田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

妹尾昌俊 著『教師崩壊』より。生存者に告ぐ、ティーチャーズ・クライシスを回避せよ。

 横浜市立小中学校への調査(N=521)によると、教師の1ヶ月当たりの読書冊数は、0冊が32.4%、1冊が33.6%、2冊が16.1%です。3冊以上は2割もいません。
 この結果が多忙のせいかどうかの検証はできていませんが、とても熱心に学び続けているとは言えない人が大半と言えそうです。
(妹尾昌俊『教師崩壊 先生の数が足りない、質も危ない』PHP新書、2020)

 

 こんにちは。ときは戦時下、数多の爆撃機が離着陸を繰り返していた時代。海軍分析センターの研究者らは、任務から戻った爆撃機を徹底的に調べ、最も損傷が多かった部位(下の図の赤丸)に装甲を施すよう推奨します。そこに待ったをかけたのが統計学者のエイブラハム・ウォールドです。

 

 ちょっと待った!

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生存バイアスの例/Suvivorship-bias © McGeddon(Licensed under CC BY 4.0)より引用

 

 2年前の5月に、東京大学の講堂でこの話を聞きました。教えてくれたのは妹尾昌俊さんです。なぜエイブラハム・ウォールドは待ったをかけたのか。研究者らが推奨した提案には、いわゆる「生存バイアス」が隠れていたからです。帰還した爆撃機は致命的な損傷を受けなかった。だから戻ってくることができた。死ぬこと以外はかすり傷。かすり傷に装甲を施したところで仕方がない。手当てすべきは、致命傷になったであろう、赤丸以外のところ。さすが統計学者です。

 

 妹尾さんも、さすがです。

 

 学校に置き換えれば、徹底的に話を聞かなければいけないのは、生存者であるバリバリの先生たちや、同じく生存者である教委や管理職ではなく、続けたかったのに辞めてしまった先生たちではないか。復帰したくても復帰できない先生たちではないか。或いは、退職経験が複数回あるわたしではないか。そういった話になります。教育研究家、学校業務改善アドバイザーとして知られる妹尾さんならではの視点です。エイブラハム・ウォールドもびっくり。

 

 

 妹尾昌俊さんの新刊『教師崩壊  先生の数が足りない、質も危ない』を読みました。途中、《こういうつらい話が続くと、本書を閉じてしまう人も多いかもしれませんが、あと少しだけ紹介します》とあるように、閉じてしまいたくなるくらいにしんどいエピソードが詰まった一冊です。データも然り、ファクトも然り。川上亮一さんの『学校崩壊』に続く、約20年後の『教師崩壊』。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」と違って、ティーチャーズ・クライシスに伴う「崩れ落ちる教師」は、誰にでも起こり得る現実です。 

 

 ティーチャーズ・クライシス。

 

 妹尾さんは、教師崩壊の危機を「ティーチャーズ・クライシス」と名付けて、次の5つに分類して解説しています。

 

 クライシス1 教師が足りない
 クライシス2 教育の質が危ない
 クライシス3 失われる先生の命
 クライシス4 学びを放棄する教師たち
 クライシス5 信頼されない教師たち

 

クライシス1 教師が足りない

  自治体によって差はありますが、教師、足りていません。以前に務めていた自治体の小学校では、メンタルをやられた先生の代替が70代のおじいちゃん先生でした。もと校長先生です。その翌年も同じような展開(別の先生がメンタルをやられました)になって、またそのおじいちゃん先生に白羽の矢を立てて電話したところ、入院中で却下されました。そんな日常です。

 次女が小学校の3年生だったときには、わたし「担任の先生は誰だった?」、次女「副校長先生だった!」という会話が4月の始業式の日の夜に交わされました。いったいどうなっているのでしょうか。

 

 倍率の低下という結果、表層にだけ注目するのではなく、正確には、優秀な人材の応募が減っていること、採用増でかつては採用していなかったレベルの人材を採用せざるを得なくなっていることを問題と考えるべきです。

 

 採用試験の面接官をすると皮膚感覚でわかります。二次試験の集団面接。8人の中から2人選んでいた時代と、教師が足りないという理由で6人選ばなければいけない時代とでは、そりゃ、違うでしょう。かつては採用していなかったレベルの人材を採用せざるを得ないのも仕方ありません。


クライシス2 教育の質が危ない

 先生の悩み第1位は何でしょうか。そうです、授業準備の時間がないことです。仕込みゼロでラーメンを提供すれば、やがて客足は途絶えるでしょう。皿を洗う時間もないため、衛生的にもどうかと思います。不幸なのは、仕込みゼロ&不衛生でも客足が途絶えないこと。不味いラーメンを出し続ける教師と、それを食べ続ける子どもという構図です。

 しかしもちろん、そこは真面目な教師。不味いなりにも工夫して、なんとか味を調えようとしますが、如何せん、時代遅れなんです。教師が知っている味の旧いこと旧いこと。チャルメラと同じくらいに旧い(チャルメラは美味い)。日本の教育は30年以上前から変わっていないようで、各種データを紐解いていくと、妹尾さん曰く《どうも日本の教育が「ガラパゴス化している」可能性が高い》とのこと。

