田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

朱野帰子 著『わたし、定時で帰ります。』より。現場の教員が変わるしかない。

「でも、みんな、自分から長時間労働へと向かっています。・・・・・・隠れてまで残業しています」結衣は訴える。「制度だけを整えてもダメなんじゃないでしょうか」
「なぜ、ダメなんだろう」灰原は顔を結衣に戻した。「東山さんの意見は?」
 ゴルフバックに寄りかかり、昇格試験でもしているような顔で結衣をじっと見る。
 結衣はこの半年のことをふりかえって、少し考えた。
「・・・・・・孤独だから、じゃないでしょうか」
 そんな答えがぽつりと出た。
(朱野帰子『わたし、定時で帰ります。』新潮文庫、2018)

 

 こんにちは。普段ならブルーマンデーですが、今日は祝日(振替休日)なので、「わたし、定時で帰ります。」なんて気を張ることなく、涼しい顔をしていられます。台風の影響か、昨日に続いてフィジカルにも涼しくて、よい。

 昨夕、小一時間ほど高校生の長女とバドミントンを楽しみました。進路の話をしつつ、随分と続くようになったなぁと思いつつ、小確幸だな、と。ハッピーアワーだな、と。こういう生活って、自分から長時間労働へと向かっていたときには気付かなかったな、と。

 

 定時に帰ってバドミントンをする。
 定時に帰ってビールを飲む。


 サウイフモノニワタシハナリタイ。

 

 

 朱野帰子さんの『わたし、定時で帰ります。』を読みました。今更ですが、読みました。今更というのは、2年前、テレビドマ化されたときに職員室で話題になっていたのを小耳に挟んだことがあったからです。あのとき、

 

「わたし、残業します。」

 

 そう言ってその会話に入っていれば、もっと早くこの本に出逢っていたかもしれません。残念。定時で帰ろうとすると世間話をする余裕すらないというのが小学校の実態です。学級担任についていえば、法律で定められた45分の休憩時間すら全国平均で1分しかとれていません。

 

 労務管理の無法地帯とはよくいったもの。

 

 ちなみに主人公の東山結衣が勤めている会社では《今日も残業一時間です。承認印、お願いします》なんて言わなければいけないみたいで、それって民間では普通のことなのでしょうか。残業代という概念の暗示すらない公立の学校現場には、全くもって流行らなそうな言い回しです。

 では、労務管理の無法地帯である学校現場をまともなものにしていくにはどうすればいいのか。朱野さんの『わたし、定時で帰ります。』に引き込まれていく中で、ヒントになる言葉をたくさん見つけたので、小説の魅力と合わせて、以下にいくつか紹介します。

  

 納期まであと四ヶ月しかない。でも、チーフになったからには、チーム全員、毎日定時に帰してみせる。そう決意して、結衣は晴れた空を見あげた。

 

 入社以来、どんなに繁忙期でも必ず定時に帰ることにしていた結衣が、チーフになることで「壁」にぶつかります。学校でいうと、クラスづくりがうまくて生産性も高い担任が定時に帰るのは、勇気があれば可能。でも、学年主任になって同じ学年の他のクラスの担任全員を定時に帰すのは難しい、ということと同じです。なぜなら、担任それぞれの能力も価値観も異なるから。例えば結衣がひそかに「皆勤賞女」と呼んでいる同じチームの三谷佳菜子は、結衣に次のような相談を投げかけます。

 

「相談してるんです。東山さんの真似をして、ためしに昨日は残業しないで帰ってみたんですけど、空いた時間することがないんですよね、何も」
「いや、何も・・・・・・ってことはないんじゃない? 誰かとご飯行くとか」
「そんな人いません」

 

 結衣は定時に帰って行きつけのお店でビールを飲むことを楽しみにしています。ビールの中ジョッキが半額になる「ハッピーアワー」に間に合わせるため、仕事の生産性も抜群。男にももてる。しかし三谷は違います。友達もいないし彼氏もいない、おそらくは趣味もない。だから会社が居場所になっている。早く帰る必要がないから生産性も上がりません。そして冒頭の引用にもあるように、そういった孤独な人って、意外と多い。結衣の会社の灰原社長は《会社のために自分があるんじゃない。自分のために会社があるんだ》という素敵な言葉を口にしますが、誰かの人生を生きている三谷にとっては「会社=自分」なのでその言葉は意味をなしません。ブレイディみかこさんがアナーキック・エンパシーを勧める所以です。

 

 自分軸をもて。

 

www.countryteacher.tokyo

 

「東山さんは定時後の会社のこと、何も知らないからね。吾妻くん、体力気力ともに限界だったんだよ。だから今回みたいな行き違いが生じた」

 

 全員を定時に帰すべく、チーフになってがんばっている結衣に対して、こういうことを言っちゃう天敵の管理職が登場します。単行本の刊行時には、本の帯に「定時の女王 VS. ブラック上司」というコピーがついていたとのこと。物語の類型でいうところの「勧善懲悪」です。池井戸潤さんでいうところの半沢直樹シリーズです。盛り上がらないわけがありません。ついでにいうと「定時の女王 VS. 仕事中毒の元婚約者」というチーム内での色恋もあって、よい。さらに「定時の女王 VS. インパール作戦」という歴史との絡みもあって、よい。

 

 

 定時退勤を続けていると、浦島太郎状態になることがあります。正直、ごんぎつねと同じくらい不条理です。だからこそ管理職には《残業前提でスケジュールを組むのはナシ》にしてほしい。結衣が口にするように《就業時間内にどの程度できるのか、現実的に実働可能な時間を正確に見積もろう》としてほしい。小学校の学級担任の仕事は、もっと大胆に精選しない限り、勤務時間内には絶対に終わりませんから。

 

 白眉は、以下。

 

 制度だけ整えてもダメだ、ということを、この社長はとうに知っていたのではないだろうか。その上で、お前自身が何とかしろ、と言っているのではないだろうか。
 採用面接で言ったことを、自分の力で成せ、と。
「後は、現場の人間が変わるしかないんですね」
 結衣は言った。

 

 その通り、現場の教員次第です。これ以外にも《「三橋さんが攻める側だとは思わなかった」》という白眉候補もあったのですが、これはぜひ読んでから味わってほしいなと思います。ホント、うまいなぁ。

 

 大人気お仕事小説「わた定」シリーズ。

 

 次は「2」を読みます。