田舎教師ときどき都会教師

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朱野帰子 著『わたし、定時で帰ります。3』より。100年前に闘ってくれた労働者に申し訳ない。

「残業時間は月20時間まで。超過はダメですよー。東山さんの評価に響いちゃうので。」
(朱野帰子『わたし、定時で帰ります。3』新潮文庫、2023)

 

 こんばんは。これですよ、これ。職員室でも聞きたい台詞は。引用の《東山さん》は管理職です。だからこの台詞を東山結衣が勤務するネットヒーローズ株式会社ではなく、私たち教員が勤務する公立義務教育学校のそれに変換すると、「残業時間は月45時間まで。超過はダメですよー。〇〇校長の評価に響いちゃうので。」となります。〇〇校長のところは、〇〇副校長或いは〇〇教頭でも、〇〇主幹教諭でも構いません。いずれにせよ、管理職の評価と教職員の残業時間をリンクさせない限り、学校が担う業務や行事の精選なんて、

 

 絵に描いた餅。

 

 悪化の一途をたどる「教員不足」がそのことを物語っています。そもそも現行の教職員給与特別措置法(給特法)では教員に時間外手当の支給を認めていないのに、国がいう「残業は月45時間まで」って、いったい、

 

 何なんだ?

 

 賃金が発生しない以上、それは「残業」ではありません。単なる「ボランティア」です。憲法9条でいうところの「軍隊」ではなく「自衛隊」と同じロジックといえるのではないでしょうか。

 

 

 わざと非効率に働いて残業代を得る振る舞いを「生活残業」というそうです。知りませんでした。部下の「生活残業」に手を焼いた東山さんが、それをやめさせるために「賃上げ闘争」を始めるというのが、今回紹介する朱野帰子さんの『わたし、定時で帰ります。3』のプロットなのですが、もしもネットヒーローズ株式会社に残業代ゼロの「給特法」が適用されたとしたら、それこそ、

 

 お話にならない。

 

 

 朱野帰子さんの『わたし、定時で帰ります。3』を読みました。サブタイトルは「仁義なき賃上げ闘争編」です。前作、そして前々作と同じように、今回もまた、教員不足を解消するためのヒントをたくさん発見することができたので、小説の魅力と合わせて、以下にいくつか紹介します。

 

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 先ずはこれ。

 

「なぜ」口が動いている。「なぜみんな仕事を楽にしようとしない
 その言葉が結衣の胸にすっと入る。なぜだろうね、とつぶやく。
「なんでみんな疲れる方へ行こうとするんだろうね」

 

 なぜでしょうか。なぜ法的義務のない通知表なんてつくるのでしょうか。なぜ研究発表なんてしようとするのでしょうか。なぜ学期末のこのクソ忙しいときに、明日の授業準備すらままならない若手に忘年会の準備なんてさせるのでしょうか。もしかしたら1920年に起きた八幡製鉄所の労働争議のことを、もう誰も知らないのかもしれません。ストライキを起こした労働者たちの労働時間は、

 

 1日12時間。

 

 私たち教員とほとんど変わりません。2023年、つまり100年以上経っても進歩がないということです。

 

『八幡製鉄所の労働争議に加わった労働者たちが製鉄所に求めたのは、8時間労働制の導入と、賃上げだった。2万5千人がストライキに入ったことで、19年間燃え続けてきた八幡製鉄所の溶鉱炉の火は消えた』

 

 前作は忠臣蔵でした。前々作はインパール作戦でした。そして今回は、八幡製鉄所や雨宮製糸工場を舞台とした、

 

 労働争議。

 

 物語に歴史が織り込まれることで、朱野さんのシリーズ『わたし、定時で帰ります。』は、「働き方改革」の人類史に残る金字塔的な作品としての色合いを帯びていきます。

 

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「それもどうかな。会社っていうのは君が思っているよりもずっと複雑なんだ。ビジネスのために動いているようでいて実は感情に振り回されてる。そういう人間の集まりなんだ」

 

 学校もそうですよね。子どものために動いているようでいて実は感情に振り回されてる。そういう人間の集まりなんだって、特に何年も同じ学校で働いていると、人間関係のイヤな部分であったり、社内政治であったり、見たくないものが見えてきて、ますます定時で帰りたくなる。

 

 で、忘年会にも行きたくなくなる。

 

 懇親会なんか断わればよかった。二人だけで飲みに行けばよかった。仕事と関係ない話をたくさんすればよかった。愚痴を吐ける時間を作るべきだった。

 

 歴史と同じように、今回もまた、東山結衣と種田晃太郎の恋愛が物語の中に織り込まれています。巻末に収録されている、番外編の「種田晃太郎の休日」にて、東山さん曰く《晃太郎の好きなことしてあげようと思ったんだけどな》云々。エロいなぁ。どんなことなのかはご想像にお任せします。

 

 最後は真面目に。

 

「あなたたちが百年以上も前に闘ってくれたから私は定時で帰れる」

 

「えっ、過労死レベルの労働?」「えっ、残業代ゼロ?」「えっ、ストライキ禁止?」。ほんと、100年前の八幡製鉄所のみなさんに申し訳ない。

 

 明日は、定時で帰りたい。

 

 おやすみなさい。