暑中休暇は徒に過ぎた。自己の才能に対する新しい試みも見事に失敗した。思いは燃えても筆はこれに伴わなかった。五日の後にはかれは断念して筆を捨てた。
(田山花袋『田舎教師』新潮文庫、1952)
こんばんは。田山花袋の小説『田舎教師』は、心ならずも寒村の小学校で働くことになった文学青年が、いわゆる青雲の志を抱きながらも、結局は教員生活に埋もれてゆく様を描いた作品です。吉本隆明さんが『近代日本文学の名作』で高く評価している、田山花袋の代表作。この小説に感化されて、まぁ、他にも理由はたくさんありますが、私は生まれ育った都会を離れ、田舎教師になりました。
2002年4月。
まだ倍率の高かった教員採用試験の狭き門をくぐり抜け、田舎教師に。赴任先は三陸海岸に面した漁村にある、東北の小さな小さな公立小学校です。瀬戸内海べりにある一寒村の小学校を舞台にした、壺井栄の『二十四の瞳』に負けずとも劣らない、たくさんの物語を与えてくれた初任校。今でも毎年欠かさずに訪れている、私にとっての第二の故郷です。
- プライベートビーチ付きのアパート
- 大家さんが振る舞ってくれる海の幸
- 月明かりと共に水平線を照らす漁火
- ときおり校庭に姿を見せるカモシカ
- 心でっかちな子どもたちと大人たち
- やがて師と仰ぐことになる指導教諭
- 牡蠣やホタテが食べ放題の校外学習
都会で生まれ育った私には、どれも新鮮で、ワクワクするようなことばかりでした。昨今よく耳にするブラックな毎日ではなく、村上春樹さんいうところの「常駐的旅行者」にでもなったかのようなカラフルな毎日。田山花袋は旅の概念を近代的なものにした作家としても知られていますが、なるほど確かに、と頷けます。
定住漂白。
さて、ここ数年、地方も都市も、教員採用試験の倍率が下がり続けています。3倍を切る自治体が増え、中には2倍を切るところもちらほらと。ブロガーのちきりんさんは「客を選べない仕事の不人気化」(2019.8.7)という記事の中で、公立小学校の先生をはじめとする「客を選別できない職場」を敬遠する動きは、これからさらに広がっていくだろうと予想しています。
私もそう思います。
しかし「田舎教師」と「都会教師」は選べます。田舎教師になって、落ち着いた環境の中で腕をみがいてから都会教師になることも、武者修行よろしく都会教師になった後に田舎教師になることも、或いは行ったり来たりすることもできます。欧米その他では一般的な「ジョブ型」のヨコの移動ってやつです。その都度試験を受け直さなければいけませんが、不人気化による教員採用試験の低倍率化を背景に、そんな遊動民のような働き方&生き方もできるようになっています。北は北海道から南は沖縄まで、よりどりみどり。海外の日本人学校だって可能かもしれません。いわば、レバレッジ・シリーズで知られる本田直之さんいうところの「ノマドライフ」。たった一度の人生です。席替えと同じで、いろいろなところを経験した方が、おもしろいこと間違いなし。
田舎教師ときどき都会教師。
教員になろうかどうか真剣に迷っているみなさん。特に20代かつ都会育ちで、田舎暮らしを経験したことないみなさん。田山花袋に倣って、まずは「田舎教師」という選択、
どうでしょうか?
おやすみなさい。