田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

藤原章生さんと高野秀行さんのトークイベントに参加してきました🎵 その「個」はどこから始まっているのか。

 するとほどなく、朝日新聞にこんな論調の記事が載った。テロの原因は貧困にある。武力による報復ではテロを根絶できない。テロをなくすにはまず貧困をなくさなければならない。
 それを見たとき、私の中から自分でも驚くほどの怒りが湧いてきた。
 机上の空論だけ繰り返しいい気になっているエリート記者がわかったふうなことをぬかしやがって。貧困がテロの原因だと言うのなら、もしそれが本当なら、なぜアフリカ人は爆破テロを起こさないんだ。なぜなんだ。
(藤原章生『新版  絵はがきにされた少年』柏艪舎、2020)

 

 こんばんは。今週の火曜日の夜に藤原章生さんと高野秀行さんのトークイベントに参加してきました。で、めちゃくちゃ感銘を受けて、すぐにでもブログに書きたかったのですが、通知表の作成に追われ、水木とほとんど不眠不休 & 今は何だかハイな気分に。

 

 なぜなんだ。

 

 金曜日の夜だからです、きっと。締め切りは今日だったのに、管理職が月曜日でもいいよって言ってくれたからです、きっと。世界は永遠に続く金曜日の夜の始まりのようなやさしさに満ちている。永遠といえば、辻仁成さんの小説の一節を思い出します。

 

 一瞬が永遠になるものが恋
 永遠が一瞬になるものが愛

 

 藤原さんにとってのアフリカは、おそらく前者でしょう。1961年生まれで、もうすぐ還暦という年齢にもかかわらず、「またアフリカに行って、住みたい」って話しているのですから。高野さんとのトークイベントも、アフリカについての「恋バナ」みたいなものでした。

 

 

新版 絵はがきにされた少年

新版 絵はがきにされた少年

  • 作者:藤原 章生
  • 発売日: 2020/10/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 なぜいま「新版」なのか。不思議に思っていましたが、コロナによる「差別」の問題がきっかけだそうです。そう考えると、旧版(?)の『絵はがきにされた少年』が、無知に対する怒りをきっかけにして生まれたという話も頷けます。差別は無知から生まれ、無知は無関心につながるからです。表題作の「絵はがきにされた少年」を含め、アフリカを舞台にした11編のエピソードから成る『絵はがきにされた少年』。冒頭に収録されている「あるカメラマンの死」も、アフリカのリアルが世の中に少しでも伝わっていたら、防げた「死」だったかもしれません。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 そもそも『絵はがきにされた少年』が、9.11のテロをきっかけにして生まれたなんて、知りませんでした。冒頭の引用は、新版のあとがきからとったもので、そこにその経緯が書かれています。テロの原因を報じるメディアの説明が単純すぎて、藤原さんには無知蒙昧に映ったんですよね、きっと。違うだろって。だから『絵はがきにされた少年』を書き、届く人だけでもいいから、アフリカを切り口にして「蒙」を啓こうとした。大切なのは知ること。そして想像すること。例えば次のようなエピソードを通して。

 

 どうして僕たちは歩いているの?

 

 南アフリカにて、藤原さんの息子さんの台詞です。2番目に収録されている物語のタイトルでもあります。当時7歳だった息子さん、続けて曰く、

 

 どうして、ズールーじゃないのに僕たち、歩いているの?

 

 ズールーというのは南アフリカ最大の部族の名前です。要するに、息子さんは、白人や名誉白人である日本人は、車に乗って移動するのが当然だと思っているんですよね。ちなみに日本人が名誉白人だったのは、南アフリカの旧宗主国であるイギリスが日本と結んだ日英同盟にその根拠があるそうです。深い。

 

 子供の問いかけに、当時まだ差別という現実をうまく消化できないでいた私は、少し戸惑いつつもこう答えた。
「ズールーの人だって車に乗るし、日本人だって歩く人はいるよ。ズールーだからどう、ズールーじゃないからどうっていうふうにひとまとめで考えない方がいいよ。ここはダーバンだし、ヨハネスブルグよりも安全だから、こうして散歩をしてるんだ。歩ける方が楽しいだろ」

 

 息子さんは、父親である藤原さんの説明に納得しません。腑に落ちないというかなんというか、現実はそんなふうじゃないことを肌で感じているからです。藤原さんが大好きだという、南アフリカの作家、J・M・クッツェー(ノーベル文学賞受賞)と同じように、藤原さんの息子さんも、物心ついたころから世の中の不平等を見て育っています。差別が当たり前のように存在する幼少期を過ごした子供は、その後どうなるのでしょうか。

 

 コスモポリタンみたいな感じになっている。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 藤原さんにはお子さんが3人にて、今では3人ともコスモポリタンみたいになっていると話していました。肌の色や人種などで人を判断しないという意味です。机上の空論ではなく、実際に差別を知っているから、貧困も知っているから、差別する側も差別される側も経験したから、日本ではひどいいじめも受けたから、だから差