田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

上野ゼミ卒業生チーム『情報生産者になってみた ―― 上野千鶴子に極意を学ぶ』より。個人の問いを社会の問いにつなげる知。

 私は君たちには、「東大生にできることは小学生にもできます」って言ってたじゃん。基本は、自前の問いを自分で解く。一次情報をちゃんと取ってくる。ありもののセコハン情報を器用にまとめるっていうことをやらせない。その基本のキをやることにしたわけ。これは小学生がやろうが大学生がやろうが、普遍性があると思ったの。そう思ってやってみたら当たった。だから竹内くんが教師になって別の大学でやっても同じことができるわけよ。偏差値にかかわらず。
(上野ゼミ卒業生チーム『情報生産者になってみた ―― 上野千鶴子に極意を学ぶ』ちくま新書、2021)

 

 こんにちは。東大生にできることは小学生にもできるのであれば、上野千鶴子さんにできることは小学校の教員にもできるかもしれない。そんなことを考えながら、昨日、Twitterで『情報生産者になってみた』に関することをつぶやいたところ、上野ゼミ卒業生チームのひとりである坂爪真吾さんが「お読みくださり、ありがとうございました!」と返信してくれました。

 

 

 いい人です。クラスの子どもたちにも坂爪さんをはじめとする上野ゼミ卒業生のようになってほしいなぁと思います。もちろん、そのためには私が上野さんのようにならなければいけません。上野さんのようなゼミづくり、すなわち小学校でいうところの学級づくり&授業づくりをするためにはどうすればいいのか。そのためのヒントが『情報生産者になってみた』につまっていました。教育関係者にお勧めの一冊です。

 

 

 上野ゼミ卒業生チームによる『情報生産者になってみた ―― 上野千鶴子に極意を学ぶ』を読みました。3年前に刊行されている、上野さんの『情報生産者になる』の姉妹本(親子本)です。本の帯に名を連ねているチームのメンバーは、大滝世津子さん、開沼博さん、坂爪真吾さん、竹内慶至さん、中野円佳さん、中村かさねさん。中野さん以外は全員「学部の上野ゼミ」経験者とのこと。開沼さんと坂爪さんの本を何冊か読んだことがあったので、そしてもちろん『情報生産者になる』も読んでいたので、迷わず購入しました。大当たりです。竹内さんによる「まえがき」に続く目次は以下。

 

 第一章 ゼミ卒業生が語る、上野ゼミの一年間
 第二章 上野ゼミで教わったこと
 第三章 上野ゼミを社会学する ―― KJ法の実践
 第四章 座談会  バトンを未来につなぐ
 あとがき

 

 わかりやすい。坂爪さん(第一章)によると、上野ゼミでは上野さんから《目次は書き手の頭の中の論理的な構成を反映します。ただ項目を羅列するだけではダメ。中身を想像できる目次にしてください。タイトルは限定的・明示的にすること。》というお達しが出ていたそうです。卒業生の紡ぐ言葉の端々に「上野ゼミのDNA」が感じられて、よい。

 

 特に全員の回顧録が載っている第二章。

 

 例えば、上野さんが《ある意味きょうだい弟子》と呼ぶ宮台真司さんのゼミにも参加していたという、誰もが羨む経験をしている坂爪さん。

 

 上野ゼミでは、学生に風呂敷の拡げ方ではなく畳み方を教え、自分の身の丈に合った問いを立てさせること、それを一年間という制限時間の中で解かせる訓練を課していました。宮台ゼミと比較して、(私の主観かもしれませんが)上野ゼミのほうが多くの人材を輩出しているように思えるのは、教員や学生の質の差ではなく、ゼミのなかに情報生産の技術を学ぶカリキュラムが組み込まれている点に理由があると思います。

 

 小学校の「授業づくり」でいうところの「しっかり教え、しっかり引き出す」に相当するでしょうか。学習問題と称して「みんなの問い」を立てがちな小学校とは違って、そして「みんなで解く」ことをよしとする風潮が残っている小学校とは違って、個人の問いを立てさせることに重きを置いているところ、そしてそれを解かせるための障壁を設け、訓練をしているところ、結果として坂爪さんのような情報生産者を高確率で排出しているところ、大いに参考になります。坂爪さんと同様に、私も宮台信者なので、宮台ゼミとの比較もたまらなく参考になるというか、単純にめちゃくちゃ興味深い。

 

 

 例えば、上野さんからオープンさや安心感の重要性を学んだという、大学教員の竹内慶至さん。

 

