田舎教師ときどき都会教師

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伊坂幸太郎 著『マイクロスパイ・アンサンブル』より。教員の働き方が変わりますように。さぁ、作戦会議だ!

 スナック菓子ばかり食べるエージェント・オハラは間食のあいだにさらに間食するような、食に貪欲、間食に貪欲な男で、諜報員としての有能さという面では、エージェント・ハルトに遥かに劣るのだが、なぜか二人はチームを組むことが多かった。
(伊坂幸太郎『マイクロスパイ・アンサンブル』幻冬舎、2022)

 

 こんにちは。上記の文章を読んだだけでも、伊坂幸太郎さんの小説家としての有能さがわかります。だって《間食のあいだにさらに間食するような》ですよ。言葉のアンサンブルに貪欲な男にしか書けません。次のアンサンブルもそう。

 

 ハラショー、アメショー、松尾芭蕉。

 

 3拍子そろい組。猪鹿蝶もびっくりするくらいの見事さです。あまりの見事さに視覚トリックでいうところの「ペッパーズ・ゴースト」よろしく異世界に通ずる扉でも出てくるんじゃないかって、エージェント・ハルトだったらそう思うかもしれません。

 

 

 伊坂幸太郎さんの新刊『マイクロスパイ・アンサンブル』を読みました。異世界では流行語大賞にノミネートされたという「ハラショー、アメショー、松尾芭蕉」が記憶に新しい『ペッパーズ・ゴースト』に続く作品です。

 

 今回の舞台は、ここ。

 

猪苗代湖(2006.12.31)

 

 福島県は会津地方にある猪苗代湖です。写真は2006年の大晦日のもの。9年後の2015年に、猪苗代湖の畔を舞台に、音楽とアートのイベント「オハラ☆ブレイク」が開催され、伊坂さんがそれに合わせて短い小説を提供するようになるなんて、しかもその小説が毎年続いていくなんて、当時2歳だった長女の足元にいた「マイクロスパイ」にだって予測できなかったことでしょう。小原庄助もびっくりです。

 

 オハラ=小原庄助
 ブレイク=休憩

 

 小原庄助という人物は、会津の民謡「会津磐梯山」の中で「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで身上を潰した」と歌われる、小説の登場人物に言わせると《憎めない人》です。歌われるくらいだから、というのがその理由です。教員も小原庄助のように憎まれずに休憩することができたら、スローライフが実現したら、頭の中がすっきりして、残業のあいだにさらに残業するようなことがなくなるかもしれません。何せ、各種調査によると、教員の休憩時間は全国平均で1~3分ですからね。 一服の清涼剤たる「イサカ☆ブレイク」が必要とされる所以です。

 

 目次は以下。

 

 昔話をする女
 一年目
 二年目
 三年目
 四年目
 五年目
 六年目
 七年目から半年後

 2015年の「オハラ☆ブレイク ’15夏」にはじまり、2021年の「オハラ☆ブレイク ’21秋 mini」まで、7年に渡って書き継がれた「連作短編」小説。本の帯に書かれている言葉を借りれば《ふたりの仕事が交錯する現代版おとぎ話》であり、のっけから失恋する松嶋くんと、同じくのっけから危機一髪のエージェント・ハルトが、7年の歳月をかけて逞しくなっていく成長譚でもあります。白眉は、

 

 異世界のアンサンブル。

 

 異世界のアンサンブルというのは、前作『ペッパーズ・ゴースト』と同様に、私たちの世界とは別の世界が存在していて、今回の場合は猪苗代湖の畔にミリの0.0001倍にあたるマイクロの世界が存在していて、その2つの世界が互いに影響し合うというものです。4つの世界がそれぞれに独立している「ガリバー旅行記」のアンサンブル・バージョンとでもいえるでしょうか。

 

「あ、あの人もよそから来たんですよ」
 キノコを一緒に担いでいた男性が、その草むらの向こうを顎で指すようにした。
「よそから? どこですか」
「大きい国、とか言ってたかな」

 

 大きい国と小さい国が、言い方を変えると私たちの世界とマイクロスパイの世界が交錯するんですよね。さらに、ある条件下で現れる「扉」によって、行き来できるようにもなるんですよね。ここでいう「ある条件」のヒントは「ハラショー、アメショー、松尾芭蕉」です。さらにさらに、2つの世界だけでなく、毎年の「オハラ☆ブレイク」とも交錯するところがこの小説のユニークなところです。歌が流れてくるんです、小説の中に。

 

「前に聞こえてきた歌があったんだ」
「歌?」
〈また次の星でもわかるように 待ち合わせのルールを決めとこう/決めとこうぜ 話しとこうぜいまのうちに 作戦会議!〉
 エージェント・ハルトは照れくさそうに小声で口ずさむ。

 

〈濃い太字〉になっているところが歌です。そしてこの歌詞に出てくる「作戦会議」などの言葉が大きい国こと私たちの世界にも反映されます。2つの世界だけでなく、リアル「オハラ☆ブレイク」とも響き合う一体感。故・見田宗介さん(真木悠介さん)の発見でいうところの「交響するコミューン」です。

 

 世界は、響き合っている。

 

「ある日ね、お父さんが急に、『作戦会議をするぞ』と言い出したの」
「何の作戦を」
「わたしは小学生で、お姉ちゃんが中学生だったんだけど、『いいか、これから人生で大変なことがあるかもしれない。いや、きっとある。だけど、びびることはないぞ。たいがいのことは、またもとに戻る。やり直せるんだからな』って話しはじめて。作戦っていうほど作戦じゃないんだけどね」

 

 よきパパです。このパパの台詞に限らず、元気づけられるメッセージがそこかしこに散りばめられているのは、伊坂さんと私の年齢差がちょうどいい感じだからでしょう。大学も同じだからでしょう。同窓の先輩の言葉は刺さります。ほんと《何でも捉え方》ですね、先輩。そして、プライドなんて、確かに《ただの言葉》ですね。本当に自分を信じているなら、

 

 周りがどう思おうと関係がない。

 

www.countryteacher.tokyo

 

oharabreak.com

 

 教員の世界が別の世界とうまく響き合えば、働き方も変わってくるのではないかと想像します。残業のあいだにさらに残業してストレスを抱え、そのストレスを解消するために間食のあいだにさらに間食するような生活は、もううんざりです。定時で仕事を終えて、家族や友人とゆっくり過ごして、美味しいものを食べて、ぐっすり眠る。そういう生活をみんなが選べるようにしたい。

 

 教員の働き方が変わりますように。

 

 さぁ、作戦会議だ!