田舎教師ときどき都会教師

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中村文則 著『R帝国』より。「幸福とは閉鎖である」 VS. 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

 「あなたが今殺した人はとてもいい人だったのあなたのように虐げられている人達の味方で世界を不平等から変えようとしていた人なの。あなたは何をしてるのあなたは何をしてるのあなたの神がこんなことを命令すると思うの? 導師か誰かが命令したのでしょうでもそれは神の声じゃない何でそんなこともわからないの何でそんな簡単に洗脳されているの! 世界は愚かで残酷だけど世界で最も愚かなのはあなたのような人間よあなた達のテロの背後でお金が動いていることに何で気づかないの。テロで世界が変わったことがある? ねえ! あなたがこんなことをしたことであなたの仲間のヨマ教徒達が世界で迫害されてさらに死んだりすることが何でわからないの」
 だが銃を撃ったGY人の目は虚ろだった。
(中村文則『R帝国』中央文庫、2020)

 

 こんにちは。朝から雨が降っています。例年、梅雨の時期はあまり好きになれませんでしたが、マスクをつけながらの授業を考えると「太陽燦々よりはよほどいい」というのが臨時休校明けの日々を経験してみての感想です。Welcome  梅雨。でも、出勤のときの雨はやめてね。帰りも。

 マスクを着用した状態での6時間授業は、あなたは何をしてるのあなたは何をしてるのって2回繰り返してしまうくらいにメンタルをやられます。冷房を「18℃、急」にしても、窓を全開にしているために涼しくなりません。呼吸のしづらさは目が虚ろになるほどのレベルです。誰か、

 

 誰か僕達を助けてくれ。

 

 
R帝国 (中公文庫)

R帝国 (中公文庫)

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 文庫化されたばかりの『R帝国』(中村文則)を読みました。中村文学 meets『1984』(ジョージ・オーウェル)&『五分後の世界』(村上龍)&『なぜ世界の半分が餓えるのか』(スーザン・ジョージ)といった感じの小説で、傑作だと思います。粗筋をざっくりいえば、

 

 ディストピア小説の金字塔『1984』の中村版。

 

 巻末の文庫解説に《現実が物語の中で「小説」で表現されるという、ある意味わかりやすい手法を取ったのは、逆の発想として、今僕達が住むこの世界の続きが、この小説の行先の明暗を決める構図にしたかったからだった》とあるように、社会に警鐘を鳴らす近未来小説です。

 例えば、冒頭に引用した文章を読めば、昨年、アフガニスタンで武装勢力に襲撃されて命を落とした、医師の中村哲さんのことが思い浮かぶのではないでしょうか。『R帝国』の初版は3年前だから、まさに近未来を描いたディストピア小説です。現実は小説と同様に、奇なり。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 印象的なフレーズが出てきます。例えば作中、太字で書かれている《幸福とは閉鎖である》という言葉。これはタイトルのR帝国のカウンターである「L」という組織に属する人物が遺した言葉です。

 

幸福とは閉鎖である。

 

 学校でいうと、隣のクラスは崩壊しているけれど、わたしのクラスは平和だからOKみたいな話です。カリスマ教師(?)の堀裕嗣さんが指摘しているように、担任の力量は絶対的なものではなく、相対的なものとして出てきてしまう傾向があります。だからカリスマ教師の隣のクラスは荒れるということが実際によくあります。

 有名なところでいうと、金森学級の金森俊朗さん。著書『「子どものために」は正しいのか』に登場する隣のクラスは崩壊しています。それから、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演した菊池省三さん。こちらも著書『学級崩壊立て直し請負人』に登場する隣のクラスは崩壊しています。

 カリスマ教師が時間度外視で働くことによって、隣のクラスの普通の担任が苦しむことになっているのではないか。幸福とは閉鎖である。だからこそ学級の外に出て、宮沢賢治いうところの《世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない》を実践するのが、本当のカリスマ教師なのではないか。

 金森さんも菊池さんも力のある教師だし、著書を通じて勉強させてもらいましたが、隣のクラスにいてほしいとは思いません。悪役サイドのR帝国の高官も《人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸せなのだ》と言っているくらいだから、《幸福とは閉鎖である》問題は実に根が深いといえます。

 

幸福に生きることと、正しく生きることは違う。

 

 この言葉も印象に残りました。社会学者の宮台真司さんが、社会の劣化の原因のひとつとして、正しさよりも損得に反応する輩が増えたということを挙げていますが、中村文則さんの描く近未来の帝国にも、そういった輩がたくさん出てきます。正しさよりも損得を優先し、得=幸福だと考える人間が増えれば増えるほど、社会はディストピアに近づいていく。損得よりも、正しさに反応する子どもを育てること。大切、でも難しい。ちなみに定時退勤も「正しさ」です。わかる人には、わかる。

 

「・・・・・・表情はそのまま。私は ”L” です」

 

 損得よりも、正しさを選んで生きている登場人物の台詞です。ネタバレになるので説明しませんが、この台詞、この場面、痺れたなぁ。繰り返し(Repeat)になりますが、中村文則さんの18冊目にあたる『R帝国』は、ジョージ・オーウェルの『1984』に負けず劣らずの傑作です。

 

 幸福とは閉鎖である。

 

 ぜひ一読を。

 

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

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五分後の世界 (幻冬舎文庫)

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  • 作者:龍, 村上
  • 発売日: 1997/04/01
  • メディア: 文庫
 
「子どものために」は正しいのか (学研新書)

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