田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

坂口恭平 原作、道草晴子 漫画『生きのびるための事務』より。のぞめば不思議な、事務の世界よ。

少なくとも日本の学校の先生は、自立して生きる道を知りませんよ。
坂口恭平 原作、道草晴子 漫画『生きのびるための事務』(マガジンハウス、2024)

 

 こんばんは。いやはや、手厳しい。坂口恭平さんも「手厳しいね、ジムはいつも」と返しています。続けてジム曰く「はい。だって彼らは皆、我々が払ったお金で食べているんですから。《事務》の視点で見ると、彼らは先生ではありません」云々。

 

 手厳しい。

 

 教員採用試験の応募条件に「自立して生きる道を知っている人」と付け加えたら、おそらく教員採用試験の倍率はさらに低下し、0.1倍を切るのではないでしょうか。そうなったらもう、教員不足どころの騒ぎではありません。ジ・エンドです。それこそ、

 

 手厳しい。

 

 では、どうすればいいのか。簡単です。授業に「自立して生きる道を知っている人」を呼べばいいんです。たったそれだけのことです。国語算数理科社会など、例えば6年生だったら12教科もあるわけですから、全てを担任ひとりで抱える必要はありません。知らなかったら、呼べばいい。

 

 呼んで、教えてもらえばいい。

 

 坂口さんが自らの中にジムを呼んで「生きのびるための事務」を教えてもらったように、です。先週、総合的な学習の時間に「自立して生きる道を知っている人」をゲストティーチャーとして呼んで、いわゆるキャリア教育的な授業をしたことから、なおさらそう思います。授業の最後に学年の子どもたちとゲストの音楽家と一緒に歌った「星の世界」は、ほんと、よかったなぁ。 so wonderful でした。のぞめば不思議な、星の世界よ。ジムに言わせればこうでしょう。のぞめば不思議な、

 

 事務の世界よ。

 

 

 坂口恭平 原作、道草晴子 漫画『生きのびるための事務』を読みました。作家であると同時に画家であり音楽家であり建築家であり料理人であり、あるときには内閣総理大臣でもある「まとまらない人」こと坂口恭平さんの「作り方」とでもいうべき一冊です。登場するのはまだ何者でもなかった20年前の坂口さんと、坂口さんのイマジナリーフレンドである、

 

 ジム。

 

 水野敬也さんの『夢をかなえるゾウ』でいうところの「ガネーシャ」みたいなものと思ってもらえれば当たらずとも遠からずでしょうか。ガネーシャと同様に、ジムもピカソだったりレンブラントだったり、過去の偉人を引き合いにしながら、説得力のある話を展開します。

 

ジムは今も僕の心の中にいます。いつも二人で生きのびてます。

 

 あとがきより。ドッペルゲンガーです。村上春樹さんの小説でいうところの羊男です。生きのびるために《収入源を一つに絞らない》と考え出した20代の坂口さんの頭の中に、羊男が、否、ジムがやってきた。

 

 なぜ?

 

 なぜならば、執筆や描画、作曲などの創作活動を支えるのは「事務」だということを、坂口さんが自覚していたからです。曰く《僕は作家である前に、れっきとした事務員である自覚があります》云々。

 

 事務とは何か?

 

 重要な事務は二つ。スケジュール管理とお金の管理です。無名のビッグマウスだった坂口さんは、ジムと対話しながらこの2つを徹底的に「見える化」していきます。なぜそうするのかといえば、ジム曰く「イメージできることは全て現実になる」からです。自己啓発作家の大御所であるナポレオン・ヒルもこう言っています。

 

 思考は現実化する。

 

 

 具体的には、将来の夢を描くのではなく、将来の現実である10年後の1日の過ごし方を円グラフに表わします。未来だってやってくるのは毎日の24時間という現実だからです。そこにフォーカスして生きていく。ジムのアドバイスは《楽しくないことは1秒も入れないでくださいね》というもの。坂口さんは《朝5時には起きたいね。朝から好きなことをやってるとマジで幸せな気持ちになるからね》や《9時から10時までの1時間、ホセのコーヒーを飲みながらゆっくり休憩》というように、解像度を高めながら10年後の1日をデザインしていきます。コーヒーの仕入れ先や値段までイメージしています。これ、授業でもできそうだな。ちなみに小学校教諭の一日を円グラフにすると、次のようになります。

スタディサプリのHPより

 

 6時前に起きて21時に帰宅なんて、夢も希望もありません。こんな現実を放置しているから「自立して生きる道を知らない」なんて言われてしまうんです、教員は。未来の円グラフを描いた上で、そこから逆算して業務を精選していく。学校現場にこそ「生きのびるための事務」が必要とされる所以です。ちなみにこの話は目次でいうところの第2講と第3講に書かれています。

 

 以下、目次。

 

 はじめに ジムとの出会い
 第1講  事務は『量』を整える
 第2講  現実をノートに描く
 第3講  未来の現実をノートに描く
 第4講  事務の世界には失敗がありません
 第5講  毎日楽しく続けられる事務的『やり方』を見つける
 第6講  事務は『やり方』を考えて実践するためにある
 第7講  事務とは好きとは何か?を考える装置でもある
 第8講  事務を継続するための技術
 第9講  事務とは自分の行動を言葉や数字に置き換えること
 第10講 やりたいことを即決で実行するために事務がある
 第11講 どうせ最後は上手くいく
 あとがき

 

 どうでしょうか。手にとって読んでみたくなったのではないでしょうか。漫画だから読みやすく、クラスの子どもたち(小学6年生)にも勧めたい、教室にも置いておきたい、そういった類いの一冊です。

 

 1日6時間、集中して練習する。

 

 それを5年間毎日続けたらプロになれた。先週、ゲストに呼んだ「自立して生きる道を知っている人」は、そのように話していました。坂口さんと同じように、1日のスケジュールを決めていたんだと思います。だから音楽家になれた。海外でも生きのびることができた。メリル・ストリープやブルース・ウィリスと共演することができた。ロサンゼルスからわざわざ来てくれたゲストは、

 

 中学校のときの同級生。

 

 〇〇〇〇さんと授業でコラボする。数年前に、バケットリスト(生きている間にやりたいと思っていることを、全部書き出すリストのこと)にそう書きました。書いたから、実現した。書くこと(描くこと)の効用です。坂口さんが『生きのびるための事務』で言っていることも、そういうことでしょう。

 

 書けば、あるいは描けば、現実になる。

 

 おやすみなさい。