田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

猪瀬直樹 著『公』より。猪瀬直樹さんの「公の時間」と、村上春樹さんの「私の時間」と、「家長」不在の教育現場。

「公の時間」とは、家の土台のような確固たる事実が堆積した世界であり、個人の苦悩や葛藤という「私の営み」はその土台の上に構築されるはずだ。個別・具体的な「私の営み」を、普遍的な「公の時間」につなげるのがクリエイティブな作家の仕事である。
(猪瀬直樹『公』NewsPocksパブリッシング、2020)

 

 こんばんは。昨日、Aくんが熱を出して早退することになったので、急に寒くなってきたからなぁ、コロナじゃなきゃいいけどなぁ、なんて思っていたところ、Bさんが目をウルウルさせながらやってきて「私のせいだ」って、涙そうそう。聞けば、前日の帰りにAくんが傘を貸してくれたとのこと。Aくんは雨の中を走って帰っていったとのこと。ツイッターにこのエピソードとともに「小学5年生。なんだこの忘れてしまった青春」と書いたところ、「となりのトトロのカンタくんみたいですね」っていうリプがあって、

 

 なるほど確かに。

 

 戦後、そういったわかりやすい青春がリスタートしたのは、映画『となりのトトロ』の舞台となった時代、つまり昭和30年代以降のことなのかもしれません。昭和30年代といえば、戦後の混乱と復興が一段落した時代であり、昨日のニュースで「ノーベル文学賞『15度目の正直ならず』」と報じられた村上春樹さんが小学生だった時代でもあります。

 

 

 猪瀬直樹さんの『公』を読みました。副題は「日本国・意思決定のマネジメントを問う」。本の帯には《作家生活40年の集大成!》とあって、猪瀬さんの本を読んだことのない人には「入門書」として勧めたい一冊です。これを読めば、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『ミカドの肖像』や、代表作の『昭和16年夏の敗戦』など、猪瀬さんの他の本も読みたくなること間違いなし。個人的には三島由紀夫を描いた『ペルソナ』が好き。太宰治を描いた『ピカレスク』も好き。震災時の気仙沼を舞台とした『救出』も好き。要するにいろいろ好き。

 

 村上春樹さんと同じくらい好き。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 カズオ・イシグロが2017年にノーベル賞をとった折、村上春樹のファンのがっかりする声が聞こえてきたが、それは仕方のないことであった。なぜならカズオ・イシグロの作品には、時間が停止した「ディズニーランド」とは異なる、歴史のなかに生きる人物が描かれているからである。

 

 カズオ・イシグロや三島由紀夫が「私の営み」を「公の時間」につなげることに意識的であったのに対して、村上春樹は「公の時間」から切り離された「私の営み」に重きを置いているように見えるということでしょう。猪瀬さんがしばしば使う言葉で言えば、カズオ・イシグロと三島由紀夫は「家長」で、村上春樹は「放蕩息子」となるでしょうか。村上春樹がポピュラーなのは、日本人の多くが「放蕩息子」気質だからというのが、おそらくは猪瀬さんの見立てです。

 

 放蕩息子にノーベル賞をあげるわけにはいかない。

 

 放蕩息子が放蕩息子でいられるのは、家長が「公の時間」にしっかりと働いてくれているからであり、家長がいなければディズニーランドとしての「私の時間」なんて消滅してしまうからです。

 

 日本の文学というのは、私的な空疎さ、自分のなかの空疎なものを探しあぐねているだけで、「公の時間」が見えない。近年の日本文学は、虚しい「私」の空回りである。

 

 村上春樹さんも『ねじまき鳥クロニクル』や『アンダーグラウンド』あたりでは「公の時間」へのコミットメントが露わになっていたように思います。それから「雪かき」という言葉を使って、誰の仕事でもないけれど、誰かがやらなければ世の中がギスギスしてしまうような仕事を「良」とし、折にふれその視点を物語の中に書き込んでいたように思います。それが村上さん流の「公の時間」への接続なのかな、と。しかし「雪かき」仕事は「定額働かせ放題」と揶揄される教員の仕事によく似ていて、ちょっと、あれです。

 

 夜間料金などはさらに顕著に引き下げられたし、風景としては、ファミリー企業を排除して競争を導入したサービスエリアやパーキングエリアが激変して、コンビニやスターバックスなども入り大盛況となっている。

 

 放蕩息子にはもちろんのこと、「雪かき」仕事にも風景を激変させるような力はありません。家長たる猪瀬さんが道路公団民営化推進委委員として「公の時間」を意識しつつ成し遂げたようなことは、放蕩息子にはできないということです。

 教育が変わらないのは、個別・具体的な「私の営み」を、普遍的な「公の時間」につなげるクリエイティブな「家長」が教育界にいないから。 月に100時間以上残業しても1円も残業代が支払われないという状況が放置されているのも、軍事予算が教育予算をはじめて上回ったという先月のニュースに誰も反応しないのも、「家長」不在ゆえのこと。そこに「公」はありません。

 

 明日は土曜授業です。

 

 やれやれ。

 

 

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