2022年9月に静岡県で発生した、台風の影響による豪雨災害では、市街地全体が大規模に水没するという、生成AIで作られたフェイク画像が広く出回り、人々を混乱させる事案が問題になりました。画像はフェイクだと、ほどなくして明らかになりますが、画像の作成者は「警鐘を鳴らすためにやった」とSNSで明かし、生成AIの課題を知らしめるための意図的な行為だったと説明しました。しかし、深刻な問題は、その後に起きます。
(堀潤『災害とデマ』集英社インターナショナル、2025)
こんにちは。堀潤さんのことを知ったのは、2023年2月9日です。その日、下北沢にある本屋B&Bで行われた、妹尾昌俊さんと工藤祥子さんの共著『先生を、死なせない。』の刊行記念の一環として行われたトークイベントに、スペシャルゲストとして招かれていたのが堀さんでした。そのときの話は、
以下のブログ(2023-2-12)に。
デマではありません。
本当に知らなかったんです。テレビをほとんど見ないために、堀さんのことを「どこかで目にしたことがあるかもしれない」程度にしか認識していませんでした。まさかもとNHKのリポーターだったなんて。有名人だったなんて。曰く「病院で取材をしていたときに次から次へと心身の不調を訴える教員がやってきてびっくりした」というようなエピソードを次から次へと語れるくらい学校現場のことをよく知っているジャーナリストだったなんて。それこそびっくりしました。
しかも、やさしい。
私の質問というか意見というか吐露に、真剣に応えてくれたんですよね。教員の精神疾患も児童・生徒の不登校も過去最多である学校現場は、いわば被災地のようなもの。堀さんは、被災地の「本当のSOS」を埋もれさせないよう、『先生を、死なせない。』って、奮闘してくれていたというわけです。おそらく、今もなお。
励みになります。
ありがとうございます!!!励みになります。
— 堀 潤 JUN HORI (@8bit_HORIJUN) April 27, 2025
やさしい。
堀潤さんの『災害とデマ』を読みました。SNSを使ったデマによって、冒頭の引用にあるように、深刻な問題が発生していますよ、という内容の本です。そしてそれはSNSに限らず、メディアを通してこれまでにも起こってきたことであり、何らかの策を講じなければ、これからも起こり続けますよ、という内容の本でもあります。
放送メディアは国家の宣伝機関として普及したのです。まさにプロパガンダの実行組織であり、権力の監視とは対極にある歴史があることを自覚しておかなければなりません。
目次は以下。
はじめに
第1章 能登半島地震でも起きた「偽SOS」
第2章 関東大震災のデマ、福島第一原発事故をめぐる検証
第3章 オープンジャーナリズムの時代の災害とメディア
第4章 デジタル時代の災害から学ぶべきこと
第5章 生成AIによる認知戦の時代――あなたの無自覚が兵器になる
おわりに
読みながら、猪瀬直樹さんの『救出 3.11気仙沼公民館に取り残された466人』を思い出していました。
以下は『救出 3.11気仙沼公民館に取り残された466人』に言及した、猪瀬さんの『公』より。
60歳の内海直子園長は、「火の海ダメかもがんばる」とガラ携でショートメールを打った。それがロンドンの30歳の息子に届いた。SNSには距離というものがない。
ロンドンの息子は文案を推敲して140字にまとめツイッターを打った。そのツイッターを見知らぬ零細企業の48歳の社長が気づき「行政のどこかへ届けば……」と@inosenaokiへ送った。たまたま僕が見つけた。針の穴を通すような奇跡の情報リレーだった。
デマの反対の「事実」とSNSの組み合わせが466人を助けたというエピソードです。SNSが多くの人を救出することもあれば、多くの人に危害を加えることもある。つまり、SNSは使いよう。
馬鹿と鋏は使いよう。
うん、ちょっと違うような気がします。もうひとつ、これも猪瀬さんの問題意識と似ているなと思ったことがあります。以下、第3章「オープンジャーナリズムの時代の災害とメディア」より。
社会に広く流布されるデマや誤情報をいかに速やかに検証し、訂正を伝えることができるのか。災害時は特に、デマや誤情報の迅速な排除や訂正が必要なことはこれまで述べてきたとおりです。
90年代に猪瀬さんが原作を執筆したマンガ『ラストニュース』(作画:弘兼憲史)も同様の問題提起をしていました。夜の11時59分から、訂正のニュースを流す。そうすることで、デマや誤情報による被害を最小限に食い止める。そういったメディアが本当にあれば、例えばルワンダの虐殺なんかも起きなかったかもしれません。猪瀬さんの都知事辞任もなかったかもしれません。ちなみに堀さんによると、ヨーロッパではSNS等におけるファクトチェックの機能が拡がっているそうです。理由はといえば、曰く《災害だけではなく戦争や紛争、テロ、選挙をはじめとしたさまざまな政治的なイベントではデマや誤情報が飛び交いやすく、それによってその国や地域の安定を大きく揺るがす事態や変更が2010年代以降、頻発しています》云々。ミクロには、小学校の職員室という小さな世界でも分断を促すようなデマや誤情報(陰口や噂話)が飛び交う世の中です。マクロには、生成AIによる認知戦の時代でもあります。令和の「ラストニュース」、今こそ必要なのではないでしょうか。
認知戦とは?
認知戦とは、SNSなどを用いて、人々の心理など「認知領域」に働きかけ、相手の行動様式を変えることで世論の誘導などを狙う「情報戦」のひとつ。情報通信技術の発展に伴い、ロシアなどの軍事大国が重視してきました。陸海空、宇宙やサイバーに次ぐ「第6の戦場」と呼ばれ、国家の安全保障に関わる防衛課題になっています。
第5章「生成AIによる認知戦の時代」より。ミクロからマクロまで。読み進めれば読み進めるほど、タイトルの『災害とデマ』から想像するよりもはるかに広く長い射程をもって書かれている本だということがわかります。ミクロについては、言い換えると「現場」については、堀さんが撮ったドキュメンタリー映画『変身ーMetamorphosis』の中核シーンに出てくるという次の台詞が印象に残りました。福島の原発作業員として働いていた林哲哉さんの言葉です。
実際に現場を見て状況がよくわかりました。作業員を都合良く使い捨てするように働かせていたら、誰も現場で働かなくなります。
引用の「作業員」のところを「教員」に置き換えても違和感は全くありません。実際に現場を見れば、「教員不足」の状況はよくわかります。原発の収束作業も、教育の影響も、これから先、長く長く続いていくのに。デマを広げないような「人」を、国語の教材のタイトルでいえば、想像力のスイッチを入れられる「人」を、事実と意見の区別がつく「人」を、全力で育てていかなければいけないのに。それなのに、教員不足だなんて。作業員も、被災者も、教員も、
死なせない。
異動して、環境が変わって、過去の風景が違うものに見えてきて、変わらないために変わり続けるという言葉をかみしめる。 pic.twitter.com/R3KKk2H0AO
— CountryTeacher (@HereticsStar) April 26, 2025
堀さんはまさに「変わらないために変わり続ける」人なのだろうなと思いました。NHKを辞めても、市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げても、堀さんは堀さんであり続ける。現場に足を運んで、本当のSOSを拾い、発信し続ける。そういう「人」が、一人でも多く、公教育を通して育っていく世の中になってほしい。
また、励みになりました。
ありがとうございます。