田舎教師ときどき都会教師

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水野敬也 著『夢をかなえるゾウ3』より。夢をかなえることと、幸せになることは違う。

 ガネーシャの言う痛みが一体どんなものなのか明らかになってはいませんが、それは、あなたを不幸にしてしまうものかもしれません。
「夢をかなえることと、幸せになることは違う」
 これはよく言われる言葉ですが、ガネーシャは、「夢をかなえる」とは言っていますが「幸せにする」とは一言も言っていないのです。
(水野敬也『夢をかなえるゾウ3』文響社、2020)

 

 こんばんは。さすがはベストセラー作家の水野敬也さんです。ドリーム・ハラスメントにならないよう、しっかりと予防線を張っています。夢をかなえることと、幸せになることは違う。そのことがわからないと、読者は「夢からの疎外」と「夢への疎外」という「二重の疎外」に苦しむことになります。夢からの疎外というのは、夢がかなわないという状態。夢への疎外というのは、夢をかなえることと幸せになることを混同し、夢に閉ざされている状態のことです。

 

 シリーズ累計420万部突破。

 

 夢に閉ざされている読者がそれくらいいるということでしょう。まさかこんなにも売れるなんて。水野さんはそう思ったのかもしれません。だから予防線を張ったというわけです。

 

 夢をかなえることと、幸せになることは違う。

 

 でも、夢をかなえたいゾウ。

 

 

 水野敬也さんの『夢をかなえるゾウ3』を読みました。前々回の主人公は夢をなくした会社員の僕、前回の主人公は売れないお笑い芸人の僕、そして今回の主人公は夢をあきらめきれない女性社員の私です。男性から女性へ。ゾウの神様もその変化の波に乗って、メタボなガネーシャから筋骨隆々のブラックガネーシャへ。

 

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「あと、エジソンくんな。エジソンくんの工場では時間気にせんと働くために時計の針が外してあったんは有名な話やけど、『あの針取れや』言うたのワシやからな。今思たら、あれが『ブラック企業』の走りやったなぁ」
 そしてガネーシャはニヤリと笑って言った。
「ムンクくん叫ばせたんも、ワシやで」

 

 どこまでが本当でどこまでが作り話なのかがわからないところに今回もまた引き込まれます。主人公が女性になっても、ガネーシャがブラックガネーシャになっても、前作、前々作と同じように偉人のエピソードを引きつつ、主人公が夢をかなえるべくガネーシャの課題にチャレンジしていくという構造に変わりはありません。不易と流行。不易にあたるのが物語の類型でいうところの「人間が異世界に行って困難を乗り越え、変化成長して帰ってくる」であり、流行にあたるのが女性の主人公とブラックガネーシャ、それから日本古来の神様である稲荷の登場です。異世界というのはもちろん神々のいる空間のこと。

 

 インドの神様 VS 日本の神様

 

 これまたわかりやすい図式。前回の「2」では「お笑い対決」が物語を前に進めるエンジンとなっていました。今回の「3」では「ガネーシャ VS 稲荷」がエンジンになっているというわけです。ちなみに『夢をかなえるゾウ2』のことをブログに書いた際、ケンジさんという方から《夢をかなえるゾウは読んだことがなく、頭の悪い人が読む本に見えていましたが、夢じたいに対しても批判を向ける、そんな理性的な姿勢も持つ本だったとは知りませんでした》というコメントをいただきました。頭の悪い人~、というくだりに笑ってしまったのですが、おそらくは「わかりやすさ」がそういった印象を与えているのでしょう。いわゆる「わかりやすさの罪」です。

 

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 とはいえ、この「わかりやすさ」はそれほど単純なものではなく、おそらく著者の思惑は、永六輔さんいうところの「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」にあります。夢をかなえることの難しさを課題に分けることでやさしく、その課題に偉人のエピソードを加えることで深く、そしてムンクくんを叫ばせてしまうくらいの「面白さ」を基調にすることで読者を虜にしていく。その面白さには、前回の「2」と同様に「恋愛」も含まれています。学級づくりや授業づくりにも役立つ「思惑」ではないでしょうか。ガネーシャの教えでいうところの《うまくいっている人のやり方を調べる》です。

 

ウォルマートの創業者、サム・ウォルトンくんはな、小売店業を始めたときまず他の店がなんでうまくいってるのか徹底的に研究したんや。あの子はこう言うてるで。『私が自慢できることはただ一つ。アメリカ中のどの小売業の経営者より、私の方が多くの店を見学していることだ』
 うまくいっている会社のやり方を調べることで、ウォルトンくんはウォルマートを世界最大のスーパーマーケットにしたんやで。

 

 これは教員も同じです。例えば、教育実習生。全クラスを回って授業を参観し、うまくいっているクラスのやり方を調べることで、メキメキと力をつけていました。その実習生とも昨日でお別れ。約一ヶ月間、ワンオペから解放されて、本当に助かったなぁ。

 

 

 

 夢をかなえることと、幸せになることは違う。

 

 小学校の教員になるという夢をかなえることと、幸せになることは違います。その違いに拍車をかけているのがブラックな労働環境です。

 現場で働く先生たちの姿を見て、そしてパーシャルとはいえ、その労働の一部を体験したことで、そのことがよくわかったのでしょう。教職員への挨拶の場で「日本一の実習ができたと思います」と語った優秀な実習生は、ドリーム・ハラスメントの罠に陥ることなく、夢をいったん保留し、別の道を歩むことに決めたようです。

 

 セ・ラ・ヴィ。

 

 悲しい。