田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

メイソン・カリー 著『天才たちの日課』より。天才=クリエイティブ。クリエイティブ=子供。天才=子供。

「私は毎日書かなければならない。それは成果をあげるためではなく、習慣を失わないためだ」。これはロシアの文豪トルストイが1860年代の半ばに書いた数少ない日記のなかの一文で、『戦争と平和』の執筆に没頭していたころのものだ。トルストイはその日記で自分の生活習慣について書いてはいないが、長男のセルゲイがのちにトルストイの毎日の生活のパターンを記録している。
(メイソン・カリー『天才たちの日課』金原瑞人/石田文子 訳、フィルム・アート社、2014)

 

 おはようございます。仕事が定時に終わったときには、帰路に一杯のコーヒーを飲むことを日課としています。仕事もプライベートも、すべては一杯のコーヒーから。しかし、昨日はその日課が崩れてしまいました。行きつけの喫茶店が閉まっていたからです。店内真っ暗。凹みます。テラス席もあるのに。三密にはならないのに。しばらくずっと臨時休業。凡人たちの日課はこうやって崩れていくのだろうなぁと、新型コロナウイルスへのやりきれない思いを新たにしつつ、そう感じました。仕方がないので本屋に立ち寄ったところ、平積みされている中村文則さんの新刊『逃亡者』の隣になんと大量のマスクが。不織布マスク5枚入り748円。『逃亡者』と一緒にすぐに購入しました。日課を崩すのもたまにはよいのかもしれません。凡人はついそう思ってしまいます。

 

天才たちの日課

天才たちの日課

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 メイソン・カリーの『天才たちの日課』を再読しました。日課を守るために、天才たちがどのように生活を組み立てているのかを改めて知りたいと思ったからです。臨時休校が5月以降も続くとしたら、教員の役割は「子供たちの日課」、すなわち日常的な学習習慣のサポートに特化していくに違いありません。

 

 天才=クリエイティブ
 子供=クリエイティブ

 

 三段論法でいえば、子供は天才ということになります。古今東西の天才たちの日課を綴った『天才たちの日課』は、子供たちが生来もっている天性の才能を失わないための手引き書にもなり得るというわけです。作家や画家、数学者や映画監督など、著者であるメイソン・カリーが161人の天才たちの日課を紐解いていった結論はといえば、こうです。クリエイティブな人々が必ずしもクリエイティブな日々を送っているわけではない。すなわちルーティーンを大切にしている。さて、どんなルーティーンでしょうか。161人の中から3人の天才を取り上げて紹介したいと思います。


 すべての文を完璧に。
 すべての形容詞を的確に。

 

 先ずは作家のトーマス・マンです。トーマス・マンといえば、古典『魔の山』に出てくる「時間感覚についての補説」が有名ですね。日課についての感覚と言い換えてもいいかもしれません。すべての文が完璧で、すべての形容詞が的確な補説です。

 

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 ドイツが生んだ天才小説家はいつも午前8時前に起きます。そして《妻とともにコーヒーを飲み、風呂に入って着替えをすませ、朝食はまた妻といっしょに8時半にとる。そのあと9時に書斎に入ってドアを閉めると、来客があっても電話があっても、家族が呼んでもいっさい応じない。子どもたちは9時から正午まではぜったいに物音を立てないように厳しくしつけらた》とのこと。その時間がトーマス・マンのおもな執筆時間だったようです。自分自身に大きなプレッシャーをかけ、「歯を食いしばって一歩ずつ、ゆっくり進む」よう努め、9時から正午までに仕事をすませる。午後は煙草や葉巻を楽しんだり、新聞や雑誌を読んだりしてリラックスしていたとのこと。午前と午後でバランスをとるということですね。子育てに応用するとすれば、吉本隆明さんも言っているように、午前は子供の時間を分断しないようにする。午後は子供に任せる。そんなところでしょうか。

 

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 忘れるな。規則正しい生活習慣がついて初めて、人は真に興味深い活動分野に進むことができ、その結果、意図的な選択をひとつひとつ、まるで守銭奴のように蓄積していける――ひとつの輪が抜けると、無数の輪がはずれてしまうことを、決して忘れるな。

 

 2人目は心理学者のウィリアム・ジェイムズです。ジョン・デューイやチャールズ・サンダース・パースと並ぶプラグマティストの代表として知られています。教員免許を持っている人は、一度はこの名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

 忘れるな、で始まるこの引用は、ウィリアム・ジェイムズが28歳だったときに、自身への警告として日記に書き留めたものです。教育において重要なことは《我々の神経系を敵ではなく味方にすること》。規則正しい「生活」習慣がつけば、すなわち無意識でできることが増えれば、その分、頭脳に余裕ができて、よりレベルの高い仕事ができるというわけです。スティーブ・ジョブズが黒のタートルネックにジーンズ、足下はスニーカーというスタイルを毎日続けたという話と同じです。換言すれば、子どもたちが「真に興味深い活動分野」にのめり込むことができるように、気を散らすようなものをすべて取り除くこと。親の役目ですが、そのように保護者に働きかけていきたいものです。

 

 最後はトワイラ・サープ。

 

 著書『クリエイティブな習慣』で知られる、振付家のトワイラ・サープです。本のタイトルからして習慣を大切にしていることがわかります。曰く《繰り返しがすべてだ》云々。トワイラ・サープは次のような毎日を繰り返します。

 

 朝起きてトレーニングをして、さっとシャワーを浴びて、固ゆで卵の白身三個分とコーヒー一杯の朝食をとり、~中略~、午後遅くに家へ戻って、こまごました仕事を片づけて、早めに夕食をとって、ニ、三時間静かに読書をする。

 

 しかし、このスケジュールでは社交的な生活ができない。きわめて非社交的な生活にしかならない。そのことをトワイラ・サープは認めています。161人の中の天才のひとりとして取り上げられている唯一の日本人、作家の村上春樹さんも同じことを語っています。村上春樹さん自らが作りあげた習慣の唯一の欠点は《人づきあいが悪くなること》とのこと。

 緊急事態宣言が出されたことによって、子どもたちは非社交的な生活を強いられています。ピンチはチャンス。友達づきあいが必然的に悪くなっているこの状況は、子どもたちに「繰り返しがすべて」や「継続は力なり」ということを実感させるチャンスなのではないでしょうか。

 

 今日は時差出勤です。

 

 日課、崩れっぱなし。

 

 行ってきます。

 

 

 

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