田舎教師ときどき都会教師

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ひろゆき 著『1%の努力』より。1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる。

 子どもが多くて、みんなが貧乏でヒマだった。
 その地域全体で子育てをする感覚があった。よその家の子どもをみんなが知っているので、友達の家でごはんを食べたり、泊まり合ったりした。
 いまでいうシェアハウスの原型のような「支え合い」がすでにあった。
 貧乏だった団地の光景は、一周まわっていい環境だったんじゃないかと最近思うようになってしまった。
 ただ、「昔に戻ればいい」と言いたいわけではない。
「共同体」のような生態系の中で、競争せずにダラダラ過ごせる支え合いが大事なのではないかと思うのだ。
(ひろゆき『1%の努力』ダイヤモンド社、2020)

 

 おはようございます。私は1976年生まれの「就職氷河期世代」です。この世代の特徴は「自分の頭で考えることができる」というところにあるそうです。同じ1976年生まれのひろゆきさんがそう書いていました。就職戦線異状なしだったバブル世代と違って、就職戦線異状ありだった私たち76世代は、自分の頭で考えることを余儀なくされたというわけです。現在のコロナ禍もそうですが、異状や異常があれば、考えますよね、普通。普段は肉屋を応援している豚だって、何頭かは「あれ?」と思うに違いありません。

 

 わざわいは発明の母。

 

1%の努力

1%の努力

  • 作者:ひろゆき
  • 発売日: 2020/03/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる。

 

 ひろゆきさんの新刊『1%の努力』を読みました。もうひとつの新刊『なまけもの時間術』をこのブログで取り上げたところ、コメントを付けてリツイートしていただくという「嬉しい反応」があったからです。返報性の原理で、すぐに「別の本も買わなくちゃいけない」という意識が芽生えました。

 

 

 うはは。いい人です。

 

 新刊『1%の努力』は、「前提条件」「優先順位」「ニーズと価値」「ポジション」「努力」「パターン化」、そして「余生」の7つのエピソードで構成されている、ひろゆきさんの自伝ともいえる一冊です。

 教員という職業柄、前提条件の話がいちばん印象に残りました。ひろゆきさんの子ども時代のエピソードがたくさん出てくるからです。また、パターン化の話に出てくる次の質問も印象深いものでした。授業でも取り上げてみたい「問い」です。

 

 あなたは道を歩いていて、どうしてもトイレに行きたくなった。
 通りかかったのは、コンビニだ。
 コンビニでトイレを借りた後、「何か買わなくちゃいけない」という気持ちが湧き上がるだろうか。

 

 みなさんはどうでしょうか。程度問題ですが、湧き上がるんですよね、私は。だからわざわざ非常事態の最中に家を出て『1%の努力』を買いに行き、誰に頼まれたわけでもないのに今こうしてブログを書いているのだと思います。試食したら買う、みたいな。質問の答えを例にすれば、トイレを借りると同時にオートマティックに「何か買わなくちゃいけない」という意識が芽生えてしまうということです。

 

 しかし、僕のように、貧乏な団地を見て育ったら、その意識は欠如する。

 

 ひろゆきさんは「湧き上がらない」派を自認しています。そしてその理由を「貧乏な団地を見て育ったこと」に求めています。貧乏な団地を見て育ったから、コンビニでダラダラとバイトしている学生フリーターが「何か買ってほしい」なんて思っていないことをリアルに想像できるし、迷惑をかけたりかけられたりするのは貧乏な団地の「前提」故、返報性の原理からも自由でいられるというわけです。

 

 幸いなことに桐ヶ丘団地には、生活保護の大人がすごく多かった。

 

 桐ヶ丘団地というのはひろゆきさんが育った東京都北区赤羽にある団地のことです。

 幸いなことにっていうところがポイントです。普通、そうは書かないですよね。なぜそのように書くのか。それは、生活保護を受けている大人たちが思いのほか愉快に暮らしていたからです。そして冒頭の引用にあるように、みんなが貧乏でヒマだったことが、桐ヶ丘団地に支え合いをもたらしていたことに、ひろゆきさんが「一周まわって」気がついたからです。例え自分が生活保護を受けるようになっても、幸せに暮らしていくことができる。そのリアルな実感が、働かないアリを自称するひろゆきさんの幸福感や肯定感を下支えしています。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 返報性の原理から自由でいられるかどうかは前提条件(環境、主に育ち)に左右される。幸福感でさえも前提条件に左右される。だから「パターン化」を用いて自己分析しておくと、自分の「前提条件」がわかり、ひろゆきさん曰く《自分に甘い人生》を設計することができるようになる。先の質問はそのための布石です。

 

 前提条件について、もうひとつ。

 

 前提条件といえば、ひろゆきさんも勧めているジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』が思い浮かびます。世の中の多くのことが前提条件、すなわち環境で決まってしまっているということを壮大なスケールで立証した労作です。

 この本を読んだひろゆきさんは、次のように結論づけます。

 

 人類の努力は、ほぼ無意味だ。

 

 

www.countryteacher.tokyo

 

 人類の努力は、ほぼ無意味だ。

 

 残念、白旗です。しかし、だからこそひろゆきさんは、サボる力をつけて《片手はつねに空けておけ》といいます。親の資産や生まれた国などの「前提条件」でほとんどのことが決まってしまう世の中だからこそ、その前提条件すらも見えなくなってしまうような「99%の努力」はやめて、「1%の努力」と「空いた片手」でチャンスを掴めというわけです。目の前のことでいっぱいいっぱいの働きアリでは、数少ないチャンスを掴むことはできません。ひらめきも生まれません。ひろゆきさんが《1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる》というのはそういうことです。

 

 肉屋を応援する豚。

 

 この言葉、ひろゆきさんのマイブームだそうです。聞き分けのよい働きアリのポジションを取り続けていると《いつか自分が殺されてしまう状況の豚が、肉屋の営業を心配してしまい、最後には屠畜される話》と同じような未来を迎えることになるでしょうという、まぁ、警告ですね。現在のコロナ禍を例にすれば、肉屋に相当するのが日本政府で、豚が聞き分けのよい私たちでしょうか。99%の努力で働き続ける教員にも、似たところがあるような気がします。

 

 1%の努力で。

 

 新しい世界を。