田舎教師ときどき都会教師

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岩田健太郎 著『新型コロナウイルスの真実』より。感染症と向き合うために、考え続けるという心構えを。

 職場もだいたい、人員的にギリギリな状態ですよね。本来は、いざというときのために余裕を持たせておくべきなんですよ。11人だけのサッカーチームなんてないでしょう? 誰かが怪我したり病気になったときのために、常にサブのメンバーを用意して、30人ぐらいのチームをつくっておくわけですよね。
(岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』ベスト新書、2020)

 

 こんにちは。2ヶ月前の今ごろ、Twitter で「新型コロナウイルス以前に、旧型社畜ウイルスの猛威が凄すぎる」というツイート(まことぴ@makotopic)を見かけました。発熱後も出勤とか、発熱後も出張とか、そういったニュースを受けてのツイートです。うまい表現だなぁと思ったので、私もそれに絡めて「休めメロス」というツイートをしました。

 

  

 あれから約2ヶ月。新型コロナウイルスが存在感を増していく一方で、旧型社畜ウイルスはその存在感を失いつつあります。行き帰りの電車の混み具合もだいぶ緩和されてきました。メロスも遂に休み始めたというわけです。走ると疲れるから休んだほうがいい。当然です。合理的です。矢の如くストレートです。新型コロナウイルスで日本社会が変わるかもしれない。そんな期待すら抱かされます。

 

新型コロナウイルスの真実 (ベスト新書)

新型コロナウイルスの真実 (ベスト新書)

 

  

 感染症医・岩田健太郎さんの新刊『新型コロナウイルスの真実』を読みました。新型コロナウイルスだけでなく、医療現場や学校現場を含め、日本社会の真実にも切り込んでいる一冊です。突貫工事で書かれたものとは思えないクオリティに、次に読もうと思っている『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』への期待も高まります。

『新型コロナウイルスの真実』は、《新型コロナウイルスから自分を守るために一番大事なものは、情報です》で始まる「はじめに」を皮切りに、以下の5つの章から構成されています。学校現場を思い起こさせるという意味で、特に第3章と第4章が印象に残りました。

 

 第1章 「コロナウイルス」って何ですか?
 第2章 あなたができる感染症対策のイロハ
 第3章 ダイヤモンド・プリンセスで起こっていたこと
 第4章 新型コロナウイルスで日本社会は変わるか
 第5章 どんな感染症にも向き合える心構えとは

 

 第1章と第2章には、孫氏の兵法書で言うところの「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」の「敵を知り」にあたる情報が書かれています。この本の第1章と第2章をよく読んで、コロナウイルスの説明とともに、あなたができる感染症対策のイロハをノートの見開き2ページにわかりやすくまとめましょう。小学校6年生や中高生の臨時休校中の課題としてもよいかもしれません。

 

 手指消毒をする。
 正しく判断する。

 

 子どもたちがまとめてきたノートにそれらのことが書かれていなければ再提出です。本を読み、新型コロナウイルスという敵を知ると、手指消毒の大切さがこれまで以上によくわかります。また、症状を根拠に「正しく判断」するということの大切さもわかります。「正しく診断」するの間違いでは(?)と思った子は、手指消毒を忘れた子と同様に、もれなく再提出です。正しく診断することはできないんです。もう一度よく読みましょう。

 

 なぜダイヤモンド・プリンセス号に乗船し、そして追い出されたのか。

 

 第3章にはダイヤモンド・プリンセス号の船内で岩田健太郎さんに起こったことの顛末が描かれています。簡潔に言えば、乗船した理由は感染症医としての高い倫理観から、そして追い出された理由は「一生懸命に水を差したから」となります。

 高い倫理観というのは『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』に《倫理的である、とは倫理的に行動している、ということ》と書かれているように、リスク・コミュニケーターの振る舞いのベースにあるものです。そして「一生懸命に水を差したから」というのは、第4章で展開される、旧型社畜ウイルスに感染した日本社会の「余裕を許さない」という病理、すなわち全体主義から生じたものです。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 旧型社畜ウイルスが引き起こしている、日本社会の全体主義とは何か。全体主義と聞くたびに、その病理をつくり出している原因の一端は学校教育にあるのではないかと考えてしまいます。

 

  ダイヤモンド・プリンセスでぼくに起こったことは、典型的な全体主義でした。違う意見を認めないで、排除する。しかも追い出した人は、「みんな頑張ってるのに和を乱す奴がおかしい。自分たちは正しいことをやったんだ」と思ってるわけです。それが一番危うい。

 

 みんな頑張ってるのに和を乱す奴がおかしい。これ、学校現場でよく見られる考え方です。よく見られるということは、そういうふうに考えてしまう構造、或いは「形」があるということです。

 

 どういうことか。

 

 学校の授業は、みんな揃って同じことを同じペース、同じ方法で勉強するという「形」をスタンダードとしています。少しずつ変わってきているとはいえ、公教育制度が始まった約150年前からずっとそうです。保護者も管理職も、子どもたちが姿勢正しく同じように学習している「形」を昔ながらのものとして望みます。学習内容の定着という「結果」にはあまり関心をもちません。みんなと一緒にちゃんとやっているように見えればそれで安心というわけです。だから担任は、みんな頑張っているのに和を乱す子どもがいると「形」が崩れるのでイラッとしてしまいます。岩田くん、疲れたら休むというのは正論だけど、みんな頑張ってるから君も姿勢を正しなさい、みたいな。
 正論ではなく単なる「わがまま」な子がいるために「みんな頑張ってるのに和を乱す奴がおかしい」という考え方が出てきてしまうというリアルがあることも事実ですが、いずれにせよ、

 

「結果」よりも「形」が大事。

 

 文部科学省や教育委員会でさえも、例えば授業時数という「形」は気にするけれど、学習内容の定着という「結果」はあまり気にしていないように思えます。医療従事者はよく知っているという《厚労省が何かを監査するときには、「形」をみます》というのと同じです。「結果」を気にしないから「形」は変わらず、すなわち授業スタイルは変わらず、理解の遅い子はそのまま放置され続けることになります。

 

 ぼくも実は落ちこぼれで、子供のときに「特殊学級に行きませんか」と言われたこともあります。それはなぜかというと、理解が遅かったからです。

 

 理解の速い子も遅い子も。
 子育て中でも介護中でも。

 

 誰もがベストを尽くして学んだり働いたりすることができるようにならない限り、新型コロナウイルスの感染拡大は防げません。みんな頑張ってるのに和を乱す奴がおかしいという考え方が主流であり続ける限り、熱があっても、咳が止まらなくても、仕事を休むことすらできないからです。11人だけでサッカーをやっている教員集団なんて、最たるものです。

 

 だから今回の新型コロナウイルスは、ギリギリまで頑張る倫理観が蔓延している日本の社会に非常にフィットした、拡がりやすいウイルス感染だと思います。

 

  新型コロナウイルスの感染拡大によって、40人一斉授業も、教員の定額働かせ放題もストップした状態です。どちらもその根底にはギリギリまで頑張る倫理観が横たわっています。ギリギリまで頑張る倫理観を変えていくためにはどうすればいいのか。『新型コロナウイルスの真実』の第5章には、感染症と向き合うための心構えとして「考え続けること」が説かれています。

 

 考え続けること。

 

 今日も、明日も。

 

 

新型コロナウイルスの真実 (ベスト新書)

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