田舎教師ときどき都会教師

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駒崎弘樹 著『政策起業家』より。振休なしの土曜授業、これっておかしくないっすか?

 一連の説明をした後に、ある高齢の男性議員が発言した。
「こんなことになったことに、驚いている。我々は十分やっていたと思っていた」
 僕はその議員の顔を穴が空くくらいじっと見た。彼が冗談を言っているようには見えなかった。本気でそう言っていたのだ。
 彼は悪意を持っているのではなく、単に「見えて」なかった。
 驚いたが、でもそうなのだろう。彼の時代には母親は働いておらず、育児を一手に引き受け、彼自身も自らの子育てに参加することはなかったに違いない。
(駒崎弘樹『政策起業家』ちくま新書、2021)

 

 こんばんは。昨年、末松信介文部科学相が初入閣の際に、岸田文雄首相の「聞く力」を引用しつつ「見る力をつけたい」と話していたのは、このことでしょうか。見えていないかもしれないから、現場を視察して、見たい。とはいえ、官製ハッシュタグ「#教師のバトン」を読めば、現場の惨状は十分すぎるくらい見えますよねって、そう思ってしまうのが正直なところです。昨年、あっという間に炎上した「#教師のバトン」は、形式は違えど、保育士の待遇改善につながった2016年の匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」に負けないくらいのインパクトがありましたから。

 

anond.hatelabo.jp

 

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 だからこう思います。もしも政策起業家が「#教師のバトン」に対してアンサーソングを書いていてくれたら、学校は変わっていたかもしれないのにって。

 

 

 駒崎弘樹さんの『政策起業家』を読みました。内容といい、文体といい、処女作『「社会を変える」を仕事にする』の続きを読んでいるかのような気分になれる一冊です。

 

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 名著、再び。

 

 匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」を読んだ直後のことを《気づいたらキーボードを叩いていた。勝手にアンサーソングを書かなければならない気分になっていたのだ。》なんて表現していて、さすが駒崎さんです。ナチュラルなおもしろさが普通ではありません。処女作もそうでした。そうであるが故に、駒崎さんだからこそ「社会を変える」を仕事にするなんてことができるのだろうな、と思ってしまいます。しかし、プロローグにはこうあります。曰く《「普通の人」が次々にこれまでなかった制度を生み出している》と。駒崎さんのような天賦の才に恵まれていなくても、つまり私でも、社会のルールを変えられる可能性があるということです。本当でしょうか。以下、プロローグに続く目次です。

 

 第1章 小麦粉ヒーローと官僚が教えてくれた、政策は変えられる、ということ
 第2章「おうち」を保育園にできないか? 小規模認可保育所を巡る闘い
 第3章「存在しない」ことになっている医療的ケア児たちを、社会で抱きしめよ
 第4章 如何に「提言」を変革へと繋げるか
 第5章 社会の「意識」を変えろ イクメンプロジェクトと男性育休義務化
 第6章「保育園落ちた日本死ね!!!」SNSから国会へ声を届かせる方法
 第7章 政策ができて終わりじゃない?「こども宅食」の挑戦
 第8章 1人の母が社会を変えた 多胎児家庭を救え

 

 第8章の後には《あなたの力を貸してほしい》というエピローグが続きます。どうやら私の力を貸してほしいようです。エヘン。では、どうやって社会のルールを変えればいいのでしょうか。

 駒崎さんにその方法を教えてくれたのが、第1章に登場する小麦粉ヒーローことアン◉◉マンと《私たちだって、社会を良くしたい、って思っているんです。本気で。じゃなきゃこんな安月給でこんな長い時間働いていないですよ》と胸襟を開きまくった官僚さんです。

 

「これっておかしくないっすか?」

 

