田舎教師ときどき都会教師

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朱野帰子 著『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』より。科学オタと定時オタ。世界を救うのは「オタ」かもしれない。

「企業の役職者には統計の知識がない人が多いですから、部下がだしてきた一番いい結果のグラフを見て、満足して終わりなんです。この商品は売れないだろうなんてデータ、社内の誰も知りたくないですしね」
「でもそれって何のためにやってるかわからないよね。客観的に見えるけど、おそろしく主観的」
「そうですよ。まさに似非科学の手法そのものです」
 賢児は吐き捨てるようにいった。
(朱野帰子『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』文春文庫、2019)

 

 おはようございます。似非科学といえば、マイナスイオンはもちろんのこと、小学校で行われている「研究」もその類いに入るような気がします。仮説を立てたりアンケートをとったりして客観的に見せようとはしているものの、おそろしく主観的。工学部卒の私には耐えがたいものがあります。もしも科学オタの羽嶋賢児が小学校の教員になったら、マイナスイオンの部署に異動するくらいの「島流し」感を覚えるのではないでしょうか。

 

 

 朱野帰子さんの『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』を読みました。科学オタがマイナスイオンの部署に異動するというのは、要するに朱野さんの代表作『わたし、定時で帰ります。』でいうところの定時オタ(定時の女王)が研究指定を受けている小学校に異動するようなものです。研究指定校は忙しい。そんなところに異動させられたらどうなるか。賢児の上司にあたる桜川誠一の言葉を借りれば《自分の一番大事なものをズタズタに切り裂かなきゃいけないことだってある》となります。定時オタが似非研究のために残業しなきゃいけないことだってある。科学オタが似非科学を謳った商品を売らなきゃいけないことだってある。

 

 桜川曰く「そうだろ?」

 

 そうじゃない。定時オタの《わたし、定時で帰ります》という信念があれば、研究指定校だって残業せずに帰ることができる。科学オタの《僕は科学を信じています》という信念があれば、マイナスイオンの部署だって科学をベースにした商品に切り替えることができる。

 とはいえ、どちらもその信念の強さ故に職場に軋轢を生むことになります。信念と軋轢が織りなす労働小説。それが『わたし、定時で帰ります。』であり、この『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』であるというわけです。

 

 結局、人。やっぱり、働き方。

 

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 賢児は、信念を曲げることなく、マイナスイオンに代表される似非科学に打ち勝つことができるのか。そして、そんな賢児を水と油の部署に異動させた桜川の本心やいかに?

 

 なぜ科学オタを似非科学の部署に配属したのか。

 

 タイトルが促す問いです。答えは「島流し」でしょうか。否。なぜに対する答えは、ネタバレになりますが、上司の桜川が賢児に期待したから(たぶん)。期待のベクトルは、『わたし、定時で帰ります。』に登場する社長の灰原が、定時の女王こと東山結衣に期待していたそれと同じです。信念をもった社員と、その信念が生み出す軋轢によって会社の未来を切り拓く上司という構図。労働小説のメインプロットを支える構図として秀逸だなぁと思います。

 

 サブプロットも秀逸。

  

 譲だ。蓼科譲。
 ふいに泣きそうになった。ローブをひるがえしているわけではない。白衣も着ていない。ぱっと見、どこにでもいそうな若者。でもあれは賢者だ。一人前の賢者がそこに立っていた。

 

 私も読んでいてふいに泣きそうになりました。これまたネタバレになりますが、小学生のときの親友、蓼科譲との再会の場面です。賢者っていうのはドラクエⅢに出てくる賢者のこと。ドラクエⅢ世代としてはこれだけでもうスイッチが入ります。深夜に買いに行って警察に呼び止められたなぁ。懐かしいなぁ。遊び人だと思われたのかなぁ。ちなみに遊び人が賢者になれるっていうドラクエⅢの設定は今考えると深いなぁ。

 長い年月を経て、譲は賢児にとっての賢者、すなわち科学者の卵となり、賢者になれなかった賢児は商人、すなわち大手電機メーカー柴田電器の社員となります。賢児が科学オタになったのは、譲の存在があってのこと。二人のような関係性を築いている子、クラスにいるかなぁ。いずれにせよ、再会に至るストーリーが泣きそうになるくらい、よい。賢児と譲は31歳。当然、大人として、それなりの苦労を重ねています。

 

 例えば、これ。

 

「それにさ、賢児は知らないかもしれないけど、科学論文の捏造なんてよくあることなんだよ。もっと悪質なケースだってたくさんある。またか、っていうのが正直なところだよ。今回は研究者が若い女性だってところに、たまたまマスコミが面白がって食いついただけだろ? だから馬鹿みたいだよ。こんなことくらいであんなに騒ぐなんて」

 

 石の研究をしている、賢者こと譲の台詞。ドラクエⅢに続いて、今度はリケジョの星です。STAP細胞です。大人の世界って汚れているなぁ。だからやっぱり、汚れないためには、或いは汚れの存在を明らかにするためには、「オタ」と呼ばれるくらいの信念が必要なのでしょう。

 

 母にも負けず、
 姉にも負けず、


 会社の同僚にも負けず、科学オタの賢児は信念を貫きます。母も姉も同僚も「未開人」。似非科学商品やら似非科学情報やらに踊らされてしまう人のことを、賢児は「怒り」をもってそう呼びます。石っこ賢さんと呼ばれた宮沢賢治との違いはそういったところでしょうか。

 

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 読後、週末にでも「実家に足を運ぼうかな」と思いました。賢児と譲の影響です。小学生の頃によく遊んでいた場所に行って、あの頃を思い出せば、初心に帰ることができるかもしれません。汚れを落とすこともできるかもしれません。信念をもって2学期を迎えることができるように、

 

 わたし、実家に帰ります。

 

 行ってきます。