田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

猪瀬直樹 著『昭和16年夏の敗戦 新版』より。データより空気。これは過去の歴史ではない。今なお……。

 二つの内閣が対峙した。いっぽうは第三次近衛内閣。もうひとつは平均年齢三十三歳の総力戦研究所研究生で組織する〈窪田角一内閣〉である。
 ~中略~。長い一日がはじまりそうである。

 十六年夏、彼らが到達した彼らの内閣の結論は次のようなものだったからである。

 十二月中旬、奇襲作戦を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、しかし、物量において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。だから日米開戦はなんとしてでも避けねばならない。
(猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦 新版』中央公論新社、2020)

 

 こんばんは。ちょうど猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦 新版』を読んでいるときに、「日本学術会議が推薦した新会員候補者6人を菅義偉首相が任命しなかった問題」が報じられて、タイムリーなニュースだなぁと思いました。何がタイムリーなのかといえば、総力戦研究所の結論を無視した「過去」と、日本学術会議を軽視する「現在」がつながっているような気がしたからです。新版のカバーに堀江貴文さんが寄せている《これは過去の歴史ではない。いまだ日本で起きていることだ》という言葉が言い得て妙です。昨夜のビデオニュース・ドットコム(マル激トーク・オン・ディマンド 第1017回)でも取り上げられていたので、猪瀬さんの言葉とマル激の内容をからめて Twitter で呟いたところ、猪瀬直樹さん御本人にリツイートしていただきました。お~、猪瀬さんだ🎵

 

 

 引用の《記録する意思こそ問われねばならぬ》というのは、総力戦研究所のメンバーのひとりだった吉岡恵一さんが記していた「吉岡日記」を指しての、猪瀬さんの自戒です。記録を残している人がいるからこそ、歴史に学び、よりよい未来をつくっていくことができる。社会学者の橋爪大三郎さんが《私は、本書をまずまっ先に読むように若い学生諸君に伝えたい》と推薦するこの『昭和16年夏の敗戦』も、記録する意思をもった人たちがいなければ《到底ディテールは描きえなかった》ことでしょう。

 

 堀場が「大和魂こそアメリカにはないものでわが国最大の資源だ」と講義したとき、志村は「異議あり」と席を立ち反論したのである。
「日本には大和魂があるが、アメリカにはヤンキー魂があります。一方だけ算定して他方を無視するのはまちがいです」
「だまれッ」

 

 ディテールの一端です。Twitter があったら「日本がアメリカに勝つわけないだろう」と呟いていそうな、研究生のひとり、開戦反対論者の志村正さん。「いいね」をおしたくなります。

 また、マル激の「公文書管理と情報公開のできない政権は歴史の審判に値しない」という文脈でいえば、記録と公開のハッピーセットがあるからこそ、権力者は《極端に恥ずかしいことはできなくなる》のであり、もしもそれがなければ民主主義が機能せずに国民がアンハッピーになってしまうのは「必然」というわけです。日本学術会議が推薦した新会員候補者6人を菅義偉首相が任命しなかった理由、記録する意思をもつ人は周りにいないのでしょうか。

 

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: 文庫
 

 

 猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦 新版』を読みました。新版の特典は、何といっても、巻末に掲載されている「我われの歴史意識が試されている ―― 新版あとがきにかえて」でしょう。新型コロナウイルス対策にみる日本の最高意思決定が、きわめて不透明だったとして、すなわち戦前となんら変わっていないとして、次のようにあります。

 

 戦前においても、政府と大本営(軍部)の「連絡会議」であらかじめ結論をつくり、天皇臨席の「御前会議」で国家意思を決定した。つまり「御前会議」とは、儀式としての会議であり、僕はあえて一斉休校という重大決定をした「対策本部会合」を揶揄してその言葉を使っている。

 

 一斉休校、突然でしたからね。はじまりの理由も、終わりの理由も、よくわからぬままに。だからいつまた突然の一斉休校がはじまるのかはじまらないのかもよくわからぬままに。

 

 いまこそ我われの歴史意識が試されている。

 

『昭和16年夏の敗戦』の主役である「総力戦研究所」というのは、日米開戦の8ヶ月前に《人格高潔、智能優秀、身体強健ニシテ将来各方面ノ首脳者タルベキ素質ヲ有スルモノナルベク年令三十五歳位迄ノモノヲ選抜スルモノトス》として、全国各地から集められた若きエリートを有した研究所のことをいいます。その研究所で組織されたのが、冒頭の引用にある〈窪田角一内閣〉です。プロローグに《七十八歳の元〈内閣総理大臣〉窪田角一》とあり、「はて、誰だろう?」と思わせるところが、さすがの猪瀬さん。うますぎます。

 

 現代でいうところの有識者会議、或いは日本学術会議。

 

 そういったイメージでしょうか。専門家が集まって、国に助言する。その若者バージョンです。なんか、格好いいですよね。猪瀬さんは総力戦研究所に集まった若きエリートたちのことをギリシャ神話の「イカロス」に例えます。蝋で固めた翼によって自由自在に飛ぶ力を得たものの、太陽に近づきすぎたことで蝋が溶けてしまい、墜落してしまった、あのイカロス。

 

 イカロスたちの夏。

 

 イカロスたちによる模擬内閣と、リアル内閣が辿った意思決定のプロセスを同時に描きながら、猪瀬さんは「なぜ、イカロスたちが導いた『日本必敗』という結論が、葬られたか」という問いに迫ります。昭和20年夏の敗戦を予言していた、昭和16年夏の敗戦の理由です。令和につなげると、なぜ、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は解散させられたのか。なぜ、日本学術会議が推薦した新会員候補者6人は任命されなかったのか。いまこそ我われの歴史意識が試されている、というのは、そういったことでしょう。

 

 前田を含めて〈経済閣僚〉らが、開戦に拒否反応を示したのは、彼らが数字でモノを考える習性をもっていたためである。

 

 前田勝二さんも研究生です。総力戦研究所の若きエリートたちは、今でいうところの理系思考だった。しかし、理系思考は、空気に勝てなかった。

 

 データより空気。

 

 学校でいうと、 勤務時間内には絶対に終わらない量の仕事が課せられていることとか、自治体によっては「体育部」(戦時でいうところの軍部)と呼ばれる人たちが幅を利かせているように思えることとか、そういったことと似ているような気がします。そしてそのデータすらも、記録に残さなかったり書き換えられてしまったりする、令和。だから変えなければいけません。

 

 空気よりデータ。

 

 方法は力なのだ。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 猪瀬さんの他の本(『黒船の世紀』や『日本国の研究』など)もそうですが、特に『昭和16年夏の敗戦』は「高校生の長女や中学生の次女にも読んでほしい」と思える一冊です。パパが勧めるとなかなか読まないので、高校の先生や中学の先生に勧めてほしいなぁ。中高の先生たちがたくさん本を読んで、生徒に良書を勧められるようになるためにも、「空気よりデータ」で、働き方改革を進めてほしいものです。

 

 今週は土曜日まで授業があって、すでに敗戦濃厚。

 

 おやすみなさい。

 

 

日本国の研究 (文春文庫)

日本国の研究 (文春文庫)

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 1999/03/10
  • メディア: 文庫