田舎教師ときどき都会教師

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朱野帰子 著『わたし、定時で帰ります。2』より。余裕がないと、子どものSOSを聞き逃す。

「あれ以来、僕は自分を信じていない。心の弱い人間だ。いつかまた同じことをやるんじゃないかと怖いんだ。だから、ちょうどあの頃、面接にやって来て、まだ働いたこともないくせに、定時で帰る会社を作りたい、と言ってのけた君を雇ったんだ」
 そう話す灰原の顔には重圧に耐える苦しさが浮かんでいる。
「君のような面倒な社員がいる限り、僕はこう考えざるを得なくなる。定時後の時間は社員のものだ。そして、彼らの権利を守るために頭を使わなければならない。どうすれば最も効率よく利益を出すことができるか」
(朱野帰子『わたし、定時で帰ります。2』新潮文庫、2019)

 

 こんにちは。先日、朱野帰子さんの『わたし、定時で帰ります。』の感想をブログに書いてツイートしたところ、朱野さんがリツイート&おそらくはそのブログへのコメントを書き込んでくださり、小躍りです。その内容がまた、嬉しい。東山結衣が《管理職の広告塔》だとすれば、朱野さんご夫婦は《保護者の広告塔》です。結衣のようなタイプの管理職がスタンダードになれば、そして朱野さんご夫婦のようなタイプの保護者がスタンダードになれば、灰原社長が結衣に言ったように《ゲームチェンジは必ず起きる》と思えてきます。

 

 教員を大切にできた国だけが生き残るんだ。

 

 

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 ゲームチェンジが起きれば、公立の学校現場は労務管理の無法地帯だ(!)なんて揶揄されることもなくなり、過去最低に落ち込んだ教員採用試験の倍率も回復するでしょう。過去最多を記録した、精神疾患を理由に退職した教員の数も、減少するかもしれません。

 

 

 朱野帰子さんの『わたし、定時で帰ります。2』を読みました。サブタイトルは「打倒!パワハラ企業編」です。

 

 前作は「定時の女王 VS. ブラック上司」。
 今回は「定時の女王 VS. パワハラ企業」。

 

 管理職(サブマネージャー)になった結衣が、フォースという体育会系のパワハラ企業と対峙するというのがストーリーの柱です。今回もまた、学校現場をまともにしていくためのヒントをたくさん発見することができたので、小説の魅力と合わせて、以下にいくつか紹介します。

 

 しかし昨年末、ある社員が ―― 他でもない結衣のことだが ―― 過労で倒れた。事態を重く見た灰原は、新たに「残業時間、月二十時間以内」という目標を掲げ、さらなる働き方改革を推し進めようとしている。

 

 結衣が倒れたのは ――前作のことですが―― ブラック上司が原因です。それから「さらなる」働き方改革とあるのは、過去にも同じようなことがあったということです。なぜ同じことが繰り返されるのか。それは、放っておいたら会社が「株主に怒られないように」最適化してしまうからでしょう。学校が「保護者に怒られないように」最適化してどんどん忙しくなっていくのと同じです。だから歯止めが必要になります。

 

 歯止め ≒ 定時の女王

 

 株主や株主の心証をよくしたい役員は、いわゆる「裁量労働制」を灰原社長に求めます。冒頭の引用に《そう話す灰原の顔には重圧に耐える苦しさが浮かんでいる》とあるのは、そういうことです。

 定時の女王がパワハラ企業に勝てば、灰原社長の掲げる「残業時間、月二十時間以内」という目標に向かってさらなる働き方改革を推し進めることができる。でも、もしも結衣が負けたら、労働時間は個人の裁量に任せ、残業手当は出さないという、学校現場のデフォルトでいうところの「定額働かせ放題」にシフトしてしまう。やがては学校現場と同じように残業手当どころか残業代そのものもゼロになってしまうかもしれない。

 

 

 定時に帰れると言われて入社したのに、裁量労働制になりましたと告げられる。学生たちからしたら詐欺もいいところではないか。

 

