道路特定財源(国が三兆五千億円、地方が二兆三千億円)が五兆八千億円もある。ガソリン税(揮発油税)などを中心とした目的税で道路以外には使ってはならぬとの金城湯池、これを高齢化対策や環境対策へ振り向ければどれほど国民のためになるか、小泉首相は一般財源化を総選挙の事実上の公約にしているのだ。高速道路だけでなく一般国道のほか地方単独事業の道路でも道路特定財源は核になる。それでも足りず一般財源も投入され、地方債も発行されてきた。これで年間額十二兆円の道路予算がはじき出される。日本の二十五倍の広大な国土を有するアメリカの道路予算とほぼ同額にあたるのだから異常である。
(猪瀬直樹『道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日』文藝春秋、2003)
こんばんは。その後、道路特定財源は08年度をもって廃止され、一般財源化されましたが、今は何に使われているのでしょうか。高齢化対策や環境対策だけでなく、教育対策へも振り向けてくれれば、どれほど国民のためになるか。都知事時代、子どもたちの「言葉の力」を高めるプロジェクトにお金を振り向けていた猪瀬直樹さんならわかってくれるように思います。
現状、日本の教育支出を5兆円増やしたとしても、日本の教育機関に対する公的支出の割合(GDP比)はOECDの平均にも満たないというのだから異常です。5兆円あれば、24人学級の実現だって夢ではありません(2017年におけるOECD加盟国の平均は、小学校で21.3人、中学校で22.9人)。1クラス当たりの人数が減れば、教員にも本を読むゆとりが生まれるし、子どもたちの「言葉の力」を高める実践、例えばビブリオバトルや作家の時間(ライティング・ワークショップ)などへの理解も進むでしょう。そうすれば、猪瀬さんのように《敵陣に斬り込み、ペンは剣よりも強しを実証する》カッコいい大人が増えるかもしれません。「カッコいい」とは何か。芥川賞作家の平野啓一郎さんにそんなタイトルの本がありますが、答えの詳細は『道路の権力』に書かれています。結局、人。やっぱり、生き方。闘っている大人って、
カッコいい。
猪瀬直樹さんの『道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日』を再読しました。小泉純一郎首相によって01年に行革断行評議会の委員に選ばれ、続く02年には道路公団民営化委員に抜擢された猪瀬さんが、愛国故に道路公団を民営化すべく、官僚機構や族議員に代表される「道路の権力」と闘い抜いたプロセスを記録した一冊です。目次は、以下。
第一部 行革断行評議会 篇
第一章 聖域に挑む
第二章 実力者たち
第三章 9342キロという旗
第四章 変人の戦術
第二部 道路公団民営化委員 篇
第五章 民営化委員発足
第六章 総裁たちの弁明
第七章「凍結」の道路
第八章 論破
第九章 最終答申
終 章 国民の選択
行革断行評議会というのは、特殊法人等改革及び公益法人等改革について、幅広い観点から評価・審議を行うために、石原伸晃行政改革担当大臣(当時)の下に置かれた諮問機関のことです。メンバーは5人。猪瀬さんがその委員に選ばれたのは、もちろん『日本国の研究』の功績によります。
僕が『日本国の研究』で提起したのは、官僚機構の遺伝子配列に狂いが生じはじめ道路公団を筆頭とする国営企業(特殊法人等)の群を産み落として制御不能状態に陥っている、との警告であった。
研究によって明らかになった道路公団の借金は、なんと38兆円。この膨大な借金を生む構造にメスを入れるべく、猪瀬さんが自身の手による道路公団の分割民営化プランを実力者たちに説いて回るところが第一部「行革断行評議会 篇」の見所でしょうか。
