田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

吉本隆明 著『ひきこもれ』より。休めメロス。

 たとえば太宰治は、小説の登場人物に、学校なんてものは、カンニングしても何でもいいからとりあえず出ておけばいいんだと言わせている。また、武田泰淳は、大学を中退した奴じゃないと信用しないと書いています。
 勝手な言い草のようですが、それなりの確信をもって言っているのです。こういう人たちのほうが、よほど正直でまっとうです。自分の子どもは真面目で立派だなんて思い込む親より、ずっといいという気がします。

(吉本隆明『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』だいわ文庫、2006)

 

 こんばんは。一昨日、幡野広志さんの「ことばと写真展」に行った後に、オクシブ(奥渋谷)に足を運んで「SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS」を覗いてきました。知る人ぞ知る、本屋と出版が一体化した手づくり感あふれる書店です。ミニシアターなんかもそうですが、こだわりの感じられる空間っていいですよね。かかわってる人たちの「好き」がダイレクトに伝わってきて、こんなふうに生きているのって楽しいだろうなって、そこにいるだけで強く感じることができます。好きを積み重ねながら生きている大人が近くにいるということ。家庭でも学校でも、子どもの教育環境としてこれ以上のものはありません。

 

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こだわりのある教室、黒板側(2018.6.1)

 

 こだわりある本屋の「おいおい、それを平積み(或いは面陳)するのか?」というセレクト感も大好きです。平積みされていた吉本隆明さんの『ひきこもれ』と、面陳されていた深沢七郎さんの『生きているのはひまつぶし』の二冊を買って「SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS」を後にしました。

 新型コロナウイルスにかからないためには「家に『ひきこもる』のがいちばん」です。そんなわけで、今日は吉本隆明さんの『ひきこもれ』より。

 

 

 吉本隆明さんはひきこもり体質だったらしく、ひきこもることを否定的にはとらえていません。むしろ「若者たちよ、ひきこもれ」と焚きつけています。ひきこもることによって、こだわりという「よさ」が出てくるからです。一方で、肯定的にとらえられることの多いコミュニケーション能力については、これを「過大視するな」と戒めています。要はバランスだと。

 

 ひとりの時間をもつことで得られるものは「価値」。
 コミュニケーションの中で得られるものは「意味」。

 

 このラベリング、目から鱗です。ひきこもりは「価値」を生み出し、つながりは「意味」を生み出す。バックパックを背負ってアジアをほっつき歩いていたときに、旅先で出会うひとり旅の日本人(小林紀晴さんいうところの Asian Japanese)がかなりの確率で「おもしろかった」のは、彼ら彼女らが「そとこもり」という状態で「価値」を増殖させていたからだろうなぁと、そう振り返ることができました。ひとりの時間をもち、考えること、感じることを人より余計にやっていた旅人たち。おもしろくないわけが(価値がないわけが)ありません。

 

 ぼくには子どもが二人いますが、子育ての時に気をつけていたのは、ほとんどひとつだけと言っていい。それは「子どもの時間を分断しないようにする」ということです。

 

 子ども二人というのは、漫画家のハルノ宵子さん(長女)と、作家の吉本ばななさん(次女)です。吉本隆明さんは、男の子よりも女の子のほうが「時間を分断されやすい」、つまり「まとまった時間をもちにくい」と考えていて、だから余計に「子どもの時間を分断しないように」していたそうです。女の子のほうが、というのは、親にとっては女の子のほうが用事を言いつけやすい、という理由です。教え子(♂️と♀️)のことを考えると、確かにそうかもしれない、と思います。

 

自分の時間をこま切れにされていたら、人は何ものにもなることができません。

 

 パパが「子どもの時間を分断しないように」気をつけた結果が、ハルノ宵子さんの『虹の王国』と、よしもとばななさんの『キッチン』です。そう考えると、吉本隆明さんの『ひきこもれ』は説得力抜群です。わたしにも子どもが二人いるので、あやかりたい。がんばれ、我が家の(ときどき)ひきこもり女子たち。

 

 

 昨日の仕事帰りのツイートです。社会全体が「ひきこもること」や「休むこと」をもっと肯定的にとらえていれば、発熱しているのに出勤 or 出張して「新型コロナウイルスをまき散らしちゃった」というような事態も起こらなかっただろうに。旧型社畜ウイルス、おそるべし。

 

 走れメロス。

 

 太宰治は『走れメロス』を書くことで「休むこと」の大切さを伝えたかったのかもしれません。冒頭の引用を読むと、そう思います。手塚治虫がロボット(『鉄腕アトム』)を描くことで「人間とは何か?」を読者に考えさせたり、死なない人間(『火の鳥』)を描くことで「生とは何か?」を読者に考えさせたりしたのと同じです。

 

 休めメロス。

 

 そして、ひきこもれメロス。

 

 

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キッチン (角川文庫)

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走れメロス (新潮文庫)

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  • 作者:太宰 治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 文庫