田舎教師ときどき都会教師

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小熊英二 著『インド日記 牛とコンピュータの国から』より。倍率は下がっているものの、教員になりたいと思っている人は意外と多い。

 値切るという行為は、いわばその行為を通して、「顔見知り」になる手間を支払うことであるともいえる。その手間を惜しむならば、金をよけいに払うか、毎日きて自然に顔見知りになって安くなるのを待つかという手順を踏むのだろう。貨幣はすべての価値を数字に換算する強力無比のコミュニケーション・メディアだが、人情や顔見知りといった他のコミュニケーション手段が、貨幣の威力の通用範囲をとどめているわけだ。「定価ですべてが買える世界」は、裏を返せば「たとえ顔見知りでもまけない世界」であり、「人情よりも金ですべてが計られる世界」でもある。
(小熊英二『インド日記 牛とコンピュータの国から』新曜社、2000)

 

 人情よりも金ですべてが計られる日本において、その労働環境が定額働かせ放題と揶揄されている「公立小学校教員」の採用試験の倍率がどんどん下がっているそうです。文部科学省の調査結果によると、2019年度は1991年度と並んで過去最低の倍率だったとのこと。これだけ倍率が下がると、教員の質も、それから試験問題の質も変わるのだろうなぁと思います。倍率が1倍台になると、いわゆる尖った人を探すための落とす試験ではなく、可もなく不可もない人を探すための落とさない試験に変わってしまいますから。

 ちなみに過去最高の倍率を記録したミレニアム前後、わたしが受験生だったときには、次のような試験問題が出ました。

 

 Q1 自動販売機についてどう思いますか?
 Q2「~みたいな」という言葉遣いについてどう思いますか?
 

 うろ覚えですが、それぞれ二次試験の集団面接のときの「Q」です。Q1は都会教師を募っている自治体で、Q2は田舎教師を募っている自治体で出題されました。みなさんだったら、どのような切り口で話し始めますか?

 

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自動販売機の代わりにおばちゃんがいる国、ベトナムはホイアンにて(01)

 

 Q1の自動販売機については、ベトナムでフォーを売っていたおばちゃんのことを引き合いにして、もしも自動販売機の代わりにジュース売りのおばちゃんが座っていたら、という切り口で話しました。

 

 日本  VS.ベトナム

 

 昨日のブログでいえば「交換価値」VS.「経験価値」、すなわち「貨幣という強力無比のコミュニケーション・メディアを要する自動販売機」VS.「人情や顔見知りというコミュニケーション手段を要するおばちゃん」という図式です。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 自動販売機の代わりにおばちゃんが座っていると、「値段をきく」&「値切る」という「人情」&「顔見知り」プロセスが自然と発生します。忙しいビジネスマンにとっては手間で面倒なことかもしれませんが、時間に追われていないバックパッカーにとっては、その「手間」こそが「経験価値」として輝き、多比(人生)を充実させます。「おばちゃん、このフォー、ベトナムで食べたフォーの中で一番おいしいかも」なんて口にしている時間のかけがえのなさといったらそれはもう、それこそ強力無比で、自動販売機が相手ではなかなか味わうことのできないナチュラルな喜びに包まれます。

 

 おばちゃんは、貨幣の威力の通用範囲をとどめている存在である!

 

 そんなふうに格好よく締めくくったかどうかは記憶にありませんが、今でもよく覚えているのは、隣に座っていた受験生の喋りです。隣の受験生(♂)曰く「僕がしゃべる自動販売機をつくります。約束します。しかもエコです」云々。続けて声色を変え、ロボット風の口調で「おい、そこの少年。今日はグレープが美味しいぞ」って、めちゃくちゃうけました。何の話だ、それ。

 

 わたしも隣の受験生も、合格。

 

 都会教師に求められるのは人情でしょ、みたいな。続けて「Q2」の「~みたいな」について。最初に面接官から「よい言葉だと思う」或いは「よい言葉だとは思わない」のどちらかの立場を選んだ上で、Aさんから順に意見を述べてください、と言われました。 

 

 受験生A「よい言葉ではありません。理由は~」
 受験生B「よい言葉ではありません。理由は~」
 受験生C「よい言葉ではありません。理由は~」
 受験生D「よい言葉ではありません。理由は~」
 受験生E「よい言葉ではありません。理由は~」
 受験生F「よい言葉です。理由は~」(←わたし)

 

 最後に順番が回ってきたわたし(=受験生F)にとっては、これ以上ない「おいしい展開」でした。倍率が10倍超という狭き門だったので、うまく目立つ必要があると考えていたからです。A~Eと逆のことを言うだけでOK、というお膳立て。田舎教師に求められるのは「よそ者、若者、ばか者」的な役割です。同調している場合ではありません。

 

 そんなわけで、合格。

 

 都会教師への道と、田舎教師への道の両方が開けました。選んだのはもちろん、田舎教師。都会教師には、いつでもなれそうな気がしたからです。当時の未来予想、200%くらい的中。

 

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 倍率は過去最低とはいえ、受験者数は倍率が過去最高だったときとほとんど変わっていないそうです。要するに、教員になりたい(!)と思っている人は、今も昔も、意外と多いということ。それはきっと、貨幣によるコミュニケーションよりも、人情や顔見知りといったコミュニケーションに価値を感じている大人が多いからだと思います。そしてこのこと(受験者数が変わっていないという事実)は、もしかしたら倍率の低下を理由に労働環境の改善を叫んでいるわたしたちにとっては、不都合な真実かもしれません。

 

 さて、そろそろサンタクロースの出番です。

 

 メリークリスマス🎵

  

 

インド日記―牛とコンピュータの国から

インド日記―牛とコンピュータの国から

  • 作者:小熊 英二
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 2000/07/01
  • メディア: 単行本