 

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密です(ガラパゴス)

 

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 世界一教育にカネをかけない国、ニッポン。世界一教員の労働時間が長い国、ニッポン。ガラパゴス化するのも当然です。教師が学べないから、子どもも学べない。授業の準備はできなくても、教室はコントロールしていかなければいけないから、思考力や創造力を育てることよりも、従順な羊を育てることに意識が向いてしまう。「世界一学ばない大人たちを生んだ日本の教育」と揶揄されても仕方がありません。コロナ禍を転じて福となす。期待できるとすれば、それくらいでしょうか。

 

クライシス3 失われる先生の命

 冒頭の扉ページに、死と隣り合わせの学校現場、とあります。以前務めていた学校で、初任の先生がメンタルをやられ、3ヶ月で辞めてしまったことがありました。国立の大学院を出ていて、民間経験もある先生です。放置具合が民間ではあり得ないとよく話していました。 死と隣り合わせの学校現場なだけに、私も含め、みんな自分の命(或いは生活、家族)を守るので精一杯なんですよね。新任のフォローをしている余裕がない。でも、その先生に関しては、命が失われなかっただけよかったのかもしれません。この章に出てくる事例を読んでいると、そんな気分になります。

 

 教え子を戦場に送るな。

 

 死と隣り合わせの学校現場に感染症対策も加わる中、教え子に「先生になりたい」と言われると、嬉しさよりも申し訳なさのようなものが先行してしまいます。先日、教え子から相談を受けたという話をブログに書きましたが、この『教師崩壊』を読んでもう一度考えてみるといいよって、そう伝えようかなと思います。まぁ、以前から書いているように、最初の一歩は田舎教師がお勧めなのですが。いきいきとした生と隣り合わせの学校現場が、そこにある(かもしれない)。

 

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クライシス4 学びを放棄する教師たち

 冒頭の引用はこのクライシス4の章から引っ張ってきました。本くらい読もうよ。でも本を読む時間もないよね。6時間睡眠すらキープできないんだからね。月に80時間残業して、それでも授業準備ができなくて、子育てをして家事をして読書もしろって、それは密です。無理ゲーです。何かの罰ゲームですか。レバレッジシリーズで知られる本田直之さんは《本を読む時間がないのではない。本を読まないから時間がないのだ。》と言っていますが、実際問題として《教師の4割は月1冊も本を読まない》って、ゲームオーバーかよ。

 

 生まれてから一度も本を読んだことがない。

 

 そう豪語する先生と同じ学年を組んだこともあります。もしかしたらギネスブックに登録されているかもしれません。本を読まない代わりに「人、旅」を大事にしていたので、そしてイケメンでさわやかでママ受けがよかったので、その先生はそれなりにうまく生存していましたが。

 学びを放棄しないために大事なのは「人、本、旅」です。《人は3つのことから学ぶ》。出口治明さんの言葉を引いて、この章にもそう書かれています。コロナ禍で「人、旅」が難しい状況なので、その先生も人生初の読書にチャレンジしたかもしれません。

 

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クライシス5 信頼されない教師たち

 信頼されない教師たちといえば、神戸市立須磨小学校の教員間暴力問題、別名「激辛カレー事件」が典型でしょうか。6年生の国語の教科書に載っていた重松清さんの「カレーライス」も、その煽りを受け、5年生の教科書へと格下げになってしまいました。とばっちりを食うとはこのことです。嘘です。

 

 当たり外れ。

 

 ほんと、当たり外れがあるんです。教員志望の教え子にも話しましたが、知り合いが須磨小学校の近くの小学校に勤めていて、天国のような職員室と話していました。管理職もよし、同僚もよし、子どももよし、保護者もよし。三方よしどころか四方よし。運動会のBGMでいうところの「天国と地獄」です。でも天国は報道されないから、どうしても地獄寄りの報道を通して教師の信用や信頼が失われがちです。クライシス1~4も含めて、さて、どうしたことやら。

 

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 クライシス1~5を受けて、第6章「教師崩壊を食い止めろ!」にティーチャーズ・クライシスの打開策が載っています。それぞれが複雑に絡み合っている5つのクライシスについて、生存バイアスに陥ることなく、ひとつひとつ、丁寧に考えられたアイデア。打開案のそれぞれに共通するのは長時間労働の是正です。学校に限らず、それは社会全体でも一丁目一番地の課題のはず。ずっとずっと課題だったはず。学校の再開は楽しみではあるものの、今の今も「自粛ロス」に襲われているのは、この長時間労働が原因に違いありません。

 

 日本はフィンランドやドイツのように、ある程度、授業を減らしつつ、一定の学力を付けていくことを目指したほうがよいのではないか、というのが本書の提案です。

 

 生存者に告ぐ。
 

 授業、減らせ。 

 

 

学校崩壊

学校崩壊

  • 作者:河上 亮一
  • 発売日: 1999/02/01
  • メディア: 単行本
 
レバレッジ・リーディング

レバレッジ・リーディング

  • 作者:本田 直之
  • 発売日: 2006/12/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)