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猪瀬直樹 著『日本システムの神話』より。教室現場は困っているんですよ!

 僕は政治の世界にコミットしたつもりではない。太宰治や司馬遼太郎と共通の直観に突き動かされただけである(東京新聞8月6日付夕刊文化欄から)。
(猪瀬直樹『日本システムの神話』角川oneテーマ21、2002)

 

 こんばんは。もしも太宰治や司馬遼太郎が政治家になっていたとしたら、国会で、どんな発言をしていたのでしょうか。参議院議員として政治の世界にコミットしている猪瀬直樹さんの活躍を見ていると、作家の直観に基づくロジックをもっと国会に(!)と思います。平野啓一郎さんとか、政治家にならないかなぁ。

 

 教師の直観も馬鹿にならない。

 

 昔、初任校でお世話になった師匠その1にそう言われました。教師の直観でいうと、マスクどころか毎朝の健康チェック表すら止められない学校に、あるいは教員採用試験の倍率が過去最低&精神疾患による教員の休職や休暇が過去最多という状況にすら危機感をもたない学校に、自浄作用は期待できないというのが正直なところです。だからこそ、猪瀬さんが「いつまで子供たちにマスクを強制するのか?」と国会で質問してくれるのは嬉しい。学校に関心を示してくれるのが嬉しい。もしかしたら「いつまで休憩時間ゼロなんていう劣悪な労働環境を先生たちに強制するのか?」と質問してくれる日もやってくるかもしれません。

 

 

 永岡桂子文部科学大臣に対して、猪瀬さん曰く「教室の中で2m距離取れますか?」「言ってることが矛盾してるでしょ!」「だからいま教室現場は困っているんですよ!」云々。作家の直観、恐るべし。教師の直観でも次のように思います。マスクの件に限らず、

 

 教室現場は、種々困っている。

 

 

 猪瀬直樹さんの『日本システムの神話』を読みました。猪瀬さんが道路関係四公団民営化推進委員会のメンバーとして国交省と闘っていたときの一冊で、なぜ闘っているのか、なぜ闘う必要があるのかという背景が描かれています。

 

 闘っている人が好き。

 

 昔、3校目でお世話になった師匠その2にそう言われました。宮沢賢治じゃないですが、そういうものに、わたしもなりたい。

 

 目次です。

 

 序 章 日本はまだ大丈夫なのか
 第一章 計画経済という呪縛
 第二章 数値を間違えたら国家が倒産する
 第三章 アジアで生まれた国民国家の奇跡
 第四章 肥大化した特殊法人をどうするのか
 第五章 道路公団民営化推進委員会はここまで到達した
 

 日本はもう大丈夫ではないのでしょう。神話の崩壊が本格的に始まっているからこそ、猪瀬さんは参議院議員になったのだと思います。やむにやまれぬ大和魂です。故・石原慎太郎さんに「猪瀬さん、日本を頼む」と頭を下げられたという、有名なエピソードも関係しているのかもしれません。以下、第一章から第五章より、少しずつ。

 

 先ずは第一章「計画経済という呪縛」より。 

 

 これは一例ですが、とにかくこの国は、放っておくと変なものをどんどんつくっていってしまうわけで、ほんとうにこれでいいのでしょうか。繰り返しますが、五ヵ年計画、七ヵ年計画だらけの国というのは、世界で日本しかないのです。

 

 一例というのは、赤字を垂れ流している空港のことです。10年ほど前に行われたNHKの調査では、自治体運営の55空港のうち51もの空港に赤字という結果が出ていたとのこと。赤字を垂れ流しているのに、放っておくしかないという、日本システムの悪しき呪縛。現在はどうなっているのでしょうか。コロナのこともあって、ますます赤字がふくらんでいるのではないかと想像します。

 

 放っておくのは、まずい。

 

 学校も然りです。キャリアパスポートや教科道徳など、変な仕事がどんどんつくられていった結果、教員のなり手不足が深刻に。休憩時間0分が4割以上、持ち帰り残業を含めた平日1日当たりの実質的な労働時間の平均は、小学校で11時間20分、中学校で11時間46分(教職員組合調べ、2022年12月)というのは、おそらく世界で日本しかないでしょう。しかも残業代はゼロです。現職教員がメンタルをやられて墜ちてしまうのも、若者が教職を敬遠するのも、仕方ありません。

 

 続いて、第二章「数値を間違えたら国家が倒産する」より。

 

 僕が道路関係四公団民営化推進委員会で国土交通省の「交通需要推計」に対し、計算根拠を示せと執拗に要求したのは数字がすべてだからだ。誤魔化しの数値を出したら、国家が倒産する。

