甘やかすことをせず、世の中の辛さや苦しみを経験させたほうがよいということ」という意味ですが、その子がもしもかわいくなかったら、すなわち「被害に敏感で他害に鈍感な子」だったら、おそらくは旅をさせたとしても得るものはほとんどないはずです。かわいい子(=素直な子)には困難と同時にプラスの「ひと・もの・こと」が寄ってきますが、かわいくない子には、マイナスの「ひと・もの・こと」しか寄ってこないと思うからです。

 

 そんな友達がいるの! おもしろいわね!
 そんな先生がいるの! おもしろいわね!

 

 何事もおもしろがること。

 

 樹木希林さん(の遺した言葉)から学べる事って、たくさんあります。我が子を被害に敏感で他害に鈍感な子にしないように。希林さんといっしょに、読書の秋を🎵

 

 

【Amazon.co.jp 限定】希林さんといっしょに。(ポストカード付)

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森は海の恋人といいます。国会は森、学校は海。国会審議、しっかりと!

 漁民の眼で河口から上流まで俯瞰してみると、じつにさまざまな問題が横たわっていた。
 漁民だけの努力で解決できるようなことではない。
 そこで県や大学にも相談してみた。返ってくる答えはいつも同じであった。
「私の担当ではありません」
 役所の仕組みも学門の世界も細分化していて、全体を通してものごとを思考できなくなっていたのである。
畠山重篤『牡蠣とトランク』ワック、2015)

 

 今日は午後から年休を取って東京に行き、初任校(三陸海岸沿いの漁師町)のときの教え子に会ってきました。初任のときに教えた当時2年生だった女の子と、3年目に教えた当時5年生だった男の子です。

 それぞれ25歳と26歳になった二人は、震災ボランティアをきっかけに付き合い始め、数年後に上京、そして一昨年から夫婦に。東京では魚を買う気になれないとか、野菜をくれる人がいないとか、はじめて満員電車を目にしたときにはおそろしくて乗ることができなかったとか、そんなことを言いながらも、曰く「いつか子どもが生まれたら、絶対に英語を習わせます」など、しあわせそうに未来のことを語っていました。

 

 かけ算九九に苦戦していた子が、その後、どんな人生を歩んでいるのか。
 とびきり素直で優しかった子が、その後、どんな人生を歩んでいるのか。

 

 漁師が河口から上流まで俯瞰してものごとを考えるように、教師も、教え子の現在地とその後を俯瞰してものごとを考えるようになれば、授業の在り方や子どもの見方が変わるかもしれない。以前、クラスの子どもたち(3年目に教えたその男の子を含む)とともに畠山重篤さんの水山養殖場を訪ね、水産業についてのお話をうかがったときにそう思いました。

 

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気仙沼市唐桑町にある畠山重篤さんの水山養殖場(04)

 

 漁師による植林活動、いわゆる「森は海の恋人」の運動をデザインしたことで知られる畠山重篤さん(1943~)。社会科の教科書にも登場し、ニューヨークの国連本部でフォレストヒーローズ(森の英雄)賞の表彰も受けている、彼もまた、昨日のブログに書いた本間昇さん(1931~)や金指勝悦さん(1940~)同様に格好いいおじいさん)です。

 

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新鮮な帆立をその場で食べさせてくれる畠山重篤さん、若い(04)

 
 森から海までをひとつの系としてデザインしていた畠山重篤さんが、さらに大きな系として大切にしていたのが「教育」です。養老孟司さんとの対談(『日本のリアル』PHP新書)の中でも、世の中をよりよくしていくためには「結局は教育しかない」と語っています。

 

 結局は教育しかない。

 

 今でも続いているのかどうかはわかりませんが、以前、畠山重篤さんは自身の仕事場である水山養殖場に小学生を招いて、自然の魅力を体験的に伝える環境教育を行っていました。

