田舎教師ときどき都会教師

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横道誠 編『みんなの宗教2世問題』より。聞け、宗教2世の声。

 本書では「宗教2世問題」を親が特定の宗教を信奉しており、その宗教儀式や宗教活動の影響によって、子どもの養育、発育、発達、成長に著しい障害が発生する問題と定義したい。「特定の宗教」が具体的にどの団体を指すのかは難しい問題だ。
(横道誠 編『みんなの宗教2世問題』晶文社、2023)

 

 こんばんは。先日、寺田本家350周年記念動画「発酵する道」の上映イベントに参加してきました。寺田本家は日本酒の製造販売を手がける老舗中の老舗です。当主の寺田優さんは2世どころか、

 

 24世。

 

発酵する道(2024.6.23)

 

 先代の頃から自然酒造りに取り組み始めたという、24代当主である寺田優さんの話を聞きながら、寺田本家の看板である自然酒「五人娘」を、

 

 飲む。

 

 動画というか、これはもう立派な映画でしょう、というクオリティーの「発酵する道」を観ながら、数量限定の「墾」を、

 

 飲む。

 

 うん、酔います。お酒というより、仕合せすぎるシチュエーションに酔います。夢なら醒めないでほしい。

 逆に、夢なら醒めてほしいって、幼少期にそう思っていたのが「宗教2世問題」の当事者たちでしょう。統一教会しかり、エホバの証人しかり、崇教眞光しかり、その他もろもろしかりです。2022年に安倍晋三銃撃事件を起こした山上徹也容疑者も例外ではありません。たまたま人を殺さなかった、とある宗教2世曰く《そんな時、引き金を引く指を止めるだけの、ささやかな力がほしい。そのために、ほんの少し、誰かに助けてほしい。それだけなのだ》云々。誰かとは「わたし」のこと、「あなた」のこと、つまり「みんな」のこと。だから、

 

 みんなの宗教2世問題。

 

 

 横道誠さん編『みんなの宗教2世問題』を読みました。宗教2世の当事者の声と、宗教2世問題を真剣に考えている識者の声が多様に聞ける一冊です。識者として名を連ねているのは、島薗進さん、信田さよ子さん、釈徹宗さん、中田考さん、沼田和也さん、江川紹子さん、斎藤環さん、そして鈴木エイトさん。

 

 錚々たる顔ぶれです。

 

 横道さんの人望と才能が当事者や識者を惹き付けるのでしょう。あのフリードリッヒ・ニーチェやジークムント・フロイト、ウィリアム・ジェイムズと並び称されるだけのことはあります。

 

 

 

 以下、目次です。

 

 1章 当事者たちのさまざまな声
 2章 宗教2世・海外での最新研究状況
 3章 識者たちによる宗教2世論
 4章 精神医療/カルト問題報道の観点から
 5章 宗教2世はいかに描かれてきたか
 6章 改めて宗教2世問題を展望する

 

 繰り返しますが、当事者の声(1章)と識者の声(3章)の両方を聞けるところがこの本の魅力です。バランスに優れているということ。当事者の声は、働き方改革を叫ぶ現場の教員(私もです)と同じで、良くも悪くもときに強すぎたり偏ったりすることがありますから。

 

 でも、大事。

 

 だから1章が核です。横道さんもそう書いています。丸ごと一冊はちょっと分厚くて尻込みするかもしれないけれど、この章だけでも読んでほしい。読めば、識者の声も聞きたくなるし、我が家は意外とまともだったんだなって、そういった気持ちにもなれるからです。声を上げているのは、

 

 10人の当事者たち。

 

 学校に行っても、クラスメイトを堕落した人たちだっていう偏見の目で見ちゃうんですよね。布教活動とか、自分がいいことをしているって思いでやってたんですけど、ほんとうは人を心のなかで見下したりしてて。自分は選ばれた特別な人間で、ほかの人たちを救わないといけないっていう選民思想みたいなのがいまだにあって、それはたぶん、生きづらさに影響してるんじゃないかなと思います。

 

 プロテスタントのあやめさんの「声」より。統一教会やエホバの証人だけでなく、正統派と呼ばれる伝統宗教でもカルト化することがあるという「声」です。カルト化するのは宗教に限らず、マルチ商法などもその一例です。学校で例えれば、私たちは特別なクラスにいるっていう選民思想をもってしまいがちな学級王国も、そういった危険性を秘めているかもしれません。

 

 当事者の声をもうひとつ。

 

 小学校の頃にまずあった葛藤は、給食を食べられなかったことです。給食を食べてはいけないという御触れが出たんです。給食を食べると経済的に貧しくなるよ、お父さんも出世しなくなるよって脅すんです。だからお弁当を持参していました。給食を食べてはいけないとされた理由は、給食を作る人は、遺伝が悪いって主張する教団なんです。

 

 新宗教の朱莉さんの「声」より。悲惨です。担任の先生は長時間労働で疲れ果て、朱莉さんの葛藤に気づいていなかったかもしれません。気づいていたとしても、疲れ果てていて、有効な手立てをうつことができなかったのかもしれません。宗教がアヘンであるのと同じように、長時間労働もアヘンですから。アヘンを吸いながら子どもたちの悩みに寄り添うなんて、ほとんど不可能です。

 識者のひとりであるジャーナリストの江川紹子さんは次のように言います。

 

 特に大事だと思うのが、学校の役割だ。学校は、子どもたちが家庭の次に長い時間を過ごす場所であり、「2世」が抱える問題を見つける機会もある。

 

 その機会が長時間労働によって奪われているとしたら。ヤングケアラーも見つけなくてはいけないし、宗教2世も見つけなくてはいけないし、授業の準備もしなくてはいけないし、その他もろもろ忙しすぎて、あまりにも不条理ゆえに宗教にでもすがりたくなります。

 

 ミイラ取りがミイラになる。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 紹介したい「声」が多すぎるので、最後にひとつ。これも江川さんの文章から。脱会した2世についてのコメントです。

 

 ある「2世」が、「僕の中には、よって立つべきものが、何もないんですよ」と寂しそうに語っていたのが忘れられない。この「寄る辺のなさ」を私たち当事者以外の者が理解するのは、とても難しいように思う。

 

 フリードリッヒ・ニーチェに勝るとも劣らない「才能」に寄って立つことのできた横道さんだからこそ、同じ宗教2世たちの「寄る辺のなさ」を何とかしたいと強く思っているのでしょう。クレイジーな崖っぷちに立ち、その崖から落ちそうになる宗教2世をかたっぱしからつかまえようとしているというわけです。

 

 誉め殺しではありません。

 

 おやすみなさい。