 駒崎さんのこの言葉が社会のルールを変えるための出発点です。「これ」にあたるのは何でもOK。振休なしの土曜授業っておかしくないっすか(?)でもいいし、残業代がゼロっておかしくないっすか(?)でもいいし、実質の休憩時間が1分っておかしくないっすか(?)でもいいんです。もちろん、子育ての喜びを知ってもらうために800万円かけてアン◉◉マンショーを開くっておかしくないっすか(?)でもいいんです。おかしいことには「おかしくないっすか?」としっかり声を上げること。然るべき場所で、然るべきプロセスに則って声を上げれば、官僚さんが胸襟を開いて相談に載ってくれるかもしれません。逆に声を上げなければ、これからも教員は搾取され続けるし、小麦粉ヒーローも生みの親の遺書に反するかたちで消費され続けることになるでしょう。

 

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 預かる子どもの人数が20人以上いなければ保育所をつくることができないって「おかしくないっすか?」と声を上げた結果、小規模認可保育所をつくることに成功したというエピソードが第2章に、人工呼吸器を使用しているような、いわゆる医療的ケア児を預かってくれる場所がなくて存在しないことになっているって「おかしくないっすか?」と声を上げた結果、障害児保育園ヘレンの開設にこぎ着けたというエピソードが第3章に載っています。事業化したものを国にパクってもらって制度化するという、駒崎さん率いる認定NPO法人フローレンスの「勝ちパターン」です。

 

 でも、普通の人には事業化は難しい。

 

 そんな声なき声を受けて、第4章には、事業化しなくても「おかしくないっすか?」という声(提言)そのものに強い力をもたせる方法が書かれています。取り上げられている例は「ひとり親の手当が低すぎておかしくないっすか問題」と「保育士不足なのに保育士試験は1年に1回っておかしくないっすか問題」です。ネットを使ったり、国家戦略特区制度を使ったりって、いやいや、普通の人にはできません。

 

「特区に出したら、全力で潰しますから」

 

 こわっ。保育士試験の回数を増やすために国家戦略特区制度を活用しようとしたところ、厚労省保育課長にそう凄まれたとのこと。政策起業家 vs 官僚。どちらが勝ったのかといえば、それはもちろん政策起業家の駒崎さんです。潰されたのは、保育課長の「できない」という思い込みだったとのこと。2016年から保育士試験の2回化が始まり、保育士不足の解消に役立っているというのだから、政策起業家、おそるべし。

 

 駒崎さんの快進撃はとどまるところを知りません。

 

 第5章には、男性の産休と男性育休の義務化を制度化させることに成功した話、第6章には、匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」を保育士の処遇改善につなげた話、そして第7章には、こども食堂を進化させた「こども宅食」の話が紹介されています。以下の引用は第7章より。

 

 本当に困っている家庭は、周囲からは、見えていない。隣の家がゴミだらけで子どもが遊んでいたとしても、誰も気づかない。だから「申請してくれたら、相談に乗りますよ」という通常の行政の支援も、届かない。

 

 先日、地域でこども食堂を営んでいる、その界隈では有名な女性にゲストティーチャーとして授業に来ていただきました。その女性がこども食堂をはじめたのは、もともと八百屋を営んでいたことから、地域の人間関係に明るく、本当に困っている家庭が「見えた」から。そして「見えた」からにはアンサーソングを書かなければいけない(!)と思って書き始めるような、政策起業家タイプの人だったから。とはいえ、普通の人です。だからやっぱり、

 

 見る力って大事。

 

 そして読む力も。第8章にはいよいよ「普通の人」が社会を変えたエピソードが紹介されています。一人の母が社会を変えた話。読めば、選挙以外にも、私たち「普通の人」が社会のルールを変える方法があることがわかります。普通だからこそ「被害を被る」或いは「被害を被っている人に気づく」というかたちで見えてくる社会課題がある。これっておかしくないっすか(?)の「これ」を見る力があれば、私たちも政策起業家になって、社会のルールを変えることができる。ぜひ手にとって読んでみてください。

 

 

 明日は土曜授業です。振休なしの週6労働。

 

 これっておかしくないっすか?

 

 おやすみなさい。