 陸の上で牡蠣や帆立の耳釣り体験をした後に、子どもたちは海の上で養殖についての説明を受けます。説明の途中、畠山重篤さんは牡蠣や帆立に加えて、子どもたちに「海水」を振る舞います。牡蠣や帆立が飲んでいるものと同じ海水です。子どもたちは牡蠣や帆立の気持ちになって(?)それを少しだけ口に含みます。その後、養殖場にある研究室に足を運んで、顕微鏡を経由したある画像を見ます。畠山重篤さん曰く「ここに映っているのは、さっき君たちが飲んだ海水です。あっ、何かが動いているぞ!」云々。

 

 画面には、巨大な動物プランクトンが。

 

 子どもたち絶叫。そして絶叫の後に、畠山重篤さんの十八番である「森は海の恋人」の話が始まります。植林をして森を豊かにすると、麓の海が豊かになるという話。子どもたちは話の中に出てくるプランクトンに興味津々といった様子。だってさっき食べちゃったから。そういった環境教育です。おもしろかったなぁ。

 

 豊かな森は、プランクトンの栄養となるものをたくさんつくりだします 
 豊かな海は、川を通して森の恵みを受け、私たちに恵みをもたらします。

 

 国会は森。
 学校は海。

 現在、教員の働き方改革について審議している国会は、森は海の恋人でいうところの森です。プランクトンは教員で、魚は子どもたち。SNSなどを通じた「まともな世論づくり」が植林に当たるでしょうか。そういったこと以外に、あとはもう国会の審議に注目することくらいしかできませんが、森である国会が豊かになるよう、そして学校という海に、森である国会が私たち教員の栄養となるものをたくさんつくって届けてくれるよう、ただただ祈るばかりです。

 

 ひとつの系としての国会と学校のつながり。
 

 俯瞰はよりよい未来の恋人❤️

 

 

牡蠣とトランク

牡蠣とトランク

 
森は海の恋人 (文春文庫)

森は海の恋人 (文春文庫)

 

 

給特法改正案の審議入り。木も教員も使い方によって生きる!

 父から昔そのままのやり方で仕込まれた私は、十数年の経験を経て徐々に一人前の寄木職人の域に近づく自覚のようなものが出来つつあり、周囲もそのように扱ってくれるようになった。厳しい父のこと、そんなことはおくびにも出すものではなかったが、仕事上の口出しは次第に減っていった。腕が上がるに連れて、それまでただひたすら木と格闘してきた私は「木は使い方によって生きる」ことを仕事の中で改めて実感し、使い方によって面白さを表現できることを知った。自然のものの持つ奥深い魅力に気づいた。
(本間昇『寄木に生きる』文化堂、2004)

 

 以下、3年前の学級通信「コラボ」より。

 

 年末に2回、箱根を訪ね、『寄木に生きる』の著者である寄木職人の本間昇さん(1931~)と、同じく職人の金指勝悦さん(1940~)にお話を伺ってきました。本間さんと金指さんは、寄木の美術館を建てたり、箱根駅伝のトロフィーを作ったり、それから社会科の教科書に顔を出したりもしている、わりとメジャーな職人さんです。

 ①本間さんは、飽きることなく、新しいことに挑戦し続けている。
 ②本間さんは、外国まで足を運んで寄木細工のよさをPRしている。
 ③本間さんは、責任をもって後継者を育てている。

 ④金指さんは、寄木細工を作るだけでなく、次の世代のことを考えて植林もしている。
 ⑤金指さんは、弟子を育てて、伝統を絶やさないように努めている。
 ⑥金指さんは、箱根駅伝のトロフィーを作って、寄木細工を全国にPRしている。

 寄木細工の魅力に触れた後に、年表や資料、インタビュー動画などを使って、二人の職人さんの生き方に迫りました。上記の①~⑥は子どもたちが二人の生き方から見いだしたそれぞれの魅力です。

 子どもたちは今日、調べたことをKP法(紙芝居プレゼンテーション)で伝え合い、その後に箱根寄木細工の未来について考えます。寄木細工の伝統は続いていくのか、否か。なぜそのように考えるのか。ちなみに今日の授業(研究授業)は、他の先生たちにも見てもらい、放課後に子どもたちの「学び」について、検討の場をもちます。


