田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『さよならと言ってなかった わが愛 わが罪』より。全力投球でそれぞれの物語を咲かせてほしい。

 7月4日木曜日の昼食会で全日程を終了した。東京から、恐れていた訃報は届かなかった。帰国する間際、太田選手と滝川クリステルさんに、ゆり子が危篤であるという事実を初めて打ち明けた。太田選手は号泣した。クリステルも細い腕を寄せ涙を流してくれた。
 フランクフルト空港で乗り換えの間にも携帯のメールを覗いた。
「看護師さんが、夜のニュースの時間にICUにテレビを持ち込み、ローザンヌのプレゼンテーションのニュースを見せてくれたそう。直後に、ママの血圧が上がり、看護師さんが喜んだそうです」
 成田空港で帰国会見をしてから病院に直行した。ゆり子は待ってくれていた。
(猪瀬直樹『さよならと言ってなかった わが愛 わが罪』マガジンハウス、2014)

 

 こんにちは。学校現場には「誰かが一生懸命はじめたせいで、誰かが一生懸命やめなければならない」という箴言があります。ビルド(足し算)ばかりでスクラップ(引き算)ができない「メタボ体質」の労働環境を揶揄した言葉です。

 

 やめるのは、大変。

 

taishiowawa.hatenablog.com

 

 五輪やめるのは簡単、楽なこと。挑戦するのが役割。

 

 昨日、菅首相がそのような主旨の発言をしたそうです。もちろん非難囂々です。簡単ならやめろ、という声も上がっていました。が、やめるのは簡単ではありません。本当にやめようと思ったら、歴史に学べばわかるように、相当な覚悟と勇気が求められるからです。やめよう、と言える立場にいる人たちに覚悟と勇気がなかったから、日本は戦争をやめられなかった。ファクトに基づくロジックもなかったから、仮想敵国だった米国を「リアル」な敵国にしてしまった。そしてそのことに国民も無自覚なまま加担してしまった。

 

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 やめるのは大変なんです。だからやめられないまま、さよならとは言えないまま、明日の開会式を迎えようとしているんです。おそらくはそこに明確なロジックはありません。あるのは決断力のなさと「何とかなるだろう」という甘えの構造だけです。その点、五輪に関するテレビCMは放送しない(!)という方針を明らかにしたトヨタは違います。トヨタは、

 

 ファクトとロジックを使っている。

 

 だからこそ五輪の組織委員会の会長にはトヨタで会長を務めていた張富士夫さんが相応しいって、東京都知事だった猪瀬直樹さんはそう考えたのでしょう。でも実現しなかった。「東京の敵」が邪魔をした。都民も無自覚なまま加担した。猪瀬さんが都知事を続けていれば、張さんが組織委員会の会長になっていたかもしれないのに。猪瀬さんと張さんであれば、もっとうまくコロナを抑え、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

 

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 まさかこんなことになるとは。

 

 青天の霹靂という言葉があります。8年前、ファクトとロジックを駆使して一生懸命に東京五輪をスタートさせ、ワクワクする未来を提示してくれた猪瀬さん曰く《晴天の霹靂、という言葉をかみしめるのは生まれて初めてのことである》云々。コロナのことではありません。借りた5千万円のことでもありません。自身のいちばんのサポーターだったゆり子夫人のことです。

 

 

 猪瀬直樹さんの『さよならと言ってなかった わが愛 わが罪』を再読しました。五輪招致の舞台裏と、ゆり子夫人との出会いから別れまでが自伝的に綴られている一冊です。冒頭の引用は2013年のこと。オリンピックの東京誘致が決まったこの年は、同年5月に突然の余命宣告を受けたゆり子夫人が亡くなった年でもあります。

 

 五輪はじめるのは困難、苦しいこと。挑戦するのが役割。

 

 2013年、公私ともに困難が押し寄せる中、道路の権力と闘ったときと同じように、自称「素人政治家」の猪瀬さんは挑戦を続け、役割を果たします。都知事としての役割と、糟糠の妻に寄り添う夫としての役割です。

 高速道路のサービスエリアにスターバックスができたのも、明日以降、依然としてコロナ禍が気になるとはいえ、アスリートたちの活躍をテレビやネットで見ることができるのも、猪瀬さんのおかげです。言い換えれば、

 

 ゆり子夫人のおかげでもあります。

 

 学級通信に「五年一組の担任になりました猪瀬ゆり子です。三回連続の高学年受けもちですが気持ちを引きしめて学級経営にあたりたいと燃えています」と記している。自信にあふれていた。
「父母の方々には、わたしの性格及び指導の仕方は学級通信、父母会、子どもの反応などを通しておいおい理解していただければと思います。どの家庭にとりましても子どもはかけがえのない宝物です。全力投球で四十個の物語を咲かせます」
 五年一組を蒸気機関車にたとえて学級通信は「走れD51」とした。

 

 ゆり子夫人は小学校の教員だったんですよね。同業ゆえ、書かれている内容からその力量がよくわかります。作家の卵だった旦那さんを支えつつ、平日はほとんどワンオペで二人のお子さんを育て、さらには3連続で高学年、しかも40人学級の担任を任されるなんて、いったいどれだけ信頼されていたのでしょうか。保護者から「カリスマ美人教師」という異名をつけられていたというだけのことはあります。

 

 おカネのことは心配しないでね。

 

 猪瀬さんが帰宅すると、ダイニングテーブルの上にそんなメモが置かれていることもあったそうです。ゆり子夫人が安定して稼いでいたからこそ、作家、猪瀬直樹が大成した。そのように読むこともできます。もしもゆり子夫人がいなかったら、あの『ミカドの肖像』も、あの『昭和16年夏の敗戦』も、私たちは読むことができなかったかもしれない。東京五輪だって、なかったかもしれない。

 

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 歴史年表の間にあるもの知ると、歴史をより多角的・多面的に味わうことができます。猪瀬さんの『さよならと言ってなかった  わが愛  わが罪』を読み、五輪誘致の舞台裏であったり、ゆり子夫人のことであったりを知ると、明日からの東京オリンピックを多角的・多面的に味わうことができるかもしれません。学校現場における「誰かが一生懸命はじめたせいで、誰かが一生懸命やめなければならない」には、はじめた人を非難するニュアンスが込められていますが、東京五輪については、はじめた人ではなくはじめた人を追い出してカネのかからない五輪をカネのかかる五輪にした人たちを責めるべきでしょう。何はともあれ、アスリートのみなさんには全力投球でそれぞれの物語を咲かせてほしいものです。

 

 走れD51!