田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

岩田健太郎さんの『「患者様」が医療を壊す』より。「保護者様」が教育を壊す。

だから人物評価なんてまじめにやっちゃだめなんですね。評価を一生懸命にやればやるほどその人のパフォーマンスは目減りしてしまう。人物評価なんて(もしやるのならば)、ほんわか適当にやるのが一番です。どうせ人が人を正当に見積もることなんて、そんな…

岩田健太郎さんの『サルバルサン戦記』より。大人の苦手を子どもに感染させるな。

「そしてね、佐八郎。そういう『他人の視線』を一切気にしなくなると、とても生きているのが楽になるのよ。解放されるわ。自由に生きるとは、他人の視線から自由になるということなのよ。『天然』で空気が読めない態度を取り続けていると、そのうちだれも私…

岩田健太郎さんの『医学部に~』を読む。是非はともかく、カルロス・ゴーンは怠惰ではない。

日本人は怠惰である。勤勉ではない。 効率の悪い仕事だとわかっていても、意味のない書類だとわかっていても、意味のない会議だとわかっていても、怠惰だから改善しようという努力をしない。流れに任せて、ダラダラと仕事をし、ダラダラと書類を書き、会議で…

岩田健太郎さんの『主体性は教えられるか』より。主体性と評価の話。

評価というものの問題点を考える必要がある。評価とは、他者の目による規定である。他者に規定されている自分は、主体性を欠く。「あの人に批判されるといけないから、やる」となってしまうのである。外部評価は全否定はしないけれど、そのダークサイドには…

三浦英之さんの『南三陸日記』より。家族の風景と、師匠の言葉。

卒業式の直前、教頭は生徒の作文を読んで驚いた。「津波が起きて『良かった』と思えるようになりたい」とある女子生徒は書いていた。 大切な人や家も失い、悲しくて、苦しくて、今はどうにもならないけれど、それをいつか「良かった」と思えるぐらい、自分は…

どんなふうにして暮らしたってかまわんのだ、と思える教育を!

三菱の社長より長期旅行者の方が幸せであるなどど断言することはもちろんできないのだが、要するに人の生活などいろいろだと思えるのだ。何でそう思うのかというと、それこそが旅をしてさんざん見てきたことだからなのである。 どんなふうにして暮らしたって…

小熊英二さんの『地域をまわって考えたこと』を読む。学校もまわろう。

日本の場合、集合意識の範囲の指標の一つは、お祭りが開かれる神社と、小学校の校区である。明治期に小学校が設立された際には、明治政府に予算がなく、地元社会の寄付で建てられることが多かった。寄付が集まる範囲は、仲間意識のある範囲と深い関係があり…

なぜ、あなたの仕事は終わらないのか。中島聡さんの本を読んで考えた。

しかし一歩立ち止まって、本質的な意味を考えることは重要です。アメリカではそのように、形式より意味を考えて判断することがとても多いのです。 たとえば車を運転してスピード違反で捕まったときに「息子が熱を出していて」という言い訳が通用することは結…

坂口恭平さんの『徘徊タクシー』を読みました。わかりあえないことから。

「ばあちゃん、どっちね?」 大声をあげて尋ねると、彼女は右の人差し指をまっすぐに伸ばした。そこは小さいころ従兄弟たちとよく歩いていた道であった。トキヲを背負った僕は彼女の指を道標に少しずつ歩きはじめる。 トキヲをおんぶしたのはこれが初めての…

坂口恭平さんの『幻年時代』を読む。視点の共存と多重空間と宮沢賢治。

幼少期に二つの記憶がある。どちらも僕はベビーカーに乗っている。どちらも楽しい思い出ではない。~中略~。二つの記憶には共通点がある。自分の目から見た視点、その坂口恭平を遠くから眺めているもう一つの視点が共存していることだ。(坂口恭平『幻年時…

三浦瑠麗、乙武洋匡『それでも、逃げない』。だいじょうぶ(?)職員室。

三浦 今までに、主戦場となる場所はなかったんですか? 乙武 ゼロではないですよ。テレビでコメンテーターを務めたり、スポーツライターとして選手の思いを読者に伝えたり、それぞれやりがいはあったし、楽しかった。ただ自分の使命を全うできているのかと考…

ちきりんさんの「リノベ」本を読んだら、保護者に伝えたくなったこと

世の中の取引には、売り手と買い手が「等価な価値を交換する取引」と「両者で共に創出した価値を分け合う共同プロジェクト型の取引」があります。 日常的なお買い物の大半は前者です。500円のお弁当と500円分の現金を交換する。3000円分のセーター…

ケーキの切れない非行少年たちに、クリスマスケーキを!

私が本書を書こうと思ったきっかけは、本文中でも引用した元衆議院議員の山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)を読んだことでした。さまざまな障害を抱え、本来なら福祉によって救われるべき人たちが、行き場がないがゆえに罪を犯して刑務所に集まってし…

倍率は下がっているものの、教員になりたいと思っている人は意外と多い。

値切るという行為は、いわばその行為を通して、「顔見知り」になる手間を支払うことであるともいえる。その手間を惜しむならば、金をよけいに払うか、毎日きて自然に顔見知りになって安くなるのを待つかという手順を踏むのだろう。貨幣はすべての価値を数字…

がんばる子どもはOK。でも、がんばりすぎる教員はNGかもしれない。

しかし市場社会では、漁師はみな起業家として競争しあうことになっているので、競争に反する約束(や法律)は起業家精神に反する。地元のパブでビールを飲みながら、100人の漁師全員が、漁をするのは1日1時間にするのが合理的だと同意しても、実際には…

