田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『解決する力』より。決断する力、解決する力、勝ち抜く力をつけるためには?

 困難な課題でも、発想力があれば乗り切れる。意志とは、できる、どうにかなるという楽観主義を前提として貫けるものなのだ。感性と責任感と集中力で自ずと「解決する力」が湧き出てくる。
 霞ヶ関の官僚機構の宿痾を分析した『日本国の研究』を読んだ小泉首相から道路公団改革を依頼され、そのプロセスは『道路の権力』『道路の決着』に記した。石原知事は『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』を読み、副知事をやれと言われ、『東京の副知事になってみたら』で改革の手始めを、『言葉の力』『地下鉄は誰のものか』『決断する力』でさらに説明責任を果たしているところだ。
(猪瀬直樹『解決する力』PHPビジネス新書、2012)

 

 こんばんは。小泉元首相や2月1日に亡くなった石原元都知事に賛否両論があるのは、二人には「決断する力」や「解決する力」、それから「勝ち抜く力」が桁違いにあったからでしょう。力がなければ「賛」も「否」も生まれません。よくて「いい人」どまりです。空気に抗って決断し、解決し、勝ち抜いたからこそ「ファン」と同時に「アンチ」も生まれた。それは元都知事の猪瀬直樹さんも同じです。単なる「アンチ」だけでなく「敵」まで生まれたというのだから、その力、計り知れません。

 

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 猪瀬さんの昔からのファンとしては、アンチや敵というポジションを取る前に、とりあえず冒頭の引用に登場する本の1冊でもいいから読んでみてくださいといいたくなります。

 

 読めば、わかる。

 

 猪瀬さんが個別・具体的な「私の営み」を「公の時間」につなげて生きていることがわかる。放蕩息子としてではなく、家長として生きていることがわかる。太宰治ではなく、森鴎外の系譜に連なる作家だということがわかる。小学校のクラスでいえば、担任として生きていることがわかる。クラスが崩れてしまったら、誰も放蕩息子ではいられませんから。

 

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 建築家の藤森照信さん(東京大学名誉教授)が猪瀬さんのことを《学問のように調べ、小説のように書くひと》と評しています。学問のように調べる力をいかして政策を立案し、小説のように書く力をいかして説明責任を果たしてきた猪瀬さん。政策ばかりやっていて権力闘争をやらなかったら「東京の敵」にやられちゃったと、自ら「甘さ」を認めているところもまた、ファンを惹きつけて止まない魅力です。

 コロナ禍が続き、猪瀬さんいうところの「プロセスが見えない、責任を負う者が誰なのかわからない、という日本的な意思決定の問題」が、これまで以上に取り沙汰されている現在です。生産年齢人口の急減を背景に、社会課題の噴出が予想される現在&未来でもあります。政治家や官僚だけでなく、私たち市民にも、決断する力、解決する力、そして勝ち抜く力が求められる時代がやってきているのではないでしょうか。だからやはり、読まなければいけません。

 

 読めば、わかる。

 

 

 猪瀬直樹さんの『解決する力』を再読しました。『決断する力』と『勝ち抜く力』を合わせてPHPビジネス新書「チカラ三部作」。私が勝手にそう呼んでいるだけですが、決断することで解決の道が開かれ、勝ち抜くことができるというわけです。プロローグ(石原・橋本「倒幕シナリオ」)に続く目次は以下。

 

 Ⅰ 東京電力との闘い
 Ⅱ 電力不足を救う
 Ⅲ 尖閣諸島購入問題
 Ⅳ オリンピックとスポーツの力
 Ⅴ 災後社会のネットワーク
 Ⅵ 東京のパワー

 そしてエピローグ(”平常心” の保ち方)へと続きます。前回のブログで紹介した政策起業家の駒崎弘樹さんの言葉を借りれば「これっておかしくないっすか?」というところから猪瀬さんの闘いが始まります。

 

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 例えば「Ⅰ  東京電力との闘い」より。

 

 有価証券報告書には連結子会社は40社しか記載されておらず、最後の隅っこに「その他、128社」と記されていた。その他? 会社の名前もわからない。そこで40社+128社で合計168社の東電からの「天下り」リストを示せ、と迫った。
 こうして、連結子会社の役員480名のうち170人が東電OB及び東電出向社で占められていることがわかった。子会社役員の平均年収は1085万円だった。
 東電から子会社への発注は、当然、お手盛りの随意契約である。競争入札にすれば3割はコスト削減できるのにそんなことはお構いなしの高値で発注してきたのだ。これらは地域独占の電力会社特有の総括原価方式と呼ばれ、全部が我々の電気代に反映されているのである。

 

 迫った、とあります。公的資金を1兆円も注入してもらっている東京電力が、ホテルや釣り堀や温泉などのあらゆる業種に手を出していることに対して、これっておかしくないっすか(?)と、東電=殿様という空気に流されることなく、私たちの代わりに迫ったというわけです。東京電力に対してだけではありません。国に対しても、電力不足を解決すべく《老朽火力をリプレースして、新しいハイブリッド型の火力発電所をつくるなら、環境アセス期間を特例で変えないとだめですよ》(「Ⅱ  電力不足を救う」)と迫ったり、領土問題を解決すべく《国がやらないなら東京都がやる》(「Ⅲ 尖閣諸島購入問題」)と尖閣諸島の購入に動いたりします。迫った ≒ 闘った。武器はもちろん、

 

 ファクトとロジック。

 

 駒崎さんいうところの政策起業家が、市民目線での社会課題(保育園不足、保育士不足、医療的ケア児の受け入れ先がない、等々)を解決しようとしているのに対して、猪瀬さんがメスを入れ、種々解決を試みてくれたのは、それらに加えて、市民目線ではなかなかとらえることのできない、より大きな社会課題も含みます。尖閣諸島購入問題なんて最たるもの。市民が闘い、作家も闘い、知事や副知事も闘う。そうすることによって権力サイド(政治家や官僚)にも緊張感が生まれ、社会が少しずつまともになっていく。

 

 理想です。

 

 理想というか、一人でも多くの市民が「私の営み」を「公の時間」に接続するような生き方をしていかない限り、これから迎える日本社会の難しい局面(右肩上がりの時代から右肩下がりの時代へと移り変わる局面)は打開できないような気がします。だからこそ教育って、大事。同調圧力で子どもたちを均している場合ではありません。成績で縛っている場合でもありません。

 

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 日本人はやさしいのか。たしかにやさしいように見えるかもしれないが、僕は違うと思う。同調性に埋没しているうちは「解決する力」は生まれない。

 

 これは「Ⅵ 東京のパワー」より。日本人はやさしいように見えるかもしれないが、実は空気に流されて何もしていないだけ。そういうことでしょう。何もしなければ「アンチ」は生まれません。逆に、同調性から抜け出し、何かを決断すれば、「ファン」と一緒に「アンチ」も生まれます。そうなったときに「タフ」でいられるかどうか。通知表をやめると決断したときに、アンチから攻撃を受けたとしてもタフでいられるかどうか。「タフでなければ生きていけない。やさしくなれなければ生きている資格がない」と言った、私立探偵のフィリップ・マーロウと猪瀬さんの姿が重なるのは、おそらくは解決する力こそがタフでいられる秘訣だからです。決断する力、解決する力、勝ち抜く力をつけるためには、同調性に埋没していてはいけない。同調性から抜け出すための第一声は、

 

 これっておかしくないっすか?

 

 授業の準備もせずに夜な夜な通知表の所見を書いているのっておかしくないっすか。東京都の小学校が通知表をやめれば、せめて所見くらいやめれば、あっという間に全国に波及するでしょう。それが五輪の誘致に成功したり、東日本大震災のときに八面六臂の活躍を見せたりした「東京のパワー」です。東京って、大事。首都公務員って、大事。なお、「Ⅳ  オリンピックとスポーツの力」と「Ⅴ  災後社会のネットワーク」については、以下のブログと重なる部分があるので、こちらをぜひ。

 

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 通知表を含め、学年末の膨大な仕事を《感性と責任感と集中力》で一気に解決しようと思っていましたが、ブログに逃げてしまいました。人間失格、放蕩息子です。やれやれ。

 

 おやすみなさい。