ーー政府が本気になればできましたか?
小川 できる。良い悪いは別にして、政府・総理大臣が本気になれば郵便局すら民営化できるんだから。道路公団も民営化できるんだし、70年積み上げた憲法解釈だって変えられるんだから。時の総理大臣が本気になればね。
(小川淳也、中原一歩『本当に君は総理大臣になれないのか』講談社現代新書、2021)
こんにちは。道路公団を民営化するにあたって八面六臂の活躍をしたのは、ご存知、作家の猪瀬直樹さんです。小泉純一郎元総理大臣とタッグを組んでの「官僚&政治家」との闘いの軌跡については、猪瀬さんの『道路の権力』と『道路の決着』に詳しい。読むと、道路公団民営化がいかに大変だったかということがわかります。
千軍は得やすく、一将は求め難し。
道路公団民営化は高速道路のSAやPAを一変させました。日本の風景を変えるような大改革を実現するには、猪瀬さんや小泉元首相、或いは将来の総理候補として人気急上昇中という、国会議員・小川淳也さんのような「一将」が必要ということです。
道路公団民営化の後、東京都知事になった猪瀬さんがその座を追われてしまったのは、本人曰く「権力闘争をやらずに政策ばかりやっていたから」です。権力闘争をやらないとやられてしまう。つまり「権力闘争」と「政策」は、
トレードオフ。
そうすると、相撲ライターの和田靜香さんが押しているではなく推している、自称「日本を良くする政策オタク」の小川さんもやられてしまうのではないか。総理大臣になれないのではないか。和田さんと小川さんの共著のタイトルをもじれば、首相はいつも権力闘争、それって国民のせいですか?
もしも政策オタクの猪瀬さんが東京都知事を続けていたら、どんな未来が待っていたのか。もしも政策オタクの小川さんが総理大臣になったら、どんな未来が待っているのか。猪瀬さんの「イフ」はもう叶わないだけに、小川さんの「イフ」の研究には真剣に、耳をダンボにして傾けたい。
小川淳也さんと中原一歩さんの『本当に君は総理大臣になれないのか』を読みました。『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』などの著作で知られるノンフィクション作家の中原さんによる小川さんへの「インタビュー」と、小川さんの半生を描いた「ルポ」から成る一冊です。小川さんの選挙区(地元)は、映画のタイトルにもなっている、
香川1区。
この本が出版された約4ヶ月後の衆議院議員選挙(10月31日)で、小川さんが元デジタル相・平井卓也さんを破って小選挙区での初当選を果たしたことは記憶に新しいところです。目次は以下。
第1章 小川淳也に聞く「総理大臣になったら何をするんですか」
第2章 本当に君は総理大臣になれないのか(前編)
第3章 小川淳也に聞く「難しそうな大改革をどうやって実現するんですか?」
第4章 本当に君は総理大臣になれないのか(後編)
第1章の最初に載っている以下のグラフは市民全員が知っておくべきもので、クラスの子どもたち(小学6年生)にも繰り返し提示し、現状認識&未来認識を促しています。みなさんが大人になったときに生きる日本社会は「こうですよ」と。だから「ワクワクしますね」と。中原さんの「総理大臣になったら何をするんですか」という問いに対する小川さんの答えのベースとなるものはすべてこの「日本人口の長期推移」にあります。人口ボーナスに恵まれた「右肩上がりの時代」から、生産年齢人口が激減する「右肩下がりの時代」へ。日本は明治維新や第二次世界大戦後のときと同じように、社会制度やインフラを大胆かつ急ピッチで再設計しないと、どう考えても「もたない」というわけです。なにもしなければ、いわゆる「茹でガエル現象」を地で行くことになります。現状を危機とみるか変化の機会とみるか。小川さんは「危機であると同時にチャンス」とみます。日本が成熟した「民主主義の国」になるためのチャンスです。でっかい危機がやってくるぞ、小学校の教室でやっていたように、さぁ、みんなで考えよう。
