田舎教師ときどき都会教師

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中村文則 著『自由対談』より。総勢33名、36の対談と座談会が収められた、デビュー20周年を記念しての対談集!

高橋 ぼくたちが公に求めるのは応答ですよね。まず返事をしてほしい。拒否でも否定でもいい。人びとからの声に一切応答しない、それは、社会や政治の最悪の形態だと思います。
中村  「桜を見る会」の問題でも、あれだけうそをつかれると、周りにいる人は変な気持ちになるかもしれない。ここにコーヒーカップがある。それを見ているけど、「ない」と言う。あるけど、ない。
高橋  『一九八四年』の語法ですね。「二足す二は五である」と言うまで拷問しつづける。不寛容の一番怖いのは、差別をする、虐待するということよりも、言葉が通じないのが当たり前になって、そのことに痛みを感じなくなることです。
(中村文則『自由対談』河出書房新社、2022)

 

 こんばんは。お盆が終わり、2学期の足音が聞こえてきました。やるべき仕事がたくさんある。頭ではわかっているけど、「ない」と言う。あるけど、ない。気持ちとしては、そんな感じです。

 1学期の終業式の夜に発熱して、7月下旬は自宅療養の憂き目にあいましたが、8月1日からお盆までの約2週間は、かつての教え子や友人たちとの再会を楽しむことができてしあわせでした。上手く言えませんが、

 

 平和って素晴らしいと思った。

 

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 一番怖いのは、2学期の足音がはっきりと聞こえたときに、終わらない宿題を前に慌てふためく小学生と同じ状況に陥いることです。それだけは避けたい。それなのに、先日、本屋さんに足を運んだら中村文則さんの分厚い対談集と目が合ってしまったんですよね。ファンとしては、

 

 応答せざるを得ません。

 

自由対談

自由対談

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 中村文則さんの新刊『自由対談』を読みました。総勢33名、36の対談と座談会が収められた、デビュー20周年を記念しての対談集です。中村さん曰く《自分で言うのも妙ですが、何と稀有な対談集だろう、と感じています》云々。どれくらい稀有なのかといえば、それは以下の対談相手を見ればわかります。

 

 映画・音楽
  桃井かおり(俳優)
  玉木宏(俳優)
  綾野剛(俳優)①
  綾野剛(俳優)②
  岩田剛典(パフォーマー・俳優)
  吉沢亮(俳優)
  村上虹郎(俳優)
  奥山和由(映画プロデューサー)
  武正晴(映画監督)
  あいみょん(シンガーソングライター)
  鈴木敏夫(映画プロデューサー)
  川上量生(実業家)
  米倉智美(愛読家)

 文学Ⅰ
  高橋源一郎(作家)①
  伊坂幸太郎(作家)
  西加奈子(作家)①
  山崎ナオコーラ(作家)
  又吉直樹(芸人・作家)
  西加奈子(作家)②
  伊藤氏貴(文芸評論家)
  川上拓一(弁護士・早稲田大学名誉教授
  ピエール・ルメートル(作家)
  高山一実(作家・タレント)

 社会問題・テクノロジー
  姜尚中(政治学者)
  津田大介(ジャーナリスト)
  松尾豊(東京大学教授)
  白井聡(政治学者)
  森達也(作家・映画監督)①
  森達也(作家・映画監督)②
  高橋源一郎(作家)②

 文学Ⅱ
  藤沢周(作家)
  田中慎弥(作家)
  久世番子(漫画家)
  松倉香子(イラストレーター)
  亀山郁夫(ロシア文学者・翻訳家・作家)①
  亀山郁夫(ロシア文学者・翻訳家・作家)②
  亀山郁夫(ロシア文学者・翻訳家・作家)③
  亀山郁夫(ロシア文学者・翻訳家・作家)④
  亀山郁夫(ロシア文学者・翻訳家・作家)⑤
  古井由吉(作家)
  大江健三郎(作家)

 

 稀有です。どこから読み始めていいのかわからないくらい稀有です。そしてどの対談 or 座談会を紹介していいのかわからないくらい稀有です。欲をいえば、作家の平野啓一郎さん(中村さんの友達?)との対談も読みたかったところですが、それは未来の楽しみにとっておくことにしましょう。ちなみに冒頭の引用は高橋源一郎さんとの対談「不寛容の時代を生きる」(2020年)から引っ張ってきたもので、内容からわかるように「社会問題・テクノロジー」のカテゴリーに分類されています。中村さんと高橋さんの対談からにじみ出ている感情はといえば、

 

 憂国。

 

 中村さんは日本の状況を本当に憂いていて、三島由紀夫に負けないくらい憂いていて、同じカテゴリーに分類されている津田大介さんとの対談「あらゆる対立を超えて」(2018年)では、2004年のイラク日本人人質事件のときに「ちょっと日本はおかしいな」と思い、さらに2012年に民主党政権が終わったときに「ああ、安倍さんが復活するんだ」という気味の悪い印象を受けたと述べ、もはや「作家が社会問題について発言してみました」なんて悠長なことを言っている場合ではなくなってきたと話しています。自民党と旧統一教会の問題が連日のように報道される今にして思えば、10年前のその《気味の悪い印象》は、

 

 大正解。

 

 続けて中村さんは、津田さんに次のように言います。

 

