日本だけが持つ「伝統」が、世界を迎えるホスピタリティの基礎をなすこと、そしてヨーロッパの近代化とまったく違うユニークな文化の魅力を十分に訴えたことで、世界が東京のユニークさに気づき、オリンピック・パラリンピック招致という結果に結びついたのではないだろうか。
僕は『ミカドの肖像』『土地の神話』『欲望のメディア』(いずれも小学館文庫)のいわゆる「ミカド三部作」を執筆した。この国の首都・東京の歴史を熟知している。過去を知ることで、未来に向かって適切な答えを導き出すことができたのだ。
(猪瀬直樹『勝ち抜く力 なぜ「チームニッポン」は五輪を招致できたのか』PHPビジネス新書、2014)
明けましておめでとうございます。年越し仕事をたくさん抱え、息切れしたまま新しい年を迎えてしまいました。この記事も元旦にアップしようと思っていたのに、気がつくともう1月2日。昨年の11月に民間臨調「モデルチェンジ日本」を立ち上げ、岸田首相らに直接もの申すなど、老黄忠よろしく相変わらず精力的に活動している猪瀬直樹さんを見習って、チームガッコウに貢献する「チカラ」を身につけたいところですが、なかなかうまくいきません。100年後も読み継がれているであろう「ミカド三部作」&「作家評伝三部作」を生んだ作家は、チームとして戦った経験を振り返って、どのようなチカラが役立ったと考えたのか。PHPビジネス新書「チカラ三部作」のひとつである『勝ち抜く力 なぜ「チームニッポン」は五輪を招致できたのか』を読んで、そのヒントを探ってみました。
ちなみに「チカラ三部作」(PHPビジネス新書)の残り2つは『解決する力』と『決断する力』です。別の機会に紹介します。
猪瀬直樹さんの『勝ち抜く力 なぜ「チームニッポン」は五輪を招致できたのか』を読みました。五輪誘致の舞台裏、東京と共に名乗りを上げたマドリードとイスタンブールとの抜きつ抜かれつのデッド・ヒートの舞台裏を描いた作品です。回転木馬のデッド・ヒートに勝るとも劣らず、
ドラマのようで、おもしろい。
ちなみに、この本が発売された翌日に猪瀬さんは都知事を辞任しています。かつて沢木耕太郎さんとの対談において《なにごとも発見にはアマチュア的発想が大事なんだものね》と語っていた猪瀬さん。辞任会見のときに口にした「政治家としてアマチュアだった」という言葉には、いろんな意味が含まれていたのだろうなと想像します。もしも東京の敵がいなければ、日本は猪瀬都政のなかで充分に平和だったのに。裁くなら東京の敵を裁け(!)。極東裁判のときに石原莞爾が述べたという《ペリーが来航しなければ、日本は鎖国のなかで充分に平和だったのに。裁くならペリーを裁け!》という言葉をもじれば、そう思います。教員には雑務ではなく授業準備をやっていてほしい、というのと同じように、政治家には権力闘争ではなく政策論争をやっていてほしい。そして、情報力、交渉力、プレゼン力、おもてなしの力を武器に日本に「まともさ」を誘致してほしい。
情報力、交渉力、プレゼン力、おもてなしの力というのは、『勝ち抜く力』の帯に書かれていた言葉です。ひとつひとつ見ていきましょう。あっ、その前に、目次は以下。
第一章 ロンドンの記者会見
第二章 IOC評価委員会の来日
第三章 ニューヨーク出張
第四章 サンクトペテルブルクスポーツアコード会議
第五章 ローザンヌテクニカルブリーフィング
第六章 ブエノスアイレスIOC総会
第七章 2020年に向けて新たなスタート
激務です。第五章には「妻・ゆり子のこと」という節があって、その項には「危篤状態となった妻」「突然の余命宣告」とあります。どれだけ大変だったことか。権力闘争なんてやっている時間は1秒たりともなかったことでしょう。だから隙を突かれて東京の敵にやられてしまった。メディアには想像力の欠片もなかった。同情するなら金をくれ、ではなく、批判するなら本を読め。ホント、残念です。
先ずは情報力。