 やりがいアピール等々、詐欺が横行している学校現場にフォースのご加護があらんことを。否、フォースはNGでした。詐欺を働かないためにも、定時になったら働かないためにも、新人に残業をさせたりしないためにも、結衣は体育会系パワハラ企業のフォースに勝たなければいけません。それにしても、結衣曰く《人事部に新人の残業は六月まで厳禁だと言われている》って、素晴らしいな。初任に残業をさせない小学校なんて、全国に1校たりとも存在しないだろうな。民間と学校との大きな違いだな。

  

「でも、違っているからこそ、共に働く相手に選んでいただきたいのです」
「でも、うちの下請けになりたいなら――」と言いかけた「マウンティング」に結衣は言った。
「弊社は下請けになりたいとは思っていません。御社のパートナー会社になりたいと思っています」
「パートナー?」と、「トランス」の声が裏返る。脳がうまく読みこめないらしい。

 

 元請けは上、下請けは下。男は上、女は下。保護者は上、或いは下、教員は下、或いは上。前時代的で《江戸時代のような封建主義がまかりとおっている》フォースに対して、結衣は対等な関係を結ぼうとします。ブロガーのちきりんさんが「両者で共に創出した価値を分け合う共同プロジェクト型の取引」を勧める所以です。元請けも下請けも、男も女も、保護者も教員も、

 

 パートナーたれ。

 

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 どんな新人にも親がいる。会社でうまくやっているのか、酷い目に遭っていないかと心配する家族がいる。大事な新人たちを預かる責任は重い。
 それでも、人を育てるっていいものだな。軽い足取りで、結衣は実家への帰途を辿った。

 

 本筋の「定時の女王 VS. パワハラ企業」も魅せまくりますが、サブマネジャー(管理職)という立場で新人教育にあたる結衣と、個性豊かな新人たちとのやりとりも「2」の魅力です。中原淳さんの本のタイトルを借りれば「駆け出しマネジャーの成長論」となるでしょうか。

 

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 駆け出しマネジャーの結衣は、遅刻しがちな新人・甘露寺勝に毎日モーニングコールをしたり、コンパニオンみたいな新人・桜宮彩奈に苛立ったり、自分では何も決められない新人・野沢花の母親に《「そういうお母さんの思いが、娘さんを苦しめているように私には見えます」》なんて、担任でもなかなか言えないようなことをズバッと言ったり、定時におさめるのは至難の業というかモーニングコールをしている時点でアウトだろうというような活躍をみせます。前作に登場した来栖泰斗や吾妻徹などの濃いメンバーも健在で、折れないように自分を維持しながら何とかチームをまとめていこうとする結衣の姿に、職業病でしょうか、学級担任や学年主任の姿を重ねてしまって、ウルッ。

 

 あの時の結衣は、福永によって長時間労働に巻きこまれた直後だった。巧に浮気され、晃太郎ともうまくいかず、心に余裕がなかった。そのままフォースの案件に突入した。その後、押田から幾度となくハラスメントを受け、余裕はますます失われていった。だが大丈夫だと言い続けた。
 その結果、桜宮が助けを求める声を自分は聞き逃したのだ。

 

 教員あるあるです。余裕がないと、子どものSOSを聞き逃してしまいます。初任に限らず、苦しんでいる同僚のSOSも聞き逃してしまいます。だからこそ「わたし、定時で帰ります。」って、よい。ついでにいうと、前作に続いて「定時の女王 VS. 仕事中毒の元婚約者」という色恋があって、しかも佳境に入って、よい。さらに、前作のインパール作戦に続いて「定時の女王 VS. 忠臣蔵」という歴史との絡みもあって、よい。 

  

 白眉は、これ。

 

 だが、結衣は胸がいっぱいだった。甘露寺を見つめる。新人たちを頑張って育てていたつもりだった。
(でも、彼の言う通り、育てられていたのは私だったんだ)
 彼らがいなかったら、フォースに対等な関係を主張することもなかった。

 

 その通り、子どもたちや初任の先生に育てられていたのは私です。これ以外にも《「ほら、その、なんだ、あれの時・・・・・・蹴ってたじゃん。ベッドの脇の壁を」》というクライマックス的な白眉候補もあったのですが、これはぜひ読んでから味わってほしいなと思います。ホント、うまいなぁ。

 

 大人気お仕事小説「わた定」シリーズ。

 

 次は「ライジング」を読みます。