Q「職人さん同士で切磋琢磨するような場面はあるのですか?」
A「一ヶ月に一度、小田原に集まって、職人同士で技を披露し合っています。」


 年末の2度目の訪問の折、旅のお供をしてくれた次女(4年生)にインタビューの仕方の手本を示しつつ、職業的好奇心から、金指さんにそう尋ねたところ、上記のような答えが返ってきました。一本一本違う木の「生かし方」について話し合う職人と、一人一人違う子どもの「伸ばし方」について話し合う教員。似ているな、と思います。木が使い方によって生きるように、子どもたちも、それぞれに合った学び方によって伸び、そして成長します。

 

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教材研究を兼ねて、次女と二人旅(16)

 

 

 今日、変形労働時間制の導入を含む教職員給与特別措置法(給特法)改正案が、衆院本会議で審議入りしました。木と同様に、教員も使い方によって生きると思うのですが、この改正案が通ってしまったら、もはや生きることすらままならなくなりそうだなぁと不安を覚えます。


 教員も使い方によって、生きる。
 そして使い方によっては、死ぬ。

 

 

 冬休み(年末)に箱根まで行って教材研究をしても、もちろん自腹だし、もちろんただ働きです。吉田松陰の「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」に倣えば、ただでやるほど無責任なことはないと知りながら、やむにやまれぬ教師魂ってところでしょうか。

 そんな教師魂を逆手にとっての「変形労働時間制」です。ひどい話だなぁと、本当にそう思います。

 忙しい時期の定時を延ばして、夏休みなどの閑散期は勤務時間を短くするという話ですが、夏休みなどの「など」に含まれているであろう冬休みも、私たちは寄木職人のもとを訊ねたり、その寄木職人の書いた本を読んで教材をつくったりしています。それって、仕事にはならないのですかね。それって、閑散期なんですかね。それってもしかしたら、

 

 やりがい搾取?
 生きがい搾取?

 

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箱根から熱海へ(16)

 

 3年前の写真を探していたら、熱海の海岸に「生きがい」と書いていました。疲れているなぁ、3年前の俺。「生きがい」とか書いちゃっているパパを見て、次女はどう思ったのだろうなぁ。

 

 仕事上の口出しは次第に減っていった。
 仕事上の予算だけが毎年増えていった。


 厳しい父たる文部科学省には、そうあってほしものです。「教育に生きる」とプライドをもって働いている現場の教員がよりよく「生きる」ことのできる審議を、政治家さんや官僚さんたちに期待しています。
  

 教育に生きる! 

 

 

職人 本間 昇「寄木に生きる」

職人 本間 昇「寄木に生きる」

 

 

劇団四季に学ぶ「美しい日本語の話し方」と「美しい人生の過ごし方」

 私は、俳優を目指す若者たちを何千人と見てきていますが、敬語や人をいたわる言葉を親からきちんと教えられている若者は、柔軟な言語感覚を持っています。彼らは、どんな役のどんなセリフに対しても理解が早く、いい演技をするようになります。
 一方、そうでない人たちは、もともと言語を大事にするように育てられていないし、言語を尊重しません。
浅利慶太劇団四季メソッド「美しい日本語の話し方」』文春新書、2013)

 

 兄が劇団四季で働いている関係から、これまでに何度かゲネプロ(全体リハーサル)を見る機会に恵まれました。

 劇場で、四季の生みの親である、今は亡き浅利慶太さんの姿を目にすることもしばしばで、「ボス」が来たときの俳優さんたちのスマートな振る舞い(あいさつ、姿勢など)といったらそれはもう、見事なものでした。美男美女ばかりだし。

 浅利慶太さんを担任、俳優さんたちを児童に見立てれば、圧倒的なカリスマ&指導力によるトップダウン型の学級経営。ゆるふわな学級経営をしている身としては、ちょっと憧れます。

