田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『突破する力』より。何を言ったかではなく、誰が言ったか。希望も病床も、つくるものである。

 道路公団民営化で僕がいわれなきバッシングを受けていたとき、彼から連絡があり、久しぶりに会うことになりました。そのとき、彼は僕に西郷隆盛の『南洲翁遺訓』をそっと手渡した。そこには次のような一節が書いてありました。
「道を行う者は、天下挙て毀るも足らざるとせず、天下挙て誉るも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故也」
 天から与えられた道を行う者は、世間が誹ろうが誹り切れるものではなく、世間が誉めても誉め切れるものではない。それは自分の信念が厚いからだ、という意味です。周りは敵だらけで孤軍奮闘を強いられていただけに、この言葉には本当に元気づけられました。
(猪瀬直樹『突破する力』青春出版社、2011)

 

 こんばんは。昨日のニュースによると、オリンピックで活躍している日本人選手へのSNS中傷が相次いでいるそうです。ツイッターでもトレンド入りしていました。ターゲットの中心は金メダリストとのこと。突破する力に長けているからでしょうか。卓球混合ダブルスで伊藤美誠選手とともに世界一に輝いた水谷隼選手は、いわれなきバッシングに対して「俺の心には1ミリもダメージない」「それだけ世界中を熱くさせたのかと思うと嬉しいよ」と応えたそうです。オリパラ教育の教材にできそうなこの返し。もしかしたら信頼できる誰かが西郷隆盛の『南洲翁遺訓』をそっと手渡したのかもしれません。

 

 

 猪瀬直樹さんの『突破する力』を再読しました。サブタイトルは「希望は、つくるものである」。行革断行評議会委員&民営化委員会委員として「道路の権力」と闘ったときも、東京都知事として「東京の敵」と闘ったときも、常に「厚い信念」に基づいて希望をつくってきた著者による「仕事&人生」論です。目次は以下。

 

 Ⅰ   壁を打ち破るには ”頭” を使え
 Ⅱ   自分の最大の武器は、弱点の中にある
 Ⅲ   成果につながる努力、無駄に終わる努力
 Ⅳ   10人の知人より、1人の信頼できる味方
 Ⅴ   いくら稼いだかなんて、二流の発想

 

 Ⅰ には「不安な時代を『図太く生きる』章」、Ⅱ には「『自分らしさ』を磨き込む章」、Ⅲ には「人生を面白くする『本気の仕事力』の章」、Ⅳ には「『本物の人間関係』を築く章」、そして Ⅴ には「『人生』と『仕事』の究極の目的の章」という副題が添えられています。

 

 冒頭の引用は「Ⅳ」より。

 

 成果や自分らしさ、本物の人間関係などの言葉からもわかるように、カテゴリーとしては自己啓発本に分類される一冊です。そんじょそこらの自己啓発本との違いはといえば、それはもちろん著者が「猪瀬直樹」であるというところでしょう。何を言ったかではなく、誰が言ったか。

 

 何を言ったか VS 誰が言ったか

 

 学級での話し合いだったら、できるだけ「何を言ったか」を大切にするよう指導しますが、自己啓発本についていえば、何を言ったかよりも誰が言ったかが重要です。毎年のように学級崩壊を起こしている教員がキラキラ系の「仕事&人生」論を書いたところで誰も読みません。

 大宅壮一ノンフィクション賞をとった、あの『ミカドの肖像』の著者が書いているのだから。カルフォルニア大学バークレー校では必読文献となっているという、あの『ペルソナ』の著者が書いているのだから。五輪招致を成し遂げた、あの『公』の著者が書いているのだから。

 

 おもしろいに違いない。

 

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 こんな話があります。台湾からウナギの稚魚を船で輸入するとき、ただ水槽に入れておくだけだと、大半の稚魚はくたびれて死んでしまう。ところが、水槽にピラニアを1匹入れておくと、ウナギは食べられまいと緊張してアドレナリンを分泌する。もちろん何匹かはピラニアに食べられるかもしれません。しかし、ピラニアを入れることによって危機感が生まれて、結果的には多くのウナギが無事に生き延びるというんです。

 

 おもしろい。小学4年生の国語の教科書(光村図書)に載っている説明文「ウナギのなぞを追って」(塚本勝巳  作)よりもおもしろい。食べられてしまう何匹かに思いを寄せてしまうのが教員の性とはいえ、おもしろい。ウナギの稚魚たちよ、願わくば、スイミーたらんことを。

 

 危機感とか、ピラニアとか。

 

 この話は「Ⅰ」に出てきます。危機感をバネに、”頭” を使って壁を打ち破ってきたのが猪瀬さんというわけです。とはいえ、これだけ読むとちょっと新自由主義っぽいな、と。作家「猪瀬直樹」を知らない人がイメージしている「猪瀬直樹 ≒ 橋下徹 ≒ 竹中平蔵」みたいだな、と。

 橋本さんや竹中さんの是非はともかく、作家「猪瀬直樹」のファンからすると、ニアリーイコールではない(!)と叫びたくなります。そういったステレオタイプのイメージをもつ前に、『ミカドの肖像』でも『ペルソナ』でも『公』でもいいので、一冊、読んでみてほしい、と。

 

 お酒の席を適当なところで切り上げる習慣は、いまも変わっていない。会食があっても一次会で帰り、夜は西麻布の仕事場で一人、原稿に立ち向かう。何のことはない、60歳を超えたいまも未来は不透明であり、真っ暗なところに希望の灯をともすために仕事に向き合い続けているのだ。

 

 オリンピアン以上にストイックに調べ、書き、仕事に向き合い続けていく中で誕生したのが『ミカドの肖像』をはじめとする傑作の数々というわけです。どの本も、参考文献の数が凄まじい。そして読むとわかります。これだけ緻密な作品を書き上げる著者が、何の根拠もなく軽々と「世界一カネのかからない五輪」なんて口にするわけがないって。ファクトとロジックをもとに、本気で「世界一カネのかからない五輪」を実現させようとしていたに違いないって。そうすると、

 

 いったい、誰なのでしょうか。

 

 志を軽々と踏みにじったのは。

 

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 自己啓発本は「何を言ったかではなく、誰が言ったか」が重要なので、ついつい「誰」を話題にしてしまいます。バランスをとるために、

 

 最後に「何」をひとつ。

 

 少し前に重症妊婦の受け入れを複数の病院が拒否するケースが相次ぎ、社会問題になりました。
 一部からは、「病院の姿勢に問題がある」と非難の声が上がりました
 ただ、本当にそれで問題が解決するのか。僕には疑問です。

  
 目次でいうと「Ⅲ」に書かれているエピソードです。詳細は省きますが、病院の姿勢に問題があるのではなく、猪瀬さんは《この問題のボトルネックは国の補助システムにある》って、構造的な原因をしっかりと見極めます。

 

 そして即対応。

 

 ボトルネックを見つけるためには、現場に出向いて自分の目と耳を使うことが大切だそうです。学校にも来てほしいな。

 現在、コロナの新規感染者数が増えて「病床が逼迫」しているそうですが、もしも猪瀬さんが都知事を続けていたとしたら、現場にとっとと出向き、病床が増えない構造的な原因をとっとと見極めて、諸外国と同じようにとっとと病床を増やしていたのではないでしょうか。

 

 希望も病床も、つくるものである。

 

 おやすみなさい。