田舎教師ときどき都会教師

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門井慶喜 著『銀河鉄道の父』より。厳しさと過保護の間で揺れ動く現代のお父さん。身につまされます。

 もっとも多かったころは九人いたのだ。家族の数が半分以下になると、時の経つ速さは倍以上になる。そのことを政次郎ははじめて知った。
 或る朝。
 シゲとクニが学校へ行ってしまうと、がらんとした座敷に立って、
(あ)
 心が、棒のように倒れた。
 倒れる音まで聞こえたような気がした。
(門井慶喜『銀河鉄道の父』講談社文庫、2020)

 

 こんにちは。週に一度、安否確認を兼ねて子どもたちの家に電話をしています。40人学級なので、ひとり3分としても2時間。5分だと3時間以上。ドブ板選挙のようで正直しんどいのですが、自治体で決まっていることなので仕方がありません。決して瞋ラズ、イツモ飛沫に気をつけながらシヅカニ話しています。令和の時代に電話かよって思っている保護者も多いだろうなぁ。

 

「あっ、代わります。」

 

 家電にパパが出たときの反応です。趣旨は児童の安否確認。だから子どもに代わるのはOKだと思います。でも、間髪入れずにママにバトンタッチするのはNGなのではないでしょうか。わたしが嫌われているという可能性も拭えませんが、令和の時代にワンオペかよって思ってしまいます。代わらなくていい。銀河鉄道の父こと宮沢政次郎が生きていたら、賛同してくれるに違いありません。

 

(これが明治の時代の父親だじゃい)
 自己満足が、噴水のように脳ではじけた。

 

銀河鉄道の父 (講談社文庫)

銀河鉄道の父 (講談社文庫)

  • 作者:門井 慶喜
  • 発売日: 2020/04/15
  • メディア: 文庫
 

 

 門井慶喜さんの『銀河鉄道の父』を読みました。宮沢賢治の父、宮沢政次郎の視点で書かれた小説です。2年前に直木賞を受賞した作品ですが、寡聞にして知りませんでした。教えてくれたのは本猿さんのブログ「書に耽る猿たち」です。すぐに読み耽りたいと思って、アマゾンではなくリアル書店に直行しました。

 

 

 宮沢賢治の父親といえば、何の本で読んだのかはもう忘れてしまいましたが、それこそワンオペ的なイメージしかありませんでした。ろくでもない父親と、アラユルコトヲ  ジブンヲカンジョウニ入レズニ  ヨクミキキシワカリ  ソシテワスレない息子というイメージです。

 だから賢治の悪戯や興味・関心に対して《子供のやることは、叱るより、不問に付すほうが心の燃料が要る。そんなことを思ったりした》という、父・政次郎の回想シーンや、「石っこ賢さん」と呼ばれるくらいに石に夢中になっていた息子のために、政次郎が《 理解ある父親になりたいのか、息子の壁でありたいのか。ただ楽しくはある》と感じながら標本箱を買い求める、なんていうシーンに触れると、もしかしたらこれまでのイメージは間違っていて、ろくでもない息子と、アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレない父親だったのではないかと思えてきます。親のすねをかじることに気恥ずかしさを全く感じていない放蕩息子と、賢治の祖父にあたる父・喜助に《お前は、父でありすぎる》と苦言を呈される父・政次郎。

 実際にそうだったのかもしれません。フィクションとはいえ、執筆時には中学生と小学生の男の子3人の父だったという門井慶喜さんが、雨ニモマケズ、風ニモマケズに調査と探索を重ね、父親としてのイマジネーションを全開にしながら、事実に基づいて物語を構築していったことがわかる内容だからです。例えば文中に出てくる、賢治の妹・トシが祖父に宛てた手紙も本物とのこと。ちなみにトシについてもイメージが変わりました。読むとわかります。

 

 どっどどどどうど  どどうど  どどう。

 

 同じ父親同士ということもあって、政次郎の気持ちが痛いほどよくわかり、読めば読むほど「宮沢賢治ってろくでもない息子だったんだなぁ」という印象が強くなっていく展開ですが、そこはやはり小学校の国語の教科書にも載っている国民的作家です。賢治がトシを看病する場面(313頁)に出てくる《んだば、読むとするが》に続く『風野又三郎』の「どっどどどどうど どどうど どどう」に、「キター、遂に!」という感情が湧き上がります。私たちが知っている「宮沢賢治」の登場です。ああまい政次もふきとばせ。すっぱい賢治もふきとばせ。

 

歴史的価値や意義というより、二十一世紀の我々にとって心に残る父親像がある。厳しさと過保護の間で揺れ動く現代のお父さん。

 

 解説に引用されている門井慶喜さんの言葉です。宮沢家はお金持ちなので、昔の親子とはいえ、父・政次郎にせよ、息子・賢治にせよ、そのメンタリティーは「パラサイトシングル」なんていう贅沢な言葉を生んだ私たちの世代(70~80年代生まれ)と似ています。父・政次郎にも共感できるし、息子・賢治にも共感できるというわけです。表現を変えれば「身につまされる」とも言えるでしょうか。圧倒的な「身につまされる」感。そのことは、同じ親子関係を綴った村上春樹さんの『猫を棄てる』や、沢木耕太郎さんの『無名』と比べてもよくわかります。

  

 

 文庫になったばかりということもあって、本屋にズラッと面陳されていた『銀河鉄道の父』。在宅ワークで我が子と過ごす時間の増えたパパたちに、ぜひ手にとってほしい本です。with コロナの時代は「with 子どもの時代」でもあります。ステイ・ホーム。子どもと一緒に過ごせる時間の「有り難さ」は、冒頭の引用にある《心が、棒のように倒れた》に言い尽くされています。そうそう、読んで改めて思ったことがもうひとつ。

 

 親より先に死ぬのは親不孝。

 

 健康第一。 

 

 

新編 風の又三郎 (新潮文庫)

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