田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

凪良ゆう 著『滅びの前のシャングリラ』より。定時の前の全集中。生きるとは、幸せとは、家族のことと見つけたり。

「怖いに決まってるだろう。でもこうなる前の世界より、ぼくはずっと自分が好きなんだ。前の世界は平和だったけど、いつもうっすら死にたいと思ってた」
 なにげなく放たれた言葉の重さに胸を衝かれた。
「今は死にたくないって思ってるよ。でもあと十日しかない。悲しいし、怖いし、最悪だけど、それでも、ぼくはちょっといい感じに変われた気がする。あのままの世界だったら、長生きできたかもしれないけど、こんな気持ちは知らないまま死んでたかもって思う」
(凪良ゆう『滅びの前のシャングリラ』中央公論新社、2020)

 

 おはようございます。怖いに決まってるだろう、というのはコロナのことではありません。小惑星のことです。小惑星が落ちてくるといえば、30代、40代の読書人は伊坂幸太郎さんの『終末のフール』を思い出すでしょうか。

 

 Today is the first day of the rest of your life.

 

 終末のフールのように、もしも8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡するとしたら、それまでに何をやりたいですか。3分間、4人で話し合ってみましょう。3分経過。イメージはつかめましたか。では、友達の意見も参考にして、ワークシートに「わたしのやりたいこと」を箇条書きでどんどん書き出してみましょう。制限時間は7分です。先生もやります。7分経過。はい、鉛筆を置きましょう。

 

 1ヶ月経過。

 

 1ヶ月前に道徳の授業(6年生)でやったワークです。伊坂幸太郎さんの『終末のフール』を枕に、ワーク+ α(ディスカッション、等々)を挟んで、村崎羯諦さんの『余命3000文字』で閉めるという思いつきの授業。1ページ目に書かれている “Today is the first day of the rest of your life.”(今日という日は残された日々の最初の一日)という一文が印象的な『終末のフール』と、医者に「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと3000文字きっかりです」と宣告された主人公のその後を描く『余命3000文字』。それら2作品に共通する道徳的価値といえば、当然、生命尊重です。

 

 生きるとは死ぬことと見つけたり。

 

 そういうことです。8年、或いは3000文字という限られた命をどのように生きるのか。凪良ゆうさんの表現を借りれば、残りの命をどのように謳うのか。滅びの前のシャングリラ。仕事でいえば、定時の前の全集中。定時を意識することによって勤務時間が濃密になるように、滅びを意識することによって日常生活は理想郷(シャングリラ)になり得ます。

 

 

 凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』を読みました。小惑星が衝突するまでの、すなわち地球が滅びるまでの1ヶ月を描いた物語です。伊坂さんの『終末のフール』と違うところは、人類最後の日までのスパンが短いということ。

 

 終末のフールは8年後。
 滅びの前のシャングリラは1ヶ月後。

 

 8年後ならパニックを乗り越えての「災害ユートピア」的な終末を描くこともできますが、1ヶ月しかないので、当然、荒れます。強盗、略奪、殺人、等々。滅びの前のシャングリラは、北斗の拳のような何でもありの世界になっていきます。Contentsは以下。

 

 シャングリラ
 パーフェクトワールド
 エルドラド
 いまわのきわ

 

 シャングリラの主人公は、ひどいいじめを受けている高校生の江那友樹(17)。パーフェクトワールドの主人公は、兄貴分のヤクザから「六心会の角田を殺ってくれ」なんて物騒なことを頼まれてしまう喧嘩自慢の目力信士(40)。エルドラドの主人公は、恋人から逃げ出し、女手一つで江那友樹を育てている江那静香(40)。そしていまわのきわには、歌姫として頂点を極めている Loco こと山田路子(29)が主人公として登場します。

 

 4つの Contents のつながりが、絶妙。

 

 それぞれの主人公の共通点はといえば、冒頭の引用の中で江那友樹が何気なく放った言葉の中にあるように、程度の差こそあれ「前の世界は平和だったけど」というネガティブな思いを抱えているというところです。小説ではなく、現実の世界でいうと、10年以上前に「『丸山眞男』をひっぱたきたい。31歳、フリーター。希望は、戦争」という論稿で話題となった、ロスジェネ論客の赤木智弘さんみたいな感じでしょうか。

 

 江那友樹、十七歳、クラスメイトを殺した。
 死んでもまったく悲しくないやつだったが、自分の手で殺すことになるとは思わなかった。額や鼻の頭に汗が噴き出てくる。なんて未来だ。すごい世の中だ。もうなんでもありだ。

 

 いじめっ子の命を奪えるような、或いは『丸山眞男』をひっぱたけるようななんでもありの世界の中で、4人の主人公は「前の世界は平和だったけど」の後に続くもやもやを打ち消すような《こんな気持ち》を見つけていきます。シャングリラ(理想郷)然り、パーフェクトワールド(理想の世界)然り、エルドラド(黄金郷)然りです。ちょっと異色ないまわのきわも、起承転結の「転」の役目を果たしつつ、ローソクが消える直前のような「結」を用意してくれていて、泣けます。

 

 子供の頃、あたしには夢があった。大人になったらゴミためのような家を出て、惚れた男と結婚して、休日には家族で動物園や水族館に出かける。夏休みの絵日記の一ページになりそうなありふれた夢。自分には縁がなさそうだなと、一度も使わず玩具箱にしまった夢。今の今まですっかり忘れていたものを鮮やかに思い出し、あたしは青く渡った空を見上げた。
 もうすぐはるか上から巨大な石が降ってきて、あたしたちはみんな死ぬ。
 けれど最期のとき、あたしの隣には惚れた男と子供たちがいる。
 ――それって、どっちがいいことなんだろうね。

 

 家族と一緒に旅行する。

 

 6年生の子どもたちが書き出した「わたしのやりたいこと」リストの中で最も多かったのは、家族に関することでした。生きるとは、幸せとは、家族とは。凪良ゆうさんが書き出した4つの Contents + 初回限定特別付録の「イスパハン」にも、家族に関するエピソードがたくさん出てきます。生きるとは、幸せとは、つまり、そういうこと。家族のためにも、

 

 定時の前の全集中。

 

 続けましょう。