 
 美しい日本語が学べる劇団四季
 学芸会の定番でもある劇団四季

 

 ちなみに私のお勧めは『コーラスライン』と『コンタクト』、それから『異国の丘』です。『異国の丘』については原作の『夢顔さんによろしく(上・下)』もお勧めです。

 

夢顔さんによろしく 上―最後の貴公子・近衛文隆の生涯   文春文庫 に 9-3

夢顔さんによろしく 上―最後の貴公子・近衛文隆の生涯 文春文庫 に 9-3

 
夢顔さんによろしく 下―最後の貴公子・近衛文隆の生涯   文春文庫 に 9-4

夢顔さんによろしく 下―最後の貴公子・近衛文隆の生涯 文春文庫 に 9-4

 

 

 私は、田舎や都会で育った小学生を何百人と見てきていますが、敬語や人をいたわる言葉を親からきちんと教えられている子は、柔軟な言語感覚を持っています。彼ら彼女らは、どんな授業のどんな課題に対しても理解が早く、いい問いをもつようになります。

 一方、そうでない子は、もともと言語を大事にするように育てられていないし、言語を尊重しません。

 

 もともと言語を大事にするように育てられていない子をどうするか。

 

 どうしようもない、というのが正直なところです。しかしそうも言っていられないし、そういう子を放置しておくと教室が荒み、私も病んでいくので、日々、手立てを講じています。

 例えば、授業を通したこんな手立て(教師は授業で勝負!)。持ち寄った新聞や広告からポジティブな言葉を見つけ、それを切り取り、グループでデザインを考えて1枚の画用紙にレイアウトしていくという、図工と国語と道徳を足して3で割ったような授業。子どもたちは「幸せだ!」「最高だ!」「大好き!」「愛💖」「お母さん、ありがとう!」などとプラスの言葉を口にしながら共同制作を楽しみます。

 

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ちょっと大人びた選択🎵

 

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言葉で描こう🎵  いつまでも、元気に、大腸?

 

 もとネタは、NIE(教育に新聞を)教育コンサルタントの渡辺裕子さんが考案したワークショップ(言葉の貯金箱)です。キャッチフレーズは「言葉は、人を傷つけるためではなく、人を幸せにするためにある」。アグリーです。人を幸せにすれば、自分も幸せになれる!

 

 口にする言葉が変われば、人生も変わる。

 

 劇団四季ではありませんが、ミュージカルにもなった『マイ・フェア・レディ』がよい例です。原作を書いているバーナード・ショウは、そういった言葉の社会的機能の大きさがよくわかっていて、だから「もともと言語を大事にするように育てられていない」女性と「言語能力に長けた」言語学者を出会わせたらどうなるのかということを小説という装置を使って示したのでしょう。

 

 結果はご存じの通り。
 人生が、激変します。

 

 いずれにせよ「言語学者 VS 一人の女性」であっても相当なエネルギーを要する、言語感覚や言葉遣いを豊かにするための教育。一人の教員が40人もの子どもたちを相手にできるものとは到底思えません。浅利慶太さんほどのカリスマ性や指導力があれば可能なのかもしれませんが。いや~、いないだろう、そんな教員。私たちにできることは、劇団四季にFAXを送って「美しい日本語の話し方教室」を学校に呼ぶことくらいです。


 美しい母語を話せるようになれば、
 美しい人生を過ごせるようになる。

 

 日本語って、大事。

 

 

 

映画『マチネの終わりに』を観た。3年半前の小説体験を変える映画体験。

 もう一つ、子供を育てるようになって、やはり、自分自身の幼い頃の心情がしきりに思い返されるようになった。そして、当時はよくわからなかった、子供を見つめる大人たちの心情も。
 そんな風に今、手に取って左見右見している記憶は、この先また十年、二十年と長くもつものではあるまいか。
 懐かしい郷里への愛着も、そうして何度か更新されてゆくのだろう。
平野啓一郎『考える葦』キノブックス、2019)

 

