田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

猪瀬直樹 著『公』より。猪瀬直樹さんの「公の時間」と、村上春樹さんの「私の時間」と、「家長」不在の教育現場。

「公の時間」とは、家の土台のような確固たる事実が堆積した世界であり、個人の苦悩や葛藤という「私の営み」はその土台の上に構築されるはずだ。個別・具体的な「私の営み」を、普遍的な「公の時間」につなげるのがクリエイティブな作家の仕事である。
(猪瀬直樹『公』NewsPocksパブリッシング、2020)

 

 こんばんは。昨日、Aくんが熱を出して早退し、急に寒くなってきたからなぁ、コロナじゃなきゃいいけどなぁ、なんて思っていたところ、Bさんが目をウルウルさせながらやってきて「私のせいだ」って、涙そうそう。聞けば、前日の帰りにAくんが傘を貸してくれたとのこと。Aくんは雨の中を走って帰っていったとのこと。Twitter にこのエピソードとともに「小学5年生。なんだこの忘れてしまった青春」と書いたら「となりのトトロのカンタくんみたいですね」っていうリプがあって、なるほど確かに。冒頭の引用にリンクさせると、個別・具体的な「カンタくんの営み」を、普遍的な「公の時間」につなげるのがクリエイティブな作家の仕事である、となるでしょうか。そうだとしたら、宮崎駿さんって、どうなのでしょうか。それから昨日のニュースで「ノーベル文学賞『15度目の正直ならず』」と報じられた村上春樹さんって、どうなのでしょうか。二人の作家性は、如何に。

 

公〈おおやけ〉 日本国・意思決定のマネジメントを問う

公〈おおやけ〉 日本国・意思決定のマネジメントを問う

  • 作者:猪瀬直樹
  • 発売日: 2020/07/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 猪瀬直樹さんの『公』を読みました。副題は「日本国・意思決定のマネジメントを問う」です。本の帯に《作家生活40年の集大成!》とあり、猪瀬さんの本を読んだことのない人には「入門書」として勧めたい一冊だなぁと思います。これを読めば、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『ミカドの肖像』や、代表作の『昭和16年夏の敗戦』など、猪瀬さんの他の本も読みたくなること間違いなし。個人的には三島由紀夫を描いた『ペルソナ』が好き。太宰治を描いた『ピカレスク』も好き。震災時の気仙沼を舞台とした『救出』も好き。要するにいろいろ好き。村上春樹さんと同じくらい好き。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 カズオ・イシグロ2017年にノーベル賞をとった折、村上春樹のファンのがっかりする声が聞こえてきたが、それは仕方のないことであった。なぜならカズオ・イシグロの作品には、時間が停止した「ディズニーランド」とは異なる、歴史のなかに生きる人物が描かれているからである。

 

 やわらかくパラフレーズすると、村上春樹さんのテイストは猪瀬直樹さんには合わないということです。なぜなら、村上春樹さんは時間が停止した「ディズニーランド」たる日本を舞台にして小説の世界をつくっているから。時間というのは「公の時間」のこと。カズオ・イシグロも三島由紀夫も猪瀬直樹さんも、個別・具体的な「私の営み」を「公の時間」につなげている。だから登場人物に「やれやれ」なんて言わせない。やれやれは「私の営み」と「公の時間」を切り離す言葉だから。

 

 わかりやすく言えばゲーム盤。

 

 村上春樹さんはプレーを担保するゲーム盤にはそれほどの関心を払っていないように見える。別の言い方をすれば、三人は「家長」で、村上春樹さんは「放蕩息子」。村上春樹さんがポピュラーなのは、日本人の多くが「放蕩息子」気質だから。つまり、放蕩息子にノーベル賞をあげるわけにはいかないということ。だって放蕩息子が放蕩息子でいられるのは、家長が「公の時間」にしっかりと働いてくれているからであり、家長がいなければディズニーランドなんて消滅世界です。

 

 やれやれ。

 

 日本の文学というのは、私的な空疎さ、自分のなかの空疎なものを探しあぐねているだけで、「公の時間」が見えない。近年の日本文学は、虚しい「私」の空回りである。

 

 村上春樹さんも『ねじまき鳥クロニクル』や『アンダーグラウンド』あたりでは「公の時間」へのコミットメントが露わになっていたように思います。それから「雪かき」という言葉を使って、誰の仕事でもないけれど、誰かがやらなければ世の中がギスギスしてしまうような仕事を「良」とし、折にふれその視点を物語の中に書き込んでいたように思います。それが村上春樹さん流の「公の時間」への接続なのかな、と。しかしこの「雪かき」仕事。よく考えてみると、否、よく考えるまでもなく、「定額働かせ放題」と揶揄される教員の仕事に似ていて、もしかしたら私がやっている仕事は「陶酔系の自己犠牲」であったり「ただで働くほど無責任なことはない」といった、ダメな仕事に堕しているのではないかと、この『公』を読みながら改めてそう思いました。

 

 夜間料金などはさらに顕著に引き下げられたし、風景としては、ファミリー企業を排除して競争を導入したサービスエリアやパーキングエリアが激変して、コンビニやスターバックスなども入り大盛況となっている。

 

 放蕩息子にはもちろんのこと、「雪かき」仕事にも風景を激変させるような力はありません。放蕩息子の振る舞いや「雪かき」仕事は、猪瀬さんが道路公団民営化推進委委員として成し遂げたような「公の時間」にはつながらないということです。むしろ教員のただ働きに代表されるようなダメな「雪かき」仕事によって、ゲーム盤が損なわれている可能性すらある。

 教育が変わらないのは、個別・具体的な「私の営み」を、普遍的な「公の時間」につなげるクリエイティブな「家長」が教育界にいないからでしょう。 だから月に100時間以上残業しても1円も残業代が支払われないという状況が放置されている。だから軍事予算が教育予算をはじめて上回ったという先月のニュースに誰も反応しない。そこに「公」はありません。

 

 やれやれ。

 

 明日は土曜授業です。

 

 

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  • 発売日: 2007/03/09
  • メディア: 文庫
 
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  • 発売日: 2015/01/26
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  • 発売日: 1999/02/03
  • メディア: 文庫