 そのときに思い起こしたのは、第二次世界大戦のことです。当時の日本には素晴らしい作家たちがいたのに、なぜ第二次世界大戦であんなことになってしまったのか。作家の力がどの程度かという議論は措くとして、こんなに素晴らしい人たちがこんなに素晴らしい作品を書いていたのに、その数年後に日本はあそこまで戦争に突入し、敗戦する。そんな段階にまで至ってしまったときには作家は何も出来なくなってしまうので、そういう兆候が現れたときに抵抗していかないと駄目だなと思ったんです。

 

 おそらくはそういう兆候を察して先の参議院選挙に立候補したのが、作家の猪瀬直樹さんです。その猪瀬さんの分類でいえば、中村さんは森鴎外の系譜に連なる作家といえるでしょうか。猪瀬さんは、日本文学の系譜を森鴎外と夏目漱石の2つに分け、家長たる森鴎外の系譜が途切れてしまったことと、夏目漱石の系譜から出てきた放蕩息子たる太宰治、つまり「私小説」が主流になってしまったことが《小説は官僚機構や国家には何の影響力も持たないものになってしまった》原因、言い換えると第二次世界大戦のときに作家が何もできなかった原因だと論じています。まぁ、でも中村さんは高校生のときに読んだ太宰治の『人間失格』を絶賛しているので、二刀流なのでしょう。

 

 家長 + 放蕩息子 ≒ 中村文則

 

 とはいえ、日本のヤバい状況が小説だけで改善するとは思えないので、中村さんにはここは別の意味での二刀流、すなわち猪瀬さん的な二刀流で、作家と政治家のそれにチャレンジしてもらいたい。平野啓一郎さんや伊坂幸太郎さんと共に「憂国党」でも立ち上げて日本を理想の国にしてもらいたい。「文学Ⅰ」に出てくる伊坂さんとの対談「融合するミステリーと純文学」(2016年)でも、中村さんは「世直し」に意欲を見せていますから。

 

中村 だとしたら、なおさら作風は変わらないですよね。そもそも、作風って変えられないと思うんですよ。そうなってくると大事なことは、作風を変えないまま、どうやったら読者層を広げていけるか。
伊坂 それが一番大事ですよね。
中村  「純文学は売れなくていいんだ」という業界の風潮は、僕は嫌なんですよ。それは言い換えると、純文学は世の中に影響を与えなくていいということと同義になってしまう危険がある。

 

 私の推しである中村さんと平野さんと伊坂さんの3人に、森鴎外や猪瀬さんのように作家の想像力と感受性を武器に国会で闘ってほしい。さらにいえば「ナナハチ世代」という座談会(2020年)で《小説を書いてても、それこそ加奈子ちゃんとか中村君がすごい頑張っていい仕事をしているし、それが自分にとってもすごい勇気になっている。同じぐらいの歳の人が頑張れてる社会に生きてるんだから、自分もやれる、生きてけるみたいな自信が湧いてくる》と語っている山崎ナオコーラさんや、「加奈子ちゃん」こと西加奈子さんも巻き込んでほしい。

 

 同世代のファンの勝手な自由思考です。

 

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 中村さん曰く《桃井かおりさんから始まり、大江健三郎さんで終わる対談集》ということで、最後にそれぞれの対談より。まずは「映画・音楽」のトップバッターの桃井さん。桃井さんは、映画『火』(もちろん中村さん原作、河出文庫版の『銃』に併録)で監督と主演を務めています。

 

私の中で『火』を読んだときのあの衝撃。まだ体に残ってる。文学界でこんな画期的なことをやる勇気がよくあったなと。恐れていない人なんだなと感じました。

 

 対談「綺麗な悪の話」(2016年)より。悪を語らせたら中村さんの右に出る作家はいないと思うんですよね。だからこそ悪の巣窟みたいに見える政治の世界に入って画期的なことをやってほしいなとしつこいですがそう夢想します。

 続いて「文学Ⅱ」のアンカー、大江さん。以下は、中村さんの『掏摸』が第4回大江健三郎賞を受賞したときの受賞記念として行われた公開対談「スリの『物語(レシ)』のなかの現代」(2010年)より。

 

 ドストエフスキーが最後に考えたのは、子どもが一番重要である、ということです。小さい者、子どもが苦しんでいることを無視する国家、社会、家族という現実がある。それはつくり変えなければならない。それが唯一、人間がやるべきことだというのが『未成年』、『カラマーゾフの兄弟』の、究極の思想であることは変わりません。 

 

 また『掏摸』を読みたくなりました。中村さんの『掏摸』には「子ども」というテーマが含まれているんですよね。主人公の青年が少年に掏摸の仕方を教える。掏摸は犯罪とはいえ、青年と少年の間にはいい教育関係が生まれます。大江さんはそのことに注目して、ドストエフスキーと中村さんを結び付けるんです。この子どもの存在が中村さんの新しいテーマになるだろうって。

 

 中村文則文部科学大臣。

 

 いい響きだなぁ。

 

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 最後が子どもの話で終わるというのも『自由対談』の魅力です。子どもは未来ですから。あとがきに《作家の20年は、嫌なことや辛いことが多く、しんどかった印象ばかりでした》とあって、中村さんらしいなぁと思いつつも、ちょっとだけ2学期の足音に応答しようという気がしてきました。しんどいだけだったら書き続けることはないはずですから。中村さんの締めの言葉はこの『自由対談』でも健在です。

 

 共に生きていきましょう。

 

 はい!

 

 

掏摸 (河出文庫)

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