田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

星野道夫 著『魔法のことば 自然と旅を語る』より。田舎教師と都会教師の違い ~保護者編 その1~。

 あるいは村でいちばん話のうまい老人が冬の夜長に子供たちにせがまれて、昔話をする。おもしろいストーリーの中に子供が知っておくべき自然の法則や倫理が巧みに配置されていて、それを聞きながら子供たちは大人になるための心得を身につけた。老人の話を聞いて育った子供の中から次代の話し手が生まれた。
(星野道夫『魔法のことば  自然と旅を語る』文春文庫、2010)

 

 おはようございます。上記の引用は、巻末にある池澤夏樹さんの解説から引っ張ってきました。5年生の国語の教科書に掲載されている『大造じいさんとガン』のプロローグを彷彿とさせる趣きです。アフリカには「老人が一人亡くなることは、図書館が一つなくなるようなものである」という言い回しがあるそうですが、老人の存在は、やはり大きい。星野道夫さんの『魔法のことば  自然と旅を語る』も、今は亡き著者がアラスカの老人たちから聞いた叡智を集め、語ったものです。

 

 魔法のことば。

 

 10年前に秋田県の小学校を視察しました。同行のメンバーは、校長、教務主任、私(研究主任)、そして若手のホープの4人です。夜行バスに乗って、いざ、学力日本一の秋田県へ。

 

 なぜ学力が高いのか。

 

 印象的だったのは、深々と降り積もる雪と、落ち着いた雰囲気の中で「深々」と学んでいた子どもたちの姿です。でも、「なぜ」に対する答えとしていちばん腑に落ちたのは、授業や学校のクオリティーではなく、タクシーの運転手さんが語っていた「ここら辺の子だばみな家さ帰ったらじっちゃばっちゃがいて……」という話でした。

 家に祖父母がいれば、宿題やわからないところを見てもらえるし、きりたんぽとか、しょっつるとか、鍋を囲みながら昔話を聞くこともできます。大人になるための心得もばっちり。要するに、学力日本一の陰に老人ありです。もちろん学級づくりも授業づくりもしっかりとしていましたが、その陰にも老人あり、です。学級も授業も、家庭の状況と地続きですから。

 

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雪、外靴ではなくスキー板がならぶ昇降口、きりたんぽ鍋

 

 鍋について、もう少し。

 

 日本は木の文化であるがゆえに「鍋を囲んで語り合う」場が生まれ、ヨーロッパは石の文化であるがゆえに「暖炉の傍で語り合う」場が生まれた。そういった話があります。木と泥でできた日本式の柱づくりの家では、燃えてしまうため、壁際で火を焚くことはできません。一方、石やレンガでできた西洋式の家では、暖炉をつくって壁に熱を伝わらせ、効率的に部屋を暖めることができます。それゆえ西洋では暖炉が生まれ、日本では囲炉裏ができて鍋を囲むようになったという話です。

 

「鍋を囲んで語り合う」場。 

 

 それと同じような場が日常生活の中にどれくらいの頻度で存在するのか。そこが田舎教師の受けもつ子どもたちの家庭と、都会教師の受けもつ子どもたちの家庭では大きく異なります。ちなみに私が最初に赴任した田舎の小学校は、全校児童約80名、全員が祖父母と同居でした。都会のスタンダードである核家族はゼロです。

 

 その小学校で、こんなことがありました。

 

 休み時間にケガをしてしまったクラスのDくん。竹馬で遊んでいたら転んでしまい、地面に顔を強くぶつけてしまったようです。Dくんは保健室で大泣き。まだ2年生だったので、仕方がありません。目の上を切って出血していたので、ご家庭に連絡して迎えに来てもらうことになりました。しばらくしてDくんのおばあちゃんが学校に到着します。ホッとしたのも束の間、おばあちゃんの顔を見た途端にDくんが大粒の涙とともに絶叫&突然のカミングアウト。

 

 「Tちゃんに押された!」

 

 え(?)。こおりつく保健室。いやいや、さっきまでそんなことひとことも言ってなかったよね。ラフストーリーは突然に、って。何だこのタイミングで。訴訟か(?)みたいな。都会教師は訴訟保険に入るのが普通って聞いたことがあるけど、今は田舎教師だから入ってないよ、俺。アタフタとする私をよそに、おばあちゃん曰く。

 

「そったらこと言うんでない」

 

 一喝です。これぞ共同体を維持する魔法のことば。感情に任せて他責的なことを言ったら、近所付き合いを含めた人間関係がめちゃくちゃになってしまう。そういったことがよくわかっているんですよね、老人は。小さな田舎町です。おばあちゃんは孫と同級生のTさんのこともよく知っています。Tさんが押したにせよそうでないにせよ、2年生という学年とTさんのキャラを考えれば、ケガをさせてやろうと思っての振る舞いでないことは容易に想像できます。もちろん、そんなことを考えるまでもなく、すぐに出てきた感じの「そったらこと言うんでない」でしたが。知恵が血肉化しているんだろうな、きっと。

 

 それを聞きながら子供たちは大人になるための心得を身につけた。

 

 都会教師をしていると、まれに「あいつを転校させろ」みたいなことを平気で口にする保護者に出会います。 もちろん「まれ」だし、学級づくりがうまくいかなかった結果としての、学校サイドにも非のある「あいつを転校させろ」の場合もあります。でも、やはりそういうことって、言ってはいけない言葉なのになぁと思います。その保護者のお子さんは、パパやママの「あいつを転校させろ」という言葉から、大人になるためのどんな心得を学ぶのでしょうか。

 

 魔法のことば。

 

 都会ではあまり聞かれません。