田舎教師ときどき都会教師

読書のこと、教育のこと

辻仁成 著『ワイルドフラワー』より。野生を取り戻せ。

 俺の定位置は半円形のカウンターの一番左端と決まっていて、そこは酒を客に注ぐ香奈江の横顔を眺めるのに適した場所だ。坊城や作家の久遠といった常連客たちの杯に香奈江が酒を注ぐのを、静かに眺めて夜を過ごす。その時俺は一人ここで優越感に浸りながら香奈江の横顔を見つめている。俺だけがここで彼女の唇の柔らかさを知っているはずだから。
(辻仁成『ワイルドフラワー』集英社文庫、2001)

 

 おはようございます。高知の人たち、特に四万十川流域に住む人たは「ダバダ火振」という焼酎(栗)をよく飲むそうです。ダバダヒブリと読みます。一昨日の夜、高知在住の友人に教えてもらいました。このブログを書いていなかったら、一生知り得なかった友人です。

 

 人生はからくりに満ちている。

 

ダバダ火振(2025.5.3)

 

 保護主義とブロック経済によって、1929年から1933年のたった4年間で、世界の貿易額は約3分の1に減少した。例えばアメリカは、1930年にスムート・ホーリー関税法を制定し、輸入品に対する平均関税率を38.5%(1925年)から 59%(1932年)に引き上げた。イギリスやフランスも関税を引き上げた。結果、どうなったか。

 

 第二次世界大戦が起きた。

 

 貿易は戦争の一因となる。その反省のもとにGATTができ、そしてWTOができた。そういった歴史があるにもかかわらず、トランプ大統領はWTOを蚊帳の外に置いたまま関税の引き上げ、いわゆる「トランプ関税」をしかけてきている。ちなみに「関税3%」は「法人税30%」に相当するそうです。昨日の夜、関税の専門家に教えてもらいました。このブログを書いていなかったら、一生知り得なかった専門家です。

 

 人生はからくりに満ちている。

 

 それにしても、トランプ大統領曰く「私にとって、辞書に載っている最も美しい言葉は『関税』だ。『関税』は私が一番好きな言葉だ」云々って、いったいどれだけ野性味あふれる発言なのでしょうか。彼こそまさに、

 

 ワイルドフラワー。

 

 

 辻仁成さんの『ワイルドフラワー』を再読しました。20年前くらいに、冒頭の引用でいうところの香奈江のような女性に勧められて手に取った本です。彼女曰く「読み始めるととまらなくなって、電車の乗り換えの時も歩きながら読んでいた」云々。そういった小説です。インモラルでちょっとというかかなりエロティックな描写があって、読むのは2回目なのに、

 

 続きが気になる。

 

 

 香奈江(22)との関係を通して、夢野(24)、坊城(28)、久遠(中年)の3人が抑圧された自己を開花させていくというのがストーリーの大筋です。

 

 抑圧?

 

 夢野は自分はゲイなのではないかという悩みに抑圧され、カメラマンの坊城は尊敬する師匠だったり、その師匠の奥さんだったりを自分よりも優先してしまうという奴隷性に抑圧され、小説家の久遠はうまくいかなくなってきた創作と家庭に抑圧されています。それらの抑圧を開放して、3人のそれそれが、それぞれの仕方で野性味を開花させていく。だから、

 

 ワイルドフラワー。

 

高度資本主義文明のさなかにおいても人類は「野生の花」たりうるのかどうかを力強く問い直す、最も有効な戦略だろう。

 

 巽孝之さんによる解説「ニューヨークの野獣たち」より。そうです、解説のタイトル通り、3人とも野獣のようになっていくんです。香奈江によって。

 

 朦朧としながらも久遠は反撃に出た。もともと坊城よりも体格のいい久遠の拳が今度は細身の坊城の腹部に埋没した。二人は大声を上げながら香奈江の見ている前で取っ組み合いの状態となってしまった。肉や骨を切り裂くような鈍い音や、悲鳴に近い両者の醜い怒鳴り声が周囲の空気を揺さぶった。暫く呆然としていた香奈江が、いつもの冷静さを失い、必死で手を伸ばして仲裁に入っている姿はなんとも滑稽で見物だった。
 俺はポケットからスパナを取り出した。そしてそれを数歩助走を付けてから彼ら目掛けて投げつけた。誰かに命中すればいいのに、と思いながら。

 

 年齢を重ねたせいでしょうか、前回は坊城の抑圧に、今回は久遠の抑圧にシンパシーを覚えました。再読のよさだなぁと思います。この本を勧めてくれた女性に、香奈江のことをどう思うか聞いてみたかったなとも思いました。

 

フラットホワイト(2025.5.3)

 

 ダバダ火振の方がフラットホワイトよりも野性味があります。今朝のニュースに「石破総理『残念だ』自動車部品の関税25%」とありました。昨夜聞いた関税の専門家の話に基づけば、法人税250%と同じインパクトということです。ダバダ~。関税の撤廃を望むという日本側の「フラットホワイト」的な要望を、ワイルドフラワーなトランプ大統領が、

 

 一蹴。

 

 先見の明のある辻さんのことです。もしかしたら四半世紀も前からこうなることを予想していたのかもしれません。このままではまずい、と。日本がダメになってしまう、と。子どものケンカに親が出てくるな、と。過保護すぎるだろ、と。小学校の先生をもっと敬え、と。

 

 世界は弱肉強食のサバンナである。

 

 野生を取り戻せ。