田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

見田宗介 著『社会学入門』より。ただ「生きられた」時間を、毎日の生活の中に確保すること。

バザールだけでなくてたとえばバスを待つみたいな時間でも、田舎だったら「午前」に一本、「午後」に一本くるというバスを日だまりで待っているうちに、ペルーでこちらが日本人ならフジモリ大統領に似ているとか似ていないとかいう話題で、すぐにみんなで盛り上がってしまう。バスを待つ時間は、無駄だという感覚はなくて、待つ時には待つという時間を楽しんでしまう。時間を「使う」とか「費やす」とか「無駄にする」とか、お金と同じ動詞を使って考えるという習慣は「近代」の精神で(“Time is money”! )、彼らにとって時間は基本的に「生きる」ものです。

(見田宗介『社会学入門』岩波新書、2006)

 

 こんばんは。旅先で不思議と印象に残る時間は、何かに有効に「使われた」時間ではなく、ただ「生きられた」時間である。社会学者の見田宗介さんが『社会学入門』にそのようなことを書いています。確かにそうだなぁと思います。働き方改革というフレームで意識する、「使う」とか「費やす」とか「無駄にする」といった時間のとらえ方と比べて、ただ「生きられた」時間のなんと美しいことか。『社会学入門』には、その美しさを伝えるべく、著者である見田さんがインドの南端に位置するコモリン岬(カニャ・クマリ)を訊ねたときのエピソードが綴られています。その内容は「ぜひ購入して読んでみてください」ですが、わたしが目にしたカニャ・クマリはこんなところです。

 

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1998年、インドの南端に位置するコモリン岬(カニャ・クマリ)にて

 

  見田さんがコモリン岬に滞在していたのは90年。わたしは98年に彼の地を目指しました。ヒンズー教の聖地とされるカニャ・クマリは、ベンガル湾から昇った太陽がインド洋を渡ってアラビア海に沈む、とてもレアな町として知られています。

 

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ただ「生きられた」時間に、多くの巡礼者と一緒に眺めたサンライズ

 

 デリーのゲストハウスで『地球の歩き方』をパラパラとめくっていたときにたまたま目に入った「海から昇った太陽が海に沈むところを同じポイントで見ることができる」という一文。その一文に動かされて、予定を「北上」から「南下」に変更し、バスと電車と船を乗り継いで約一ヶ月後に到着したのが、聖地カニャ・クマリです。そこで待っていたのは、日がな一日太陽と巡礼者を眺め続けるだけの、ただ「生きられた」時間と、カニャ・クマリに来るきっかけをつくってくれた『地球の歩き方』のライターさん(♀、すごい美人)との出会いでした。すごい偶然。すごいぞ聖地。

 

「キミ、早稲田?」

「違います」

「そっか、でもいいや、お昼一緒にどう? 食べたいものがあったらどんどん注文していいよ」

 

 早稲田だったら「お昼」だけでなく「夜」も期待できたのかもしれません。それはさておき、お腹も懐具合も素寒貧だった学生ゆえ、遠慮なく、社会人の言葉に甘えさせてもらいました。「経費で落ちる」っていう言葉を体感したのは、このときがおそらくはじめてです。運ばれてくる料理をいろいろな角度から写真に収めていく美しいライターさん。ただ「生きられた時間」は、近代の精神が時間を有効に「使う」ために生んだ「経費」というアイデアにあっという間に抱きしめられてしまいました。

 

  ただ「生きられた時間」を守ることのなんと難しいことか。 

 

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ポストカード売りのおじさん

 

 海沿いを歩いていると、ポストカードから出てきたようなルックスのおじさんが、のんびりとした様子で、巡礼者や観光客を相手にものを売っている姿を見かけました。あれからもう20年以上経ちます。今でもそのおじさんが「のんびり」できているかどうかはわかりません。かつてベトナムを旅したときに、船でハロン湾を案内してくれた若者が、下船後に「俺の案内はどうだったか」というアンケートを求めてきたことがありました。共産主義の実現を目指す一方、86年以降はドイモイにより、市場経済を容認・推進しているベトナム共産党。観光客の意見を聞いて、ガイドとしての資質能力を高めているのであろう彼のその市場主義的なひたむきさを見て、そのことがよいとか悪いとかではありませんが、たぶんそうやって、ただ「生きられた」時間の価値が忘れさられていくのだろうなと思いました。

 

 ただ「生きられた」時間を、毎日の生活の中に確保すること。

 

 2学期の目標です。

 

 


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