 3連休の終わりに、映画『マチネの終わりに』を観てきました。平野啓一郎さんの小説『マチネの終わりに』を読んでから3年半、待ちに待った上映です。

 

 あれから3年半も経つのか~。

 

 原作のある映画については、「原作を読んでから映画」という順番ではなく、「映画を観てから原作」という順番で味わった方が Good ということを以前に下記のブログで書きましたが、『マチネの終わりに』については、「原作を読んでから映画」という順番でも十分に満足できました。むしろ原作である小説を読んでおいてよかった。3年半の熟成が、小説と映画の距離感を最適化してくれたように思います。

 

 

 誰かの人生の脇役で生きる。

 

 桜井ユキさん演じる「三谷早苗」の存在感が圧倒的でした。主演の福山雅治さん(蒔野聡史 役)と石田ゆり子(小峰洋子 役)さんを凌ぐくらいに、です。

 早苗は、蒔野と洋子がすれ違う原因をつくったキーパーソンです。また、二人が再会するきっかけをつくったキーパーソンでもあります。二人の運命を動かしているのも、物語を動かしているのも、「正しく生きることが私の人生の目的じゃないんです。私の目的は蒔野なんです」という「脇役」を自認する早苗といっていい。 

 小説を読んだときには、それは🆖だ(!)という手を使って「蒔野の妻」になった早苗のことを「あざといなぁ」と感じていました。しかし映画では、早苗に感じていた「あざとさ」は薄れ、代わりに「真っ直ぐさ」のようなものが伝わってくるから不思議です。

 

 なぜでしょうか。

 

 平野さんは、西谷弘 監督との対談の中で《読者の2、3割は「私は早苗の気持ちもわかる」というような人物にしたかった》と話しています。

 

 小説を読んだときにはその2、3割に入ることができなかった。
 しかし、映画を観たときにはその2、3割に入ることができた。

 

 早苗の気持ちがわかるようになった理由を「小説と映画の違い」に求めれば、もちろんそうなのかもしれません。ただ、映画を通してその2、3割に入れたことで、小説の印象が随分と変わったことは確かです。

 昨日の映画体験によって更新された3年半前の小説体験。未来は過去を常に変えてるんです。『マチネの終わりに』のモチーフともいえる蒔野の言葉を引けば、そんなふうに言えます。

 

 

 小説は、人間を理解するためのもの。

 10月10日の文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」で聞いた、平野さんの言葉です。早苗に対する見方が変化したことも、その言葉の延長線上にあるような気がします。

 

 人間理解も、
 児童理解も、

 

 同じ。そう考えると、教員には小説をゆっくりと読むような時間(平野さんいうところのスローリーディングを実践する時間)があってしかるべきだなぁと思います。夏休みと冬休みくらいしか、なかなか小説なんて読めませんから。児童理解のレベルアップもままならず。

 

 早苗の気持ちに加えて、もうひとつ。

 

 映画を観て変化したことがもうひとつあります。それは、小説のその後、或いは映画のその後についての予想です。小説を読んだときには、蒔野と洋子がようやく結ばれるという、収まるべきところに収まったというイメージでしたが、映画を観たことによって、そのイメージは「二人はそれぞれを選ばないかもしれない」という未来予想図に変わりました。二人の子供の姿が、特に蒔野の子供(娘さん)の姿が、小説を読んだときよりもリアルに感じられたからです。洋子に対する気持ちがどうであれ、早苗に対する気持ちがどうであれ、蒔野は我が子のことを第一に考えるのではないか。私もパパなので、そう思ってしまいました。子供を見つめる大人たちの心情を、クライマックスのときの蒔野と洋子は、もう知ってしまっています。

 

 マチネの終わりに。

 

 ホント、よかったなぁ。

 

 

考える葦

考える葦

 
マチネの終わりに (文春文庫)

マチネの終わりに (文春文庫)

 
本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)

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端っ子も世界なんだ、というかこさとしさんに学ぶ「子ども」のこと

