田舎教師ときどき都会教師

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姫野カオルコ 著『彼女は頭が悪いから』より。いじめ自慢をしている人は、あいつは頭が悪いからって「素で」そう思っている。

 人間として生まれて来た哀しみを描くことが小説の重要なテーマとしたら、本作品はそれを見事に描いている。“無知は犯罪に及ぶ要因”という言葉があるが、この作品の一方の主人公である大学生は、無知の典型である。その無知は、勿論、彼等にも責任があるが、それ以上に、このように無知な若者を生み出した社会構造と、優越、業といった人間の醜さが、本作には鮮烈に描いてある。さらに見事なのは物語の結末まで、この無知を主人公と家族たちが理解ができない描き方をしたことである。
(姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』文春文庫、2021)

 

 おはようございます。引用は、文庫の巻末に収録されている、伊集院静さんによる選評(第32回柴田錬三郎賞)より。姫野カオルコさんの『彼女は頭が悪いから』を読んでいるときに、小山田圭吾氏の「いじめ自慢」のニュースを耳にしました。社会構造が変わらないためでしょうか。構図が似ているなって、そう思います。

 

 あいつは頭が悪いから。

 

 検索して一読すると、障害者とおぼしき同級生らをいじめていたという小山田圭吾氏の告白、例えば「ロッキング・オン・ジャパン」(1994年1月号)にも、伊集院さんいうところの優越、業といった人間の醜さが強烈に刻印されていることがわかります。あまりにも強烈すぎるので、五輪開会式の音楽担当から辞任した今も、もしかしたら「運が悪かった」くらいにしか思っていないのではないかと勘ぐってしまいます。小山田氏の辞任を受けて「はーい、正義を振りかざす皆さんの願いが叶いました、良かったですねー! 」とツイートし、すぐに削除&謝罪したという小山田氏のいとこも含め、小山田氏界隈の人々はこの無知を理解していないのではないでしょうか。一連の騒動に対して、社会学者の古市憲寿氏まで《個人的には謝罪や許しよりも、忘れることが大事だと思っている》なんてツイート(一部抜粋)していて、もちろん即炎上して、やれやれ。当事者にしかわからないことですが、一般論として、加害者は忘れちゃダメだし、被害者は忘れられないでしょう。古市氏の著作のタイトルを捩って「古市くん、『彼女は頭が悪いから』を学び直しなさい!!」とでも言いたくなります。

 

 彼は東大卒で、頭が良いのだから。

 

 

 姫野カオルコさんの『彼女は頭が悪いから』を読みました。東大生協でベストセラーになった本、林真理子さんをして《平成における最も重要な本の一冊だと私は考える》といわしめた本、そして古市さんとの共著もある東大名誉教授の上野千鶴子さんがあの有名な東大入学式の祝辞の中でも取り上げた本です。東大という言葉が何度も登場するのは、この小説が2016年に起きた東大生・東大大学院生5人による集団強制わいせつ事件に想を得て書かれた作品だからです。著者曰く《いやらしい犯罪が報じられると、人はいやらしく知りたくなる》。

 

 これからこのできごとについて綴るが、まず言っておく。この先には、卑猥な好奇を満たす話はいっさいない。
 5人の男たちが1人の女を輪姦しようとしたかのように伝わっているのはまちがいである、と綴るのであるから。

 

 まちがいどころか、もっとイヤなことが本質として綴られています。小山田氏の「いじめ自慢」よりもイヤな気分になるのは、事件に至るまでの日常の数年を、被害者になる神立美咲と、加害者になる竹内つばさが中学生だった頃から追っていくからでしょう。やがて生じる悲劇を知っていながら当事者の人生を辿るというのはイヤなものです。絶えずイマジネーションを刺激させられますから。

 

 小説家の仕事は人々の想像力を回復させること。

 

 1991年にノーベル文学賞を受賞したナディン・ゴーディマーの言葉だったと記憶していますが、読み進めるに連れて中高生の我が子やクラスの教え子の姿が浮かんできてしまって、ホント、イヤな気分に。神立さんも竹内くんも、クラスにいたとしてもおかしくないキャラとして造形されているんですよね。

 

 今日は終業式。

 

 終業式の後、子どもたちに通知表を渡します。気乗りがしないのは、こういった主にテストで測られる「頭の良し悪し」を評価するという振る舞いの積み重ねが、ネタバレになりますが《彼らがしたかったことは、偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった》につながるのではないかって、つまりそういった社会構造を強化しているのではないかって、そう思うからです。通知表なんてやめればいいのに。

 

 数学コンクールで優勝し、原子力についてのすばらしい論文を発表した優秀な院生の和久田と、著名な母親の育てた優秀な息子である國枝は、他者の悲痛は想像できない。

 

 経歴を見るに、小山田氏もそうなのだろうな、と。他者の靴を履くことができないから、悲痛が想像できず、いじめ自慢なんてしちゃうんだろうな、と。あいつは頭が悪いからって「素で」そう思っているんだろうな、と。教育に「大前提として」求められるのは、教科のABCではなく、前回のブログで話題にした「エンパシー」のような能力です。本猿さんもきっとそう思っているでしょう。

 

www.countryteacher.tokyo

 

honzaru.hatenablog.com

 

 姫野カオルコさんの『彼女は頭が悪いから』を読もうと思ったきっかけは、本猿さんのブログです。合わせて、ぜひ。

 今日が終われば少しゆっくりできる。体がそう思って興奮しているのか、昨夜は目が冴えてしまってあまり眠れませんでした。 今日は午後に不祥事防止研修があります。オリンピックの組織委員会にこそ必要なのではないかと思いつつ、

 

 行ってきます。