 その一方で、必要なのは「障壁」だけでなく、失敗したときやうまくいかなかったときの「支え」や「セーフティーネット」をうまく作ることである。それが例えば先述したような「先輩と後輩のつながり」のような「他者の支え」であり、ゼミに来てもらった外部講師との「緩やかなつながり」である。「失敗しても大丈夫」というふうに思えてこそ、あるいはそう思えるような「環境」があってこそ、人は何かに挑戦できる。そのように考えると、上野さんが作っていたのは、何があっても戻ってこられるような「ホームグラウンド」であったのかもしれない。

 

 小学校でいうところの「学級づくり」です。東大生だって居場所としての「ホームグラウンド」を必要とするのだから、いわんや小学生をや。文部科学省の定義で20万人ほどいるといわれている不登校の子どもたちも、学級が「ホームグラウンド」として機能していれば、そのうちの何割かは登校できるようになるはずです。ではどのようにすれば上野ゼミのような「環境」をつくることができるのか。答えの一つとして、竹内さんは《あなたのことをちゃんと観てますよ》というメッセージを上野さんから受け取っていたというエピソードを紹介しています。また、中村かさねさんは《実はこれも上野先生の特徴の一つで、質問や相談で研究室を訪れる学生に対しては、どんなに厳しい指摘や批判をしながらも、必ず最後にヒントをくれるのだ》と書いています。ひっくるめて、教員のオープンさや緩やかなつながりづくりを軸としたケア的な構えが必要ということでしょう。

 小学校でも、担任がゆとりをもって一人一人を観ることのできる「環境」をつくっていきたい。一クラスの人数を減らしたい。仕事量も減らしたい。つまりは社会の仕組みを変えたい。そう考えたときに参考になるのが、上野ゼミで知のあり方を教わったという開沼博さんの生き方です。

 

 一度始めてしまったらそのまま続けるほうが楽。問題があるのは明確だけども、なんとなくみんなも現状維持が都合よいようだからとりあえず続けておこう。そんなふうに、一度できた流れに皆が依存して改善できなくなってしまう現象を「経路依存」と呼ぶことがありますが、社会には色々な経路依存がはびこっている。これを ”個人の問いを社会の問いにつなげる知” は壊していくし、そこにこそ、創造性のタネが膨大に眠っているのではないでしょうか。

 

 学校にも色々な「経路依存」がはびこっています。今年 Twitter で話題となった「#教師のバトン」には、例えば《つらい。我が子と会って話ができるのは1日に10分ぐらい。朝は、我が子が寝てるときに朝ご飯の用意だけして学校に出勤し、夜は我が子が寝る直前に帰る日々。こんなに愛しい我が子がいるのに、何やってるんだろ、私。この働き方では続けられない。こんな働き方はおかしい。》(内田良、他『#教師のバトン  とはなんだったのか』より)というような「個人の問い」が殺到しました。こういった「個人の問い」を「社会の問い」につなげる知にアクセスできる「個人」が増えれば、学校が変わり、社会も変わっていくかもしれません。とはいえ、先ずは発信。中野円佳さんも、上野ゼミにフィットする考え方として《問題提起は発信しないと意味がない》と綴っています。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 そうであるならば、上野ゼミは社会を変革するための卵を世に送り出してきたと言えるのかもしれません。

 

 これは大滝世津子さんの言葉です。現在はパートナーと共に学童保育施設「鎌倉まなび舎」という民間学童保育施設を経営しているとのこと。従来の「学童保育」という概念には入らないような実践をしているとのこと。この世になかったものを生み出す力を上野ゼミで培ったとのこと。まさに「個人の問いを社会の問いにつなげる知」のあり方です。卵という言葉を見て、ジョン・デューイの『人間性と行為』に書かれている《鶏は卵に先行する。だが、それにもかかわらず、この特殊な卵は鶏の将来の型を変えることのできるように扱われるかもしれないのである。》という言葉を思い出しました。鶏を社会、卵を子ども(児童、生徒、学生)に置き換えると、まさに大滝さんが言わんとしていることがわかります。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 どんなに拙くても構わないから、情報の消費者じゃなくて生産者になれ。上野さんは三年生のゼミの開校時に必ずそう言うそうです。小学生にも伝わるでしょうか。1月からの授業づくりに役立てるべく、3年前に読んだ『情報生産者になる』を読み直したいと思います。

 

 情報生産者になりたかった。

 

 上野ゼミ、いいなぁ。