田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

中村文則 著『逃亡者』より。なぜ神は沈黙しているのか。

 なぜ神は、自分の信者が行う蛮行にまで、沈黙なさっていたのか。被害だけでなく、信者が加害者になることまで沈黙するとは、どういうことなのでしょうか。
 フランスのヴェトナム植民地支配。元々は、キリスト教圏のヨーロッパ諸国による、大航海時代に遡ります。彼らは海に出て大陸を発見し征服した。現地民達が信者達に殺害されていく様子に、神は沈黙し続けた。加害者側になってもなお、沈黙する神とは何か。
(中村文則『逃亡者』幻冬舎、2020)

 

 こんにちは。昨夜、中1の次女が「パパ、走ろう」というので久し振りに走ってきました。走ることについて語るときに僕の語ること。走るのって、やっぱり気持ちがよいものです。もともと走るのは大好きで、逃亡者に負けないくらい走りまくっていた時期もありました。が、コロナ前のここ数年は、ハードワークと朝夕の満員電車が走ろうという気持ちを遠ざけていたようです。その気持ちが復活したのは次女のひとこととコロナによる働き方の正常化ゆえ。それにしても、次女、よく走れるようになったなぁ。結構な時間、結構な距離を二人で黙々と走り続けることができました。喘息もちで、風邪やら肺炎やらを繰り返していた幼少期が嘘のようです。小学生のときにイヤイヤながらも習い事の水泳をがんばっていた証拠でしょうか。健康第一。コロナ後の時代も、走ろうという気持ちを失わない毎日を過ごしたいものです。 

 

 

 一週間後、君が生きている確率は4%だ。

 

 走ることについて語るときに逃亡者の語ること。昨日、中村文則さんの新刊『逃亡者』を読みました。いつか書くことを決めていたという、著者のルーツである長崎を舞台のひとつとした長篇小説です。長崎といえば、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がパッと思い浮かぶでしょうか。中村文則さん曰く《本格的な歴史に取り組みたいと、以前から思っていた》云々。本の帯には《突如始まった逃亡の日々。男は、潜伏キリシタンの末裔に育てられた。信仰、戦争、愛――。この小説には、その全てが書かれている》とあります。

 

 沈黙。

 

 冒頭の引用にもあるように「沈黙」という言葉が『逃亡者』の通奏低音になっています。沈黙といえば、もちろん遠藤周作。マーティン・スコセッシ監督による映画化も話題になりましたね。もしも私が中学校か高校の国語或いは社会の教師だったら、この臨時休校中に必ず課題としたであろう一冊です。『逃亡者』を読んだ今となっては、セットで課題とするのも悪くないなと思います。潜伏キリシタ達が拷問を受け、殺害されているのに、なぜ神は沈黙しているのか。

 

 被害者に対しても、
 加害者に対しても、

 沈黙を守り、傍観するだけの神。「最大の悲劇は、悪人達の圧制や残酷さではなく、善人達の沈黙である」。キング牧師の言葉です。作品中にも登場します。次の場面でも「沈黙」という言葉が出てきます。小学4年生の国語の教科書に載っている『一つの花』を彷彿とさせる場面です。

 

 あれはあの青年の母親かもしれない。恐らく泣くのを堪えている。彼女は愚かではない。だが周囲の愚かさに彼女は沈黙するしかない。

  

 周囲の愚かさというのは、軍人になるのは名誉だからと万歳して青年や夫や父親を戦場に送り出している人々のことです。青年も夫も父親も、世界に一つだけの花なのに。善人達は『沈黙』に登場するイエスと同じように沈黙し続けます。そうするとイエスは、神の力は、善人レベルなのか。いじめの傍観者やひろゆきさん言うところの「肉屋を応援する豚」と同じレベルなのか。

 

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神、発見(2001)

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もう少し(2001)

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見ているだけなのですか?(2001)

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ヴェトナムのブンタウにて、イエスの視点から(2001)

 

 ヴェトナム、また行きたいなぁ。遠藤周作さんの『沈黙』のラストについて、主人公の僕の恋人であるヴェトナム人のアインは納得いかない、といいます。

 

 あの小説で司祭はイエス様について「そしてあの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた」と述べますが、あのラストに納得した読者はどれくらいいるでしょうか。 

 

 さて、『逃亡者』のラストに納得する読者はどれくらいいるでしょうか。中村文学の集大成という趣もある『逃亡者』は、ヴェトナムの話、長崎の話、戦争の話、音楽の話、愛の話、現代の話、政治の話、信仰の話など、さまざまな時代、さまざまな国家を往き来する長篇小説です。そのため、逃亡者(主人公)の視点から離れるシーンも多く、一般的な「逃亡者」タイプの小説、例えば同著者の『私の消滅』や《おまえ、オズワルドにされるぞ》という台詞が印象的な伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』などと比べると、スリリングさを欠くと感じるかもしれません。しかし、その欠けた部分を補って余りあるほどの「歴史」に出会える一冊です。コロナの夜長に『逃亡者』を、『沈黙』や『私の消滅』とセットで、ぜひ。

 

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 朝から雨が降り続いています。

 

 今夜は走れそうにないなぁ。 

 

 

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