田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

吉本ばなな 著『キッチン』より。わらぐつの中にも、キッチンの中にも、男女を結び付ける神様がいる。

 本当のいい思い出はいつも生きて光る。時間がたつごとに切なく息づく。
 いくつもの昼と夜、私たちは共に食事をした。
(吉本ばなな『キッチン』新潮文庫、2002)

 

 おはようございます。入口があって出口がある。恋に始まり、恋に終わる。蜂飼耳さんの『なまえつけてよ』で始まり、杉みき子さんの『わらぐつの中の神様』で終わる。去年までの5年生の国語の教科書(光村図書)はそのように構成されていましたが、この4月に新しくなった教科書は、出口に椋鳩十さんの『大造じいさんとガン』を置いていて、ちょっと違和感です。入口は同じなのに。

 

 馬に始まり、雁に終わる。

 

 春花と勇太の関係性の変化を描いた『なまえつけてよ』には馬が出てくるので、そういうことなのかもしれません。いや、そういうことではないと思いますが、構成としてはこれまでの方がよかったように思います。子供と大人の境にいる「小学五年生」には、対動物よりも対異性の方が入口と出口に相応しいと思うからです。百ます計算よりも愛によって永続する関係性。前回のブログでいえば、そういうことです。

 

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 この小説がたくさん売れたことを、息苦しく思うこともあった。

 

 

 吉本ばななさんの『キッチン』を読みました。村上春樹さんの『ノルウェーの森』を今さら初体験するような感じでしょうか。この小説がたくさん売れたことも、この小説が妻の「お気に入り」だったことも知っていましたが、まだ読んだことがありませんでした。やはりこういった作品は、読んでおくべきですね。わらぐつの中の神様の代わりに、キッチンの中の神様に逢えた感じです。

 

 私「キッチン、よかったよ」
 妻「でしょ!」

 

 牧場の子馬に名前をつけようとしていたのに、その子馬がよそにもらわれることになってしまって、でもそのことがきっかけとなって春花と勇太の関係性が変わっていく。それが『なまえつけてよ』のあらすじです。

 両親と祖母を早くに亡くし、さらにはずっと一緒に暮らしてきた祖母も亡くしてしまって、でもそのことがきっかけとなって桜井みかげと田辺雄一の関係性が変わっていく。それが『キッチン』のあらすじです。

 

 物語の構造は似ている。


 もちろん児童向けに書かれた『なまえつけてよ』と大人向けに書かれた『キッチン』とでは奥行きが違うし広がりも違います。春花と勇太は思春期の入口にいる小学生ですが、桜井みかげと田辺雄一は思春期の出口にいる大学生です。『なまえつけてよ』は「死」を扱っていませんが、『キッチン』はタイトルに相応しく生の一部としての「死」を全方位的に扱っています。

 

 でも、物語の構造は似ている。

 

 そして、勇太と雄一がモテるだろうなぁというところも似ている。二人の不器用なやさしさも似ている。そんな勇太や雄一に春花やみかげが惹かれていくところも似ている。そもそも論として、勇太と雄一に魅力がなかったら、或いは春花やみかげに魅力がなかったら、物語や小説にならないというところも似ている。前回のブログに引用した社会学者の宮台真司さんの言葉をもう一度。

 

 先進国標準の社会的包摂という観点からいえば、百ます計算で計算能力がつくのも大事だけど、素敵な友だちや性的パートナーがいること、愛によって永続する関係性を獲得することのほうが、ずっと重要です。ひとりさびしく死んでいくことの恐ろしさを伝えることのほうが、はるかに大切です。このあたりまえが通用しないのが、昨今の日本です。

 

 勉強だけでなく、男女の人間関係についてもあたりまえのように「大切だよ」って伝えたい。愛によって永続する関係性を獲得することの方が、テストで100点をとることよりもずっと「重要だよ」って伝えたい。きみがモテれば社会は変わるって伝えたい。国語でいえば『なまえつけてよ』や『わらぐつの中の神様』を通して伝えたい。『わらぐつの中の神様』はなくなっちゃったから、その代わりに「高校生になったら『キッチン』を読むように」って伝えたい。伝えなくても、

 

 人は勝手に恋に落ちるし、黙っていても寝る。

 

 そういった意見もありますが、少子化はとまらないし未婚率の上昇もとまらないし芸能人の不道徳に対するあさましいバッシングもとまらないどころか集団ヒステリーみたいになっていることを考えると、勝手に恋に落ちたとしてもそれが桜井みかげや田辺雄一のように愛のあるステキな関係性になるとは思えません。映画でいえば、オリヴィエ・アサイヤス監督の『冬時間のパリ』に出てくる「これぞ大人」っていう感じの関係性になるとも思えません。みかげのことを妬む女の子が出てきますが、きっと小学5年生のときに国語の教科書をちゃんと読まなかったのでしょう。

 

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「どうして君とものを食うと、こんなにおいしいのかな。」
 私は笑って、
「食欲と性欲が同時に満たされるからじゃない?」
 と言った。
「違う、違う、違う。」
 大笑いしながら雄一が言った。
「きっと、家族だからだよ。」

 

 本当のいい思い出はいつも生きて光る。時間がたつごとに切なく息づく。年齢を重ねてから読んだせいか、思い出すことがたくさんあった小説でした。蜂飼耳さんの『なまえつけてよ』や重松清さんの『カレーライス』を読んだ小学5年生が、10年後には『キッチン』のこういった場面をリアルでも経験できますように。

 

 行ってきます。

 

 

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