『とこちゃんはどこ』という絵本も、まさにそれで、デパートとか動物園とかたくさんの人がいる場所で迷子になったとこちゃんを探す。「いろんなものがある」「いろんな人がいる」というのは、自分が今いる社会について知る時の最初の入り口なのだと思います。
 僕がなぜ繰り返し「大勢」を描くのかと言えば、自分が世の中の中心だとはとても思えないからです。
 この世界は多様であり、自分はそのどこか端っこにいる。
~中略~
 でも「端っこも世界なんだ」、そう言いたいんだと思います。
 真ん中だけがエライんじゃない、端っこで一生懸命に生きている者もいるんだよ、ってね。
かこさとし『未来のだるまちゃん』文春文庫、2016)

 

 ここ1週間ほど、かこさとしさんの『未来のだるまちゃん』を読んでいました。一気に読んでしまわないように、ゆっくり、そしてじっくりと。ピアジェを読むよりも、エリクソンを読むよりも、かこさとしさんを読んだ方が「子ども」という存在をよりよく理解できるような気がします。

 どれも美味しそうだなぁって思わず見入ってしまう『からすのパンやさん』のように、どれも引用したいなぁって思わず読み入ってしまう『未来のだるまちゃん』。お便りなどを通して、保護者にも紹介しようと思います。

 

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タイの端っこ、アランヤプラテートにて。そっくりな母と娘。(01)

 

 端っこも世界なんだ。

 

 以前、都会で6年生の担任になったときに、4月のはじめにクラスの女の子から次のようなメッセージをもらったことがあります。自己紹介カードの「担任の先生にお願いしたいこと」という欄に書かれていた「お願い」です。

 うろ覚えですが「よくトラブルを起こす子や、頭のよい子だけではなくて、私みたいに目立たない子のことも気にかけてほしい」という内容。何年生くらいからそう思うようになったのだろうなぁ、と考えてしまい、何だかもう😢です。

 個別にフォローしなければいけない子が増えてきたということもあって、また、教員の多くが過労死レベルで働いていているために、一人ひとりに目が行き届かないということもあって、似たような疎外感を抱いている子が、日本の小学校のいたるところにいるような気がします。

 

 とこちゃんはどこ。
 ともこさんはどこかな。

 

 2年生の国語の教科書に掲載されている『ともこさんはどこかな』は、もしかしたらかこさとしさんの『とこちゃんはどこ』と同様に、子どもたちに「この世界にはいろいろな人がいるんだよ、そして真ん中だけがエライんじゃないんだよ、端っこで一生懸命に生きている者もいるんだよ」という価値を伝えるためにあるのかもしれません。その6年生の子の言葉を思い出しつつ、そう思いました。過去に2年生をもったときは、そういう視点はなかったなぁ。

 

 この世界の片隅に

 

 もちろん道徳ではなく国語なので、『ともこさんはどこかな』を扱う単元は、話す力と聞く力を伸ばすことがねらいです。でも、かこさとしさんの思いを知ると、とこちゃんと同じようなストーリーをもつともこさんを通して、端っこも世界なんだ(!)ということを伝えたくなります。マーティン・ハンドフォードの『ウォーリーをさがせ!』も、楽しさをフックとして「端っこも世界なんだ!」を伝えるための教材に違いない、と。

 

 教材も、
 児童も、

 

 そうやっていろいろな見方でとらえられるようになりたいものです。

 目立たない子がいるわけではなく、端っこも世界なんだ(!)ということに気づかなかったり、そのことを価値づけられなかったりする担任がいるにすぎない、ということを忘れないようにしたい。

 今日、これから観る映画『マチネの終わりに』の原作を書いた小説家・平野啓一郎さんのアイデアでいえば、「個人」ではなく「分人」の集合体として相手をとらえられるようになりたい。

 

 

「分人」については、上記のブログにザッと書きました。ぜひ。

 

 映画館着。楽しみだ🎵

 

 

未来のだるまちゃんへ (文春文庫)

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とこちゃんはどこ

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からすのパンやさん (かこさとしおはなしのほん (7))

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