実力者たちというのは橋本龍太郎元首相・前行革担当相や亀井静香・前政調会長、古賀誠・前幹事長ら、固有名詞で通用する大物政治家たちのことを指します。根回しにも似たこのやりとり。アウトサイダーという猪瀬さんの立ち位置を想像すると、やりにくいだろうなぁ。猪瀬さんは知らなかったそうですが、橋本元首相なんて、事前に《「これから猪瀬が来るんですよ。喧嘩しないようにしないとねえ」》と語っていたそうですから。怖っ。いずれにせよ、強面の政治家たちを相手に《憂鬱な任務》たる説明義務を果たしに行くところ、大人です。
憂鬱でなければ、仕事じゃない。
二十分の予定が一時間になっていた。橋本龍太郎は権威主義者ではなく好奇心の人だった。そして理論の人だった。
西麻布に戻りアエラ、週刊朝日のインタビューを立てつづけに受け、レギュラー出演している土曜午前十時のフジテレビのニュース情報番組の打合せをこなし、ほっとしてニュースステーションをつけた。眼を疑った。ニューヨーク・マンハッタンの世界貿易センターのツイン・タワーに旅客機が激突するシーンが映し出されている。長い一日だった。
橋本元首相をアッパレと思っているところが、よい。9.11の話が出てきて、猪瀬さんの言葉でいうところの「私」の営みと「公」の時間軸が重なり合っていくところも、よい。あのときみなさんは、どこで、何をしていましたか(?)。第二部の「終章」に《「明治・大正のインテリが軍事を別世界のことだと思い込んできたのが、昭和になって軍部の独走」を招いた。》とあります。「私」の営みが「公」の時間軸に支えられていること。忘れてはいけません。
第一部のもうひとつの見所というか国民のひとりとして驚いたところは、官僚機構のサボタージュです。国交省及び日本道路公団をはじめとする国土交通省系の六公団が、例えば《所管の特殊法人を廃止・民営化できるか。できない場合はその理由を添えて9月3日までに回答せよ》という行革推進事務局の命令を「ゼロ回答」というかたちでたびたび無視するんです。猪瀬さんは次のように書きます。
かつて陸軍の出先機関が中国大陸で勝手に作戦を遂行してしまい、陸軍の中枢はそれを糊塗するため、結局は戦線を拡大することになった。小泉首相は行政の長である。その小泉首相の命令を、部下である官僚機構が無視するのだからほとんど異常事態というほかはない。
先の大戦を引き合いに出すあたり、さすが猪瀬さんです。7人のサムライと呼ばれた道路公団民営化委員と、国交省の官僚をはじめとする「道路の権力」との攻防を描いた第二部「道路公団民営化委員 篇」においても、請求した資料が開示されなかったり、道路四公団の提出した財務データに数値の根拠となる数式が入っていなかったり、地味な嫌がらせが続きます。中でも国交省の交通需要予測が同省に都合のよいかたちで、つまり新しい高速道路をどんどんつくってもOK(!)となるように数字が恣意的に操作されていたというのは怒髪天を衝いてもおかしくないところです。
むかし陸軍、いま国交省。
数字を誤魔化すと国が滅びる。そのことは歴史を知る猪瀬さんがいちばんよく知っていることでしょう。猪瀬さんは需要予測の誤りを徹底的に追い詰め、ひろゆきさんのように「論破」します。
最後にもうひとつ。第二部で強く印象に残ったのは、登場人物の多くがポジション・トークを繰り広げる中、猪瀬さんがファクト(データ)をもとにロジックを展開することにこだわり続けたことです。やはり、カッコいい。
田中、川本両委員と、今井、中村両委員がそれぞれの主張を譲らない。松田委員、大宅委員、そして僕はなんとか双方から妥協を引き出そうとした。この委員会の議論の特質は、データを共有しながら論理で詰めていき、少しでも対立の幅を縮めようと努力するところだった。だが立場でものを言いはじめたら、いつまで経っても距離は縮まらない。
凡庸な思いつき。
教員免許更新制度などを含め、日本の教育改革の多くは「凡庸な思いつき」でできている。教育社会学者の松岡亮二さんが編著を務めている『教育論の新常識』にそのようなことが書かれています。帯には《データに基づいたまっとうな議論のために》とあります。データに基づいたまっとうな議論を「学校の権力」に仕掛けるべく、教育界にも猪瀬さんのようなカッコいい大人が現れますように。
まっとうな未来のために。
ぜひ。