田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『黒船の世紀(下) あの頃、アメリカは仮想敵国だった』より。東京五輪未来戦記。作家の感度は、国民全体を反映する。

『海と空』の結末は、すでに記したような悲惨な東京大空襲で終わった。主人公は焼け跡に立ち、ひとりつぶやく。
「戦争をするつもりなら、するだけの準備が必要だった。戦争をしないつもりなら、しないだけの心掛けが必要であった。するだけの準備もなく、しないだけの心掛けもなく、ただ勢いと感情に引きずられて漠然と始めたこの戦争。こうなる結果に不思議はない」
 ただしこんなオチをつけてある。
「グスグスッと激しい地震に著者の夢は覚めた」
(猪瀬直樹『黒船の世紀(下) あの頃、アメリカは仮想敵国だった』中公文庫、2011)

 

 おはようございます。上記の「戦争」を、20日後に迫った「オリンピック」に置き換えてみると「オリンピックをするつもりなら、するだけの準備が必要だった。オリンピックをしないつもりなら、しないだけの心掛けが必要であった。するだけの準備もなく、しないだけの心掛けもなく、ただ勢いと感情に引きずられて漠然と始めたこのオリンピック。こうなる結果に不思議はない」となります。

 

 さて、どのような結果が待っているのでしょうか。

 

 ファクトとロジックの猪瀬直樹さんが「開催に賛成」という立場を取っているので、東京大空襲に相当するような悲劇は起きないと信じたいところですが、実際のところはよくわかりません。8割おじさんこと西浦博さんをはじめ、ネガティブなシミュレーション結果が数多く公表されているからです。まるで日米未来戦記と呼ばれるシミュレーション小説が次々と誕生したという、あの頃のように。

 

 ただし、あの頃はポジとネガの勢いが逆。

 

 その話は後で書きます。

 

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 コロナという外圧が感染シミュレーションの一群を生む。
 黒船という外圧がシミュレーション小説の一群を生んだ。

 

 シミュレーション小説というのは、日露戦争後に数多く出版されたという日米未来戦記のことです。猪瀬さん曰く《本書はペリー艦隊の来航によって、日本人の精神の根深い部分に植え付けられた「脅威」の正体を、日米未来戦記をキーワードに探ってみた作品です》云々。上巻のことは前回のブログに書きましたが、上巻に負けず劣らず、下巻も読み応えたっぷりです。教員の質を維持したいのであれば、教員免許の更新講習よりも、この本を読んでビブリオでもした方がよほどいいのではないでしょうか。

 

 

 猪瀬直樹さんの『黒船の世紀(下) あの頃、アメリカは仮想敵国だった』を再読しました。 ジャーナリストの日垣隆さんが、年始になると必ず山川出版社の『詳説 日本史研究』と『詳説 世界史研究』を読み返すと何かに書いていましたが、同じような感覚で、6年生の担任になると猪瀬さんの作品を読み返したくなります。猪瀬さんの作品は、どれも「詳説」であると同時に「小説」のようでもあり、子どもたちの興味・関心を高めるにはもってこいのエピソードにあふれているからです。

 

 学者のように調べ、小説のように書く。

 

 例えば次のようなエピソード。授業にこのようなエピソードを組み込み続ければ、子どもたちの歴史感覚が豊かになることは間違いありません。歴史の要諦は教科書の「行間」にあり。

 

 のちに真珠湾奇襲作戦の実行責任者となる日本の提督と、早い時期から日米戦争を予言していた未来戦記作家の邂逅であった。

 

 日本の提督というのは山本五十六(1884-1943)のこと。そして早い時期から日米戦争を予言していた未来戦記の作家というのは、イギリス人のヘクター・C・バイウォーター(1884-1940)のことです。二人の邂逅はロンドンにあるグロヴナーハウスのスウィートルーム。日米開戦が始まる7年前のことです。

 真珠湾奇襲作戦が、バイウォーターの書いた『太平洋海権論』と『太平洋大戦争』に影響を受けていることを子どもたちが知ったら、バイウォーターがもともとはドイツに潜入していたスパイだったことを知ったら、そして山本五十六がバイウォーターの暗殺を部下に指示した可能性があるということを知ったら、

 

 無味乾燥な歴史年表がにわかに色めき立ちます。

 

 バイウォーターの日米未来戦記に影響を受けたのは山本五十六だけではありません。例えば池崎忠孝。後に政治家となり、戦後はA級戦犯に指定されて巣鴨プリズンに収監されることになる池崎は、ベストセラー『米国怖るるに足らず』を書き、不況で自信喪失気味だった日本人に題名通りの景気のいい物語を振りまいて元気付けます。現代でいえば『コロナ恐るるに足らず』となるでしょうか。それに反応したのが冒頭に引用した『海と空』の作者である水野広徳。日米未来戦記のひながたとなる『次の一戦』を書いたリアリストの水野は、池崎に対して「ちょっと何言ってるか分からない」という主旨の反論を書きます。

 

 池崎は「ポジ」で米国怖るるに足らず。
 水野は「ネガ」で米国を怖れよ。

 

 世論が味方したのは「ポジ」の池崎です。池崎のベストセラーを受けて、池崎路線の新たな未来戦記作家が雨後の筍のように現れたとのこと。そのひとりである平田晋策は、少年雑誌を舞台に、大人だけではなく子どもたちにも影響を与えます。老若男女、すなわち世論に大きな影響を与えることになった、日米未来戦記というシミュレーション小説の一群。猪瀬さんは教科書には載っていないこれらの「行間」を踏まえて、次のように書きます。

 

 軍国主義とはなにか、と問う場合、固定観念を打ち破るひとつのヒントがここにあると思う。軍人が国民を引きずったのも事実だが、世論のほうも軍人の思惑を越えて戦争を呼び込んでいたのである。日米未来戦記は、軍人と世論、この両者のきわどい境界に位置して探知器と拡声器の役割を負っていたともいえる。

 

 次の世代に伝えていかなければいけない、大事な問いと答えです。例えば日米未来戦記を教材化するなどして歴史の授業に組み込み、いわゆる「市民教育」に相当する授業を展開・徹底していかない限り、若者が選挙に行かない、なんていう事態に歯止めをかけることはできないような気がします。

 

 

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 戦争計画は、むしろ想像力の問題といえる。戦争のプロフェッショナルである軍人よりも、ジャーナリストや作家たちのほうが正確な見通しをもつ例が少なくない。水野広徳やバイウォーターに代表される日米未来戦記は、そのひとつの証しになるだろう。
(中略)
 作家の感度は、プロフェッショナルな軍人に劣らない。軍人は政治を反映するが、作家は国民全体を反映する。

 

 さて、明日は東京都知事選です。もしも猪瀬さんが東京都知事を続けていたら、おそらくは《正確な見通し》と《国民全体を反英する》感度によって、コロナ禍における東京五輪をソフトランディングさせていたに違いないって、そう思うのですがどうでしょうか。具体的には、ファクトに基づくプランA、プランB、プランC(以下、無限に続く)が公開され、緊急事態宣言などもロジカルに出されていただろうなって、そう思います。

 

 東京五輪未来戦記。 

 

 都民の叡智に期待。

 

 

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