まずは外務省が持っている情報、オリンピックを担当する文部科学省が持っている情報、パラリンピックを担当する厚生労働省が持っている情報、それからJOCが持っている情報、各競技団体が持っている情報、それに各IOC委員の動向や各国が何を必要としているか。縦割りを取り払って、すべての情報を共有することによって初めて有効な戦略が生み出せるようになる。
第二章より。猪瀬さんは『昭和16年夏の敗戦』と同じ轍は踏まないとして、五輪誘致を勝ち戦にするべく、ミカド(宮内庁)をもチームの一員に加え、情報を一元的に集約する「中枢」をつくります。バラバラではダメだということ。情報を共有できてこそ有効な戦略を考えられるということ。つまりは、チームの結束力によって勝敗は決まるということです。
情報力 ≒ 結束力
忙しすぎて結束するゆとりも情報を共有するゆとりもなく、学級ー学年ー学校ー教育委員会ー文部科学省と連なる縦割りを取り払うどころか、年末年始の仕事すら取り払うことができないようでは、日本の公教育の未来は真っ暗だということでもあります。
次に交渉力。これはプレゼン力とセットでしょうか。
言葉の力も日本は軽視している。英語力とは限らない。相手を説得するためのロジックがいる。陸上ハードルの為末大さんは自分の言葉でしっかり話ができる。いまそういう若い選手が増えてきた。いわずもがなの仲間内のコミュニケーションではなく、価値観の異なる相手と対話により問題を解決する言葉の技術である。
招致アンバサダーを務め、プレゼンテーションでも大活躍したフェンシングの太田雄貴選手も、言葉の力を身につけている。
第四章より。猪瀬さんの十八番の「言葉の力」です。公教育でいうところの「主体的・対話的で深い学び」にも欠かせない言葉の力。この言葉の力を軸に、チームニッポンは考えに考え抜かれたプレゼンテーションを重ね、招致への突破口を開いていきます。
英語が得意ではないという猪瀬さんは、マイケル・サンデルの『ハーバード白熱教室』と故スティーブ・ジョブズの振る舞いを参考にしたとのこと。何度もリハーサルを繰り返したとのこと。数字とユーモアで聴衆の心をつかんだとのこと。首長がスポーツを愛していることをPRすべく、ロンドンやローザンヌなど、行く先々でのジョギングを欠かさなかったとのこと。
準備が全て。
さらには《熾烈な招致レースの陰で、僕は挫けそうな心と戦っていた。四十七年間をともに過ごしてきた妻・ゆり子が危篤状態だったのだ》とのこと。
準備が全てということを考えると、子育てや介護をしながら週に二十数コマの授業をしている教員がメンタルをやられるのも無理はないなと思います。その数、年間およそ1万人。リハーサルを含め、45分の授業に対して与えられる授業準備の時間は、昨年10月1日に判決の出た埼玉公立小教員の残業代請求訴訟よると僅か「5分」でしかありません。いったいどんな価値観なのでしょうか。言葉の力(交渉力、プレゼン力)を磨いて、今年こそはこの社会問題(労働問題、人権問題)についての突破口を見つけたいところです。
最後におもてなしの力。これは冒頭の引用に集約されています。ホスピタリティを含め、日本だけが持つ「伝統」を語らせたら、そして首都・東京の歴史を語らせたら、作家・猪瀬直樹の右に出る者はいないでしょう。
今回のプレゼンテーションは、最後のブエノスアイレスの「おもてなし」まで僕のなかで自然に流れができあがった。作家として、日本人とは何か、東京とはどんな都市かをずっと考え続けてきた結果が実を結んだ。これまでの僕の人生は、このためにあったのかと思うぐらいの、これこそが東京の魅力と知ってもらうための、僕なりのやり方だった。
昨日、東京の実家に顔を出してきました。両親ともに猪瀬さんと(ほぼ)同じ世代なので、老いてますます盛ん路線を真似してほしいなと思います。猪瀬さん曰く、
若者に希望を創るのは、大人の義務である。
今年も、がんばろう。