田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『決断する力』より。いつも心にチェ・ゲバラ。いつも心に猪瀬直樹。全国の小中学校の校長に届けたい。

 明治維新による日本の近代化、富国強兵や殖産興業というのは、国民国家としての強制力を伴う政策によって実現した事実がある。徴兵制も、国が国民に求める義務である。それまでは武士だけが戦闘要員だったのを、一般の国民まで対象を広げたのが徴兵制だ。
 ところが徴兵制では、国家に対する忠誠と親に対する孝行が対立してしまうジレンマに陥る。お国のために戦争に行く。しかし、そこで果てれば親不孝だ。まさに「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」という状況が発生してしまう。
(猪瀬直樹『決断する力』PHPビジネス新書、2012)

 

 こんばんは。昨夏、中国政府が「双減」政策を打ち出し話題となりました。簡単にいえば、宿題と学習塾を減らすという決断です。小学1・2年生に宿題を出してはいけない。小学3~6年生は1日60分で終わる量まで。それ以上の宿題は出してはいけない。学習塾は非営利とする。金儲けなんてもってのほか。倒産するも仕方なし。民主主義の日本ではNGですが、権威主義の中国ではOKというか、即断即決でそういうことができてしまいます。民主主義と権威主義のどちらが優れているかという文脈依存の話はさておき、

 

 なぜ宿題を減らすのか。
 なぜ学習塾を減らすのか。

 

 おそらくは《忠も孝もなくなってしまった》日本を反面教師にしたのでしょう。宿題をする、学習塾に通うといった個別・具体的な「私の営み」が、普遍的な「公の時間」を欠いたものになると、忠も孝もなくなり、教員採用試験の倍率が2倍を切る自治体が続出するような、ろくでもない社会になる。それがわかったというわけです。鈴木大裕さんが『崩壊するアメリカの公教育』の中で《真に理性的な社会では、我々の中で最も優秀な者が教師になり、それ以外の者は他の仕事で我慢せざるを得ないであろう》というリー・アイアコッカの言葉を引いていますが、ろくでもない社会というのは、つまりそういうことです。「私」ばかりで、「公」のことなど、誰も考えていない。だから教職がブラックなどと呼ばれて若者から敬遠されていることに誰も危機感を覚えない。崩壊する日本の公教育。

 

 誰が何を決断すればよいのか。

 

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 ポール・マッカートニーが我が子を敢えて公立の中学校に進学させたのも、上野千鶴子さんが東大の新入生にノブレス・オブリージュを説いたのも、そして猪瀬直樹さんが『公』というタイトルの本を書いたのも、中国政府と同じ危機感を覚えてのことでしょう。公にせよ忠にせよ孝にせよ、それらを欠いた「私」は1ミリも健康的ではありません。猪瀬さんのTwitterの名言をもじれば、

 

 責任感、使命感のない「私」は持続しないのである。

 

 

 猪瀬直樹さんの『決断する力』を再読しました。2011年の大震災後、東京都を陣頭指揮していた副知事の猪瀬さんが何を考え、どのように行動していたのかがよくわかる一冊です。猪瀬さんに都政に戻ってきてほしいと思える一冊でもあります。国内で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されてから今日で2年。オミクロン株によって第6波に突き進んでいる現在だからこそ、未曾有の事態に直面した過去を参照する必要があるのではないでしょうか。

 

 まえがきに続く目次は以下。

 

 Ⅰ 即断即決で立ち向かう
 Ⅱ ”想定外”をなくす思考と行動
 Ⅲ リスクをとって攻めに転じる

 

 第Ⅰ章~第Ⅲ章のところどころに「猪瀬直樹(@inosenaoki)Twitter名言集」が挟み込まれています。ソーシャルネットワーク(特にTwitter)を使った「情報収集・発信、即断即決 → 事後承認」というプロセスが「想定外」をなくすことに、そしてリスクをとって攻めに転じることに役立ったからでしょう。また、名言としてではなく、思考の足跡として、当時のつぶやきが種々引用されているところもこの本の魅力です。

 

 次の2つは名言集より。

 

 

 

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 現場を知らない本部の人達から、東京消防庁が現場で判断した方針を変更するよう度々要求された。

 