対話して乗り越えよう。
とにかく、ずーっと日本の何が問題で、何をどうすればいいのかを、これまでの人生の半分以上、30年ぐらい考え続けてきたんです。僕は自分のことを政策オタクだと思っていまして、日本の政策について考えてきたこと、思ってきたことが生半可ではないです。本当です。
小川さんが考え続けてきた政策の要諦は、処女作である『日本改革原案』に書かれています。その要諦(国家構造抜本改革基本法案大綱)とは、
① 生涯現役
② 列島解放
③ 環境革命
④ 国際社会の変革
詳しくは『日本改革原案』を是非。①~④をさらに絞って、すべての課題のボトルネックとなる難所を挙げれば、年齢差別を撤廃して雇用制度・雇用環境を整備すると同時に持続可能な社会保障制度を根本から再構築する、となります。生産年齢人口を増やすと同時に税金を上げてセーフティーネットを分厚くかつきめ細かなものにするというイメージでしょうか。これらほぼすべての改革内容を盛り込んだ超大型法案の名前が振るっています。
〈所得税・法人税・相続税課税適正化及び漸次消費増税・本格的ベーシックインカム・教育社会福祉無償化法案〉
この法案をたたき台にして国民会議を開き、一気にすべてを変えていくというところがポイントのようです。でも、
どうやって?
時間外労働を前提とした「通知表の所見」すらやめられない小学校の現状を考えると、サステイナブルの要素など1ミリもない「部活動」すらやめられない中学校の現状を考えると、或いは道路公団民営化という命懸けの事例を考えると、システムを一気に変えるなんて、ラクダが針の穴を通るより難しい気がします。中原さんが《しょせん、絵に描いた餅では?》と口にするのも頷けます。
それは結論から言うと、大変じゃないはずがないよね。実際、経験しているわけじゃないし、僕もそこはわからない。だけど古来「千軍は得やすく、一将は求め難し」ですよ。自分のことを一将と言いたいわけじゃありませんよ、念のため。
第3章のインタビューより。小川さんはそんなことは百も承知というわけです。一将とは、ジョージ・バーナード・ショーの言葉にあるところの「もの分かりの悪い人間」といえるでしょう。
もの分かりがいい教員は、自分を学校に合わせようとする。もの分かりが悪い教員は、学校を自分に合わせようと躍起になっている。ゆえに、もの分かりが悪い教員がいなければ、働き方改革も定時退勤もあり得ないφ(..)
— CountryTeacher (@HereticsStar) February 11, 2022
大変じゃないはずがない大改革を実現すべく、「修行僧」の如くストイックに立ち向かっていく小川さん。永田町でそうアダ名されているという小川さんの「人となり」を教えてくれるエピソードが第2章と第4章のルポにいくつも出てきます。例えば東京大学在籍中のこんなエピソード。
小川が選んだのは、川崎にある自動車工場だった。~中略~。鋳型から取り出したばかりの巨大なエンジンにこびりつく「バリ」と呼ばれる不純物を、防塵マスクをかぶって手作業で取り除くのが小川の仕事だった。吊るしてある数トンのエンジンを次々に掃除していくのだが、常に危険と隣り合わせの現場だった。工場長は作業中の怪我で指がなかった。ある日、その工場長に尋ねられた。
「君は東大生だろう。なんでこんなところで働いているんだ」
小川は馬鹿正直に答えた。
「将来、官僚になります。だから、今しかできない体験を積みたいと思いました」
工場長は半分呆れ、半分感心したような声でつぶやいた。
「君のお父さんは、立派な人なんだろうな」
小川さんが総理大臣になって、日本の大改革に成功したとしたら、30年後の道徳の教科書にはこのエピソードが載っているに違いありません。今しかできない体験を積むこと。積み続けること。「積小為大」という言葉を遺した二宮金次郎も政策の人でした。政策オタクの清貧代議士が本当に総理大臣になったらどうなるのか。
小川淳也伝/私が死んでも日本は残る。
読みたいな。