 

 授業準備の時間は1コマ5分とか、休憩時間0分の教員が4割以上とか、しっかりと数字が出ているにもかかわらず、何も変わらないのは、変えられる立ち位置にいる人たちが戦前と同じメンタリティーだからでしょうか。石油が足りなくなることはわかっていたのに、授業準備の時間は1コマ5分しかないって司法が判断したのに、開戦を叫んだり、授業改善を叫んだりする人たちがいる。ほんと、やめてほしい。とはいえ、違うメンタリティーで警鐘を鳴らしてくれる著名人もいて、嬉しい。

 

 

 ちなみにこの第二章に出てくる猪瀬さんと鈴木貞一元企画院総裁の(P65~P67)のやりとりは、6年生の社会の授業の教材にうってつけです。日米開戦のきっかけのひとつとなった石油のデータは、客観的だったのか否か。猪瀬さんは《企画院総裁の提出した数字は「やる」ためのつじつま合わせに使われたと思いますが、その数字は「客観的」と言えますか》と問います。さて、どんな答えが返ってきたのでしょうか。クラスの子どもたちと一緒に、ぜひ一読を。

 

 続いて、第三章「アジアで生まれた国民国家の奇跡」より。

 

 こうして敗戦から10年経った1955年(昭和30年)には、郵便貯金、簡易保険、年金などの原資が九千億円貯まりました。昭和31年の経済白書には「もはや戦後ではない」と書かれています。ようやく日本も食うや食わずの状態から復興したということです。いまの東京都知事の石原慎太郎さんが『太陽の季節』で華々しくデビューした年でした。

 

 第三章には、歴史を紐解きつつ、なぜ道路公団民営化が必要になってきたのかという、その理由がまさに書かれています。

 

 猪瀬さんの歴史語りが勉強になって、よい。

 

 世界は贈与でできていて、その贈与は、受取人の想像力から始まるとは、教育哲学者の近内悠太さんの見方・考え方ですが、私たちは「アジアで生まれた国民国家の奇跡」を贈与として受け取っているんですよね。受け取ったからには、今度は差出人にならなければいけない。だから道路公団民営化が必要になって、時代が猪瀬さんを求めたというわけです。その猪瀬さんとともに時代をつくった石原慎太郎さんの評伝が、年明けに出ます。書いたのはもちろん猪瀬さん。作家評伝シリーズの完結編です。

 

 

www.countryteacher.tokyo

 

 年明け、楽しみだなぁ。

 

 続いて、第四章「肥大化した特殊法人をどうするのか」より。

 

 なお、八重洲トンネルでタイルが百八十枚剥落した事故は、実は2002年の1月に補強工事をしたばかりの部分であった。三ヶ月で壊れるのは工事に欠陥があったからだと思うのが普通だろう。この工事を請け負ったのは、調べてみたら(株)太陽道路ではないか。この会社は仕事欲しさに、首都高公団の天下りを受け入れている、と『日本国の研究』で指摘しておいた。

 

 工事といえば、先日、勤務校の若手3人を連れて東北の被災地をめぐったときに、「この工事、本当に必要なのかなぁ」と思ったことがありました。巨大な防波堤をつくっていたんですよね、大理石海岸の入口に。工事の真っ最中だったために駐車することすらできず、大理石の美しい自然景観を若手に見せることはかないませんでした。がっかりです。東日本大震災やコロナ禍の裏でも、特殊法人的なものが肥大化しているのではないでしょうか。そのお金を教育に回してほしい。

 

大理石海岸/気仙沼(2014)

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 最後に、第五章「道路公団民営化推進委員会はここまで到達した」より。

 

 推進委が「凍結」論を打ち出した高速道建設などについて、自民党道路族などが今後、巻き返しに出るのは必至とみられる。最終報告の提出期限まで四ヵ月。委員の足並みが整わなければ、つけ込まれる懸念もある。

 

 もしも部活動地域移行推進委員会のような組織があって、そこに猪瀬さんが入っていたとしたら、3日前に報じられた《「2025年度末」としていた地域移行の達成目標は設定しない方針に転じ》という残念なニュースを目にすることはなかったように思います。期限を決めなかったら、何も進みません。だからいま教育現場は困っているんですよ(!)って、叫びたくなります。猪瀬さんのおかげで高速道路のSAやPAの風景が一変したように、学校の働き方改革はここまで到達したって、いつになったらその実感を得られるようになるのでしょうか。師匠その1曰く、教育が変わるには10年、20年かかる。

 

 もう待っていられません。

 

 闘おう。