田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

苫野一徳『ほんとうの道徳』より。教育問題は技術ではなく哲学の問題。

道徳科と学活の違いは、一般に次のように説明されます。道徳科の目標が主として道徳性を養うことであるのに対して、学活の目標は主に学級に関する課題を解決することである、と。目標が異なる以上、両者の教育は区別されなければならない。そうしばしば言わ…

岩田健太郎さんの『絵でわかる感染症』より。ポイントは感染経路。

感染症の原因は、しつこいですが、微生物です。いってみれば、微生物は物体、「モノ」です。 しかし、微生物は感染症の原因ではありますが、感染症「そのもの」ではありません。感染症は、人に起きる熱とか、咳とか、皮膚のぶつぶつとか、そういった「現象」…

岩田健太郎さんの『ワインは毒か、薬か。』を読む。仕事は毒か、薬か。

ぼく自身はこの「たばことアルコールはどっちがより悪いか」という問題についてはたぶん、どっこいどっこいだと思っている。微細な差はあるのかもしれないけれど、そんな「比較」は不毛な議論だとすら思う。健康への悪影響がある点、社会的に問題がある点に…

ブレイディみかこ、他『保育園を呼ぶ声が聞こえる』を読む。年休1。

そういえば、以前ヨガをやっている先生が、子どもの座り方のちがいが教育法にリンクしていると言っていました。イギリスの座り方はあぐらが基本です。保育園ではたとえば本読みの時間でも、子どもたちにあぐらをかかせます。日本では、手で膝を抱きかかえる…

内田樹さんの『そのうちなんとかなるだろう』を読む。仕事より家事育児を最優先。

学問的キャリアについては「諦める」ことをそのとき決心しました。もちろん研究は僕はやめるわけではありません。でも、研究成果がメディアに注目されるとか、書籍になるとか、そういうことについてはもう諦めることにしました。~中略~。 そして、すべてに…

岩田健太郎さんの『ためらいのリアル医療倫理』より。オワコン発言と、ためらいと。

僕は本書を「リアル」医療倫理と銘打ちましたが、医療倫理は(一部の神様みたいな極端な医療者ではなく)平均的な医療者が実行できる現実的なものでなければならないと考えています。リアルな医療倫理でなければ、それは絵に描いた餅になり、そこで偽善の温…

岩田健太郎さんの『「リスク」の食べ方』より。麻酔と宿題は似ている。

根拠のない不安感を打ち消すもっとも効果的な方法は、現実を見据えることです。しかし、現実を見据えることは簡単ではありません。それには勉強が必要ですし、あいまいで面倒くさいデータを解釈せねばなりません。そういう「根治療法」を無視して、とりあえ…

岩田健太郎さんの『99・9%が誤用の抗生物質』より。教室をなめんなよ。

従来型の医学部の授業は、ようするに「これはウォッカだぞ、飲んでみろ」と言われて「なるほど、たしかにこれはウォッカですね」と教え子が得心するようなものでした。こういうやり方をいくら繰り返しても、ブラインドテイスティングでは外してしまうのです…

岩田健太郎さんの『1秒もムダに生きない』より。今一番やりたいことを、やる。

しかし、そうこうしているうちに、臨床医学にどっぷり浸かって抜けられなくなりました。アメリカに行ったのは、人の紹介があったためでして、決して進んで望んで行ったのではなかったです。感染症を専門にしたのも成り行き、中国で診療所に勤める医者をやっ…

岩田健太郎さんの『予防接種は「効く」のか?』より。キャリア・パスポートは「効く」のか?

医学の世界では、森鴎外といえば、高木兼寛との「脚気の論争」で有名です。陸軍医師であった森鴎外は、脚気を感染症が原因だと「理論的に」推論し、海軍医師の高木は、栄養説、つまり栄養の欠如がその原因ではないか、という説を取りました。(岩田健太郎『…

ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』と 坂口恭平さんの『cook』。

もともと僕は建築家を志望していたし、その後も建築のことを中心に何かを伝えようとしてきた。しかし、何か違和感を感じていた。何か違うと。 それが料理をはじめるようになって少しずつわかってきた。 僕が伝えたいと思っていることは外枠の建築ではなく、…

岩田健太郎さんの『感染症医が教える性の話』と「性教育の現場」より。

教育対象として大切だ、ということとそれをあからさまにしてよいか、という問題は別問題だ。同じにしてはいけない。(中略) 排泄はプライベート・マターであり、プライートなことを公の場で大きな声で口にするのは、そのプライベート性を否定することになる…

岩田健太郎さんの『「患者様」が医療を壊す』より。「保護者様」が教育を壊す。

だから人物評価なんてまじめにやっちゃだめなんですね。評価を一生懸命にやればやるほどその人のパフォーマンスは目減りしてしまう。人物評価なんて(もしやるのならば)、ほんわか適当にやるのが一番です。どうせ人が人を正当に見積もることなんて、そんな…

岩田健太郎さんの『サルバルサン戦記』より。大人の苦手を子どもに感染させるな。

「そしてね、佐八郎。そういう『他人の視線』を一切気にしなくなると、とても生きているのが楽になるのよ。解放されるわ。自由に生きるとは、他人の視線から自由になるということなのよ。『天然』で空気が読めない態度を取り続けていると、そのうちだれも私…

岩田健太郎さんの『医学部に~』を読む。是非はともかく、カルロス・ゴーンは怠惰ではない。

日本人は怠惰である。勤勉ではない。 効率の悪い仕事だとわかっていても、意味のない書類だとわかっていても、意味のない会議だとわかっていても、怠惰だから改善しようという努力をしない。流れに任せて、ダラダラと仕事をし、ダラダラと書類を書き、会議で…