 第Ⅰ章「即断即決で立ち向かう」より。東京消防庁のハイパーレスキュー隊が原発事故の翌日に福島に向かうも、指揮命令系統が一元化されていないために、目の前の現実と中央からの指示の板挟みに遭って苦しんだという話です。中央というのは政府のこと。某大臣の「俺たちの指示に従えないのなら、お前らやめさせてやる」という発言もあったというのだからひどい話です。その昔、他県の教員採用試験を受けようと考えている旨、管理職に相談したところ、校長に「今すぐやめろ」と言われたことを思い出しました。ひどいなぁ。それはさておき、ポイントは、

 

 緊急時には現場の判断に委ねるということ。

 

 猪瀬さんは、それが《リーダーたる者の務め》と書いています。精神疾患を理由に毎年約5000人もの教員が休職し、人手不足に喘ぐ学校も「緊急時」です。苅谷剛彦さんも書いているように、現場からの帰納を大切にしてほしい。文部科学省や教育委員会が指示するのではなく、現場の判断に委ねてほしい。現場から届いた声をもとに466人の命を救った猪瀬さんのリーダーシップについては、以下のブログを参考にしてほしい。

 

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 あの戦争は、勝利という結論を見据えて米国と開戦したというよりも、結論を出せず、追いつめられてはじめてしまった戦争だ。リーダーが決断してはじめた戦争ではなかった。近衛文麿の後を継いだ総理大臣の東條英機は止めようとした。だが、止まらない。もう流れができてしまって、やむを得ず開戦に踏み切った。

 

 第Ⅱ章「”想定外”をなくす思考と行動」より。震災直後の現在進行形のエピソードをメインとした第Ⅰ章に続いて、第Ⅱ章では首都直下型地震発生時の予行演習など、未来進行形の危機管理にまつわるエピソード(首都圏で515万人の帰宅困難者が発生、ブラインドで行った防災訓練、等々)が中心となっています。

 

 不決断と空気。

 

 第Ⅱ章の後半に「歴史をさかのぼり、危機をとらえ直す」と題して、戦争の話と1000年前の津波の話が綴られています。不決断と空気というのは、太平洋戦争はこの2つの要因で始まったとする、猪瀬さんの十八番の主張です。

 

 決断する力がないと戦争になる。
 空気に従っていると戦争になる。

 

 ちょうど6年生の社会の授業で戦争の単元「長く続いた戦争と人々のくらし」を学習していたので、先日、子どもたちに上記の引用部分+α を伝えました。国語の授業でも「不決断と空気」の話をしました。こちらもちょうど鴻上尚史さんの「大切な人と深くつながるために」という説明文を学習していたからです。著書に『不死身の特攻兵』や『「空気」を読んでも従わない』がある鴻上さんは、猪瀬さんと同様に「空気」について一家言ある人として知られています。社会で戦争のことを学ぶ時期に、国語で鴻上さんの説明文を取り上げるなんて、もしかしたら教科書会社の誰かが猪瀬さんや鴻上さんのファンで、「不決断と空気」のことを子どもたちに教えてほしいと願っているのかもしれません。

 

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 2012年1月17日、東京電力は「自由化部門のお客様に対する電気料金の値上げについて」というプレスリリースで、企業向け電気料金の値上げを一方的に通告してきた。
 それに対して東京都は1月26日に「根拠不明の電力料金の一律値上げはおかしい」と緊急アピール。石原都知事名で文書を作成して、東電、原子力損害賠償支援機構、経済産業大臣の三者に申し入れた。

 

 第Ⅲ章「リスクをとって攻めに転じる」より。おかしいことはおかしいと言えるリーダー。ファクトとロジックでそれを言えるリーダー。第Ⅲ章には、世界の水道メジャーや東京メトロの監督庁である国土交通省、それから上記の引用に出てくる東京電力など、いわゆる「パワー」をもっている企業や省庁に対するリーダーの闘い方が書かれています。長いものには巻かれろの真逆をひた走る猪瀬さん。

 

 いつも心にチェ・ゲバラ。いつも心に猪瀬直樹。

 

 アナウンサーの安住紳一郎さんの最近の名言です。社会に流されるなということ。空気に従うなということ。全国の小中学校の校長にこの言葉を届けたい。そして教育委員会や家庭、地域に対して「おかしいことはおかしい」とはっきり言い、教員の労働環境(=子どもの学習環境)の改善に全力を尽くすと、そう決断してほしい。「私」ではなく、

 

「公」のため、「忠」のために。

 

 おやすみなさい。