平野啓一郎さんの「分人」概念に救われた過去のわたしと未来のわたし

『私とは何か』の中でも書いたんですけど、「分人という考え方は八方美人のススメなのか?」って聞かれることがあるんですね。だけど、それはまったく違っていて、両者はむしろ逆なんですよ。分人を考える人は、「相手によって自分が変わる」ということを理…

ゆとり教育は間違っていない。忘年会スルーよりもサビ算スルーを。

人間力というのはどんな権威あるブランドや金よりも、人を魅了し生き方を変える力を持っている。 例えばこの本の編集者である澤田氏も、寺脇氏に「説得」された一人だ。高校時代、学校や授業のあり方に大きな疑問を抱き、上京して単身、文部省に乗り込み、「…

明日は「忘年会スルーの反対」です。好きになったり、嫌いになったり。

僕は、今の自分が、若い頃に考えてきた自分よりも保守的な気がしているんです。今年のお正月も、十数人で新年会をやって書初めをした。そういうのが意外と嫌いじゃない。お年玉配って、みんなでボーリングして、焼き肉食べて、今年も頑張りましょうと言って…

通知表よりも面談を、3期制よりも2期制を、退屈よりも興奮を。

楽しむことは、しかし、けっして容易ではない。容易ではないから、消費社会がそこにつけ込んだのである。 ラッセルはこんなことを言っている。「教育は以前、多分に楽しむ能力を訓練することだと考えられていた」。ラッセルがこう述べることの前提にあるのは…

坂口恭平さんの『家族の哲学』を読みました。パパはおかしくない。

「アオちゃんは何を書きたいの?」 アオは力いっぱい「せ」と書いている。「せ?」「今日、国語の授業で習ったの。だから、書いてみたかったの」 私の涙はいつまでも止まらない。「早く、パパも書いてよ」 ようやく鉛筆を動かした私は、漢字で「幸福」と大き…

コルクの社員さん presents 映画『マチネの終わりに』を語る会🎵

本の制作過程からわかったことは、コルクラボは居心地のいい居場所を設計しようとしていることでした。それは、コルクラボが掲げる4つの行動指針にも表れています。 1 自分の安心安全を知る 2 自分の言葉を紡ぐ 3 好きなことにのめりこむ 4 人の頼り方…

バッタを倒しにアフリカへ。「幸せのハードル」と「小確幸」について。

一度、ラマダン中とは知らずに野外調査に出向いたことがあるが、炎天下でもモーリタニア人は一口も水を飲まなかったので、熱中症にならないか心配していた。ただでさえ厳しい自然環境なのに、何ゆえ過酷な状況にその身を追い込むのか。答えを求めて自分も彼…

教員の時間感覚についての補説。トーマス・マンの『魔の山』より。

一般には、生活内容が興味深く新奇であれば、そのために時間は「追い払われる」、つまり時間の経つのが短くなるが、単調とか空虚とかは、時間の歩みにおもしをつけて遅くすると信じられているが、これは無条件に正しい考えではない。一瞬間、一時間などとい…

坂口恭平さんの『思考都市』より。描きたいことを、描けばいい。

ある日、喫茶店で打ち合せをしていて 支払いのとき、レジ裏の棚に豆本が並んでいて そのおかげで、この未来工房の作品群を知った。 グーグルにのっていない情報を見つけること。 それが僕の仕事でもある。(坂口恭平『思考都市』日東書院、2013) 未来工房の…

乙武洋匡さんの『ただいま、日本』を読む。我慢強さよりも、自由を。

英語には「過労死」に該当する単語がなく、「KAROSHI」と表記されるという。仕事は生活のためにすることなのに、なぜ日本人は仕事のために命を落とすのか、まるで理解できないと言われるが、返す言葉がない。死に至らずとも、ストレスから心身を蝕ま…

1001話をつくった星新一 VS 1001コマ以上の授業をもつ教員

でも、一〇〇一編を書き上げてからは、家族で過ごすことが多くなり、心は少し和らいだようだった。~中略~。 ある日、若い編集者が家にやってきたとき、壁に飾っていたピカソやビュッフェのリトグラフを見て驚かれたことがあった。 すると新一は、「いやあ…

沢木耕太郎さんと田辺聖子さんに学ぶ、てっぺんとふもとと三合目。

会社づとめをしている人の中に、出世することより現場の仕事を愛するという人がいる。「てっぺん」好きの人は、そんな人のことを軽蔑したりする。しかし、と田辺さんは言うのだ。《私はといえば、ふもとや三合目をみずから望んで、人生をたのしんでいる人が…

Tully'sにて。誕生日おめでとうの前に、誕生日ありがとう。

次第に病状が悪化していくなかでも、母は自分のことより私の体調を気遣ってくれた。久し振りに父と暮らすことになった千葉・行徳から地下鉄を乗り継ぎ、銀座まで通うのも大変だったに違いない。それでも私に弁当を届けた後、客が少ないのを見ると心配して、…

中村哲さんの死。一人の父親として、一人の母親として。

二〇〇一年十月、国会での中村医師の証言には、万感のこもると思われる一節がある。「(アフガンが直面する)餓死については、自民党だとか共産党だとか社民党だとか、そういうことではなくて、一人の父親、一人の母親としてお考えになって、私たちの仕事に…

坂口恭平さんの『モバイルハウス~』を再読。誤魔化さない生き方を🎵

今回のモバイルハウス制作において、ロビンソンはただの協力者ではないのかもしれない、と僕はふと思った。この計画をきっかけにして、彼は徹底的に僕に対して技術を伝承しようとしているのかもしれない。 道具の使い方、家の建て方、空間の捉え方、そして誤…