岩田健太郎さんの『主体性は教えられるか』より。主体性と評価の話。

評価というものの問題点を考える必要がある。評価とは、他者の目による規定である。他者に規定されている自分は、主体性を欠く。「あの人に批判されるといけないから、やる」となってしまうのである。外部評価は全否定はしないけれど、そのダークサイドには…

三浦英之さんの『南三陸日記』より。家族の風景と、師匠の言葉。

卒業式の直前、教頭は生徒の作文を読んで驚いた。「津波が起きて『良かった』と思えるようになりたい」とある女子生徒は書いていた。 大切な人や家も失い、悲しくて、苦しくて、今はどうにもならないけれど、それをいつか「良かった」と思えるぐらい、自分は…

どんなふうにして暮らしたってかまわんのだ、と思える教育を!

三菱の社長より長期旅行者の方が幸せであるなどど断言することはもちろんできないのだが、要するに人の生活などいろいろだと思えるのだ。何でそう思うのかというと、それこそが旅をしてさんざん見てきたことだからなのである。 どんなふうにして暮らしたって…

小熊英二さんの『地域をまわって考えたこと』を読む。学校もまわろう。

日本の場合、集合意識の範囲の指標の一つは、お祭りが開かれる神社と、小学校の校区である。明治期に小学校が設立された際には、明治政府に予算がなく、地元社会の寄付で建てられることが多かった。寄付が集まる範囲は、仲間意識のある範囲と深い関係があり…

なぜ、あなたの仕事は終わらないのか。中島聡さんの本を読んで考えた。

しかし一歩立ち止まって、本質的な意味を考えることは重要です。アメリカではそのように、形式より意味を考えて判断することがとても多いのです。 たとえば車を運転してスピード違反で捕まったときに「息子が熱を出していて」という言い訳が通用することは結…

坂口恭平さんの『徘徊タクシー』を読みました。わかりあえないことから。

「ばあちゃん、どっちね?」 大声をあげて尋ねると、彼女は右の人差し指をまっすぐに伸ばした。そこは小さいころ従兄弟たちとよく歩いていた道であった。トキヲを背負った僕は彼女の指を道標に少しずつ歩きはじめる。 トキヲをおんぶしたのはこれが初めての…

坂口恭平さんの『幻年時代』を読む。視点の共存と多重空間と宮沢賢治。

幼少期に二つの記憶がある。どちらも僕はベビーカーに乗っている。どちらも楽しい思い出ではない。~中略~。二つの記憶には共通点がある。自分の目から見た視点、その坂口恭平を遠くから眺めているもう一つの視点が共存していることだ。(坂口恭平『幻年時…

三浦瑠麗、乙武洋匡『それでも、逃げない』。だいじょうぶ(?)職員室。

三浦 今までに、主戦場となる場所はなかったんですか? 乙武 ゼロではないですよ。テレビでコメンテーターを務めたり、スポーツライターとして選手の思いを読者に伝えたり、それぞれやりがいはあったし、楽しかった。ただ自分の使命を全うできているのかと考…

ちきりんさんの「リノベ」本を読んだら、保護者に伝えたくなったこと

世の中の取引には、売り手と買い手が「等価な価値を交換する取引」と「両者で共に創出した価値を分け合う共同プロジェクト型の取引」があります。 日常的なお買い物の大半は前者です。500円のお弁当と500円分の現金を交換する。3000円分のセーター…

ケーキの切れない非行少年たちに、クリスマスケーキを!

私が本書を書こうと思ったきっかけは、本文中でも引用した元衆議院議員の山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)を読んだことでした。さまざまな障害を抱え、本来なら福祉によって救われるべき人たちが、行き場がないがゆえに罪を犯して刑務所に集まってし…

倍率は下がっているものの、教員になりたいと思っている人は意外と多い。

値切るという行為は、いわばその行為を通して、「顔見知り」になる手間を支払うことであるともいえる。その手間を惜しむならば、金をよけいに払うか、毎日きて自然に顔見知りになって安くなるのを待つかという手順を踏むのだろう。貨幣はすべての価値を数字…

がんばる子どもはOK。でも、がんばりすぎる教員はNGかもしれない。

しかし市場社会では、漁師はみな起業家として競争しあうことになっているので、競争に反する約束(や法律)は起業家精神に反する。地元のパブでビールを飲みながら、100人の漁師全員が、漁をするのは1日1時間にするのが合理的だと同意しても、実際には…

平野啓一郎さんの「分人」概念に救われた過去のわたしと未来のわたし

『私とは何か』の中でも書いたんですけど、「分人という考え方は八方美人のススメなのか?」って聞かれることがあるんですね。だけど、それはまったく違っていて、両者はむしろ逆なんですよ。分人を考える人は、「相手によって自分が変わる」ということを理…

ゆとり教育は間違っていない。忘年会スルーよりもサビ算スルーを。

人間力というのはどんな権威あるブランドや金よりも、人を魅了し生き方を変える力を持っている。 例えばこの本の編集者である澤田氏も、寺脇氏に「説得」された一人だ。高校時代、学校や授業のあり方に大きな疑問を抱き、上京して単身、文部省に乗り込み、「…

明日は「忘年会スルーの反対」です。好きになったり、嫌いになったり。

僕は、今の自分が、若い頃に考えてきた自分よりも保守的な気がしているんです。今年のお正月も、十数人で新年会をやって書初めをした。そういうのが意外と嫌いじゃない。お年玉配って、みんなでボーリングして、焼き肉食べて、今年も頑張りましょうと言って…