田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

猪瀬直樹 著『ラストチャンス』より。いい人というのは決断しない人。闘うインテリ作家と闘うインテリ教員が日本を救う。

 じつは国土交通省や日本道路公団の心ある若手職員のなかには、いつまで自分たちは採算を度外視した道路をつくりつづけなければいけないのか、と疑問を抱いている者も少なくない。しかし、自分たちから止めてくれ、と言うわけにはいかず、じつは外からの声を待ち望んでいる。そこに政治家やメディアの役割があるはずだ。
(猪瀬直樹『ラストチャンス』光文社、2001)

 

 こんにちは。各県の教員採用試験(小学校)の出願倍率が軒並み過去最低を記録する中、大分県はついに「1倍」となったそうです。出願倍率が1倍なので、当日の欠席や合格後の辞退を考えると、実質はかなりの「欠員」でしょう。いつまで自分たちは勤務時間を度外視した働き方を続けなければいけないのか、と疑問を抱いている現職教員を放置してきた結果といえるのではないでしょうか。起死回生のラストチャンスはもうないかもしれません。

 都会で生まれ育った若者が、もしも由布院温泉のある由布市の小学校で働くことになったら、あるいは別府温泉のある別府市の小学校で働くことになったら、生涯忘れられない体験ができるに違いないのに。私が20代の独身だったら受験したい。そして3年間限定で働いて、めちゃくちゃ気に入ったら続け、そうでなかったらまた別の特色ある県の採用試験を受験したい。地方に住んで働くことは、新しい視点・視野・視座を獲得するにもってこいの人生経験といえますから。教員ではないですが、東京都から夕張市に派遣され、後に北海道の知事になったもと都庁職員の鈴木直道さんなんて「典型」ではないでしょうか。

 

 

 猪瀬直樹さんの『ラストチャンス 日本再生唯一の機会』を読みました。初版は2001年12月20日。道路公団を民営化すべく、猪瀬さんが小泉内閣の行革断行評議会(行政改革担当大臣の諮問機関)のメンバーのひとりとして八面六臂の働きを見せていたときの一冊です。著者曰く《本書は、道路四公団の分割民営化が自民党の守旧派、道路族議員らとの綱引きの最中につくられた》とのこと。名著『道路の権力』に先駆けること2年の「緊急語り下ろし出版」というライブ感に加えて、行革断行評議会の記者会見の様子が要所に挿入され、より一層の臨場感が伝わってくる構成となっています。目次は以下。

 

 第一章 行政改革は明るい話
 第二章 行革断行 VS. 抵抗勢力
 第三章 住宅金融公庫の廃止・民間市場化へ
 第四章 失業者の生き血をすする特殊法人
 第五章 古い着物を捨てよ

 

 小学4年生の国語の教科書(光村図書)に載っている説明文「アップとルーズで伝える」でいえば、第一章から第四章までがアップで、第五章がルーズです。例えばアップの第二章の「行革断行 VS. 抵抗勢力」には、具体例として次のようにあります。

 

 これは巨大な橋脚やトンネルだけではない。紙コップひとつとってもそうだ。マクドナルドの紙コップの仕入れ原価は1円である。ところが道路公団のサーヴィスエリアで使う紙コップは5円もする。理屈は単純である。中間に彼らの子会社が五社も入っているからだ。五社が一円ずつの利ざや稼いで一個五円、なんとばかばかしい話ではないか。

 

 理屈は単純なのに、そんなばかばかしい話が現実をかたちづくっているのは、猪瀬さんのような「闘うインテリ」作家が日本には少ないからでしょう。橋脚やトンネルというのは《アクアライン(東京湾横断道路)は一兆五千億円もかかった。しかし、デンマークとスウェーデンを結ぶ、橋脚とトンネルを組み合わせた同じ規模の工事は三千億円であった》という、これまたばかばかしい話を受けての台詞です。5倍ですよ、5倍。差額は一兆二千億円ですよ。ほんと、ばかばかしい。そしてそのばかばかしさのツケは国民が払うことになります。

 

 学校も同じです。

 

 休憩さえとれないイリーガルな労働環境を放置していたら、教員採用試験の倍率が1倍になってしまった。教員の量が足りなくなってしまっただけでなく、教員の質も保障できなくなってしまった。理屈は単純なのに、そんなばかばかしい話が現実をかたちづくっているのは、斉藤ひでみさんのような「闘うインテリ」教員が日本には少ないからでしょう。教員は「いい人」ばかり。いい人というのは何も決断しない人のことです。決断しないから波風が立たない。毀誉褒貶も、賛否両論も、何もない。ちなみに現職教員(公立高)の斉藤さんは、参議院文教科学委員会参考人(http:// http://bit.ly/341rhXT)になったことでも知られています。その活躍ぶりからして、おそらくは毀誉褒貶もあるのではないかと想像します。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 斉藤さんは、大分県の教員採用試験(小学校)の倍率が1倍になったことを受けて、Twitter で《2019年臨時国会で、1年変形労働時間制の導入ではなく、給特法の廃止が決まっていれば…悔》とツイートしています。2019年がラストチャンスだったかもしれないというわけです。給特法というのは、ざっくりいうと「教員には残業代を払わなくてOK」という法律で、管理職から労務管理のインセンティブを奪ってしまうところに特徴があります。猪瀬さんが公団に対して公憤を覚えていた《倒産したら困るというインセンティブがないんだから、儲けようという発想が絶対にない》というロジックと同じというわけです。管理職は、教員がいくら残業しても困らない。教員の時間はただだから。公団は、いくら借金しても困らない。国民の税金で補えばいいから。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 7月10日投開票の参議院議員選挙に向けて、各政党が給特法の廃止を含め、教員の長時間労働にメスを入れる政策を発表しています。それぞれどこまで本気なのか。そのメスをしっかりと握っている、猪瀬さんのような「闘うインテリ」はいるのかどうか。選挙後もウォッチしていく必要があります。そうでなければ「倍率1倍」のようなおかしなことが引き続き罷り通ることになってしまうからです。

 

 ところがスパウザ小田原は四百三十億円でつくってもらったが、失業保険が原資だから返さなくていい。こんな楽な商売はない。それでいて、エステサロンは夕方六時には閉店するし、食事はまずくて高い。それで黒字になるわけがないから、毎年雇用保険から約三千億円が雇用・能力開発機構に行っているわけだ。こういうおかしなことが罷り通っている。

 

 第四章の「失業者の生き血をすする特殊法人」より。先に挙げた紙コップの例と同様に、アップの解像度が高く、数字とロジックにリアリティーがあります。猪瀬さんは、今日、Twitter で《財源を生み出すには、改革が必要です。やるというばかりで、財源の話をしないというのは改革とは呼べないのです。》と呟いていましたが、おかしなことに気づく力、数字とロジックを駆使しておかしなことにおかしいと声を上げる力がなければ、実効性のある改革を始めることはできないということでしょう。教員の働き方改革も同じではないでしょうか。

 

 

サイン入り♬

 

 今回の参議院議員選挙こそが、もしかしたら古い着物を捨てるための「ラストチャンス」なのかもしれません。出願倍率1倍からの教育再生。高速道路のSAの風景がガラッと変わったように、教員のブラックな労働環境がガラッとホワイトに変わるような未来を見てみたいものです。

 

 外からの声を待ち望みつつ。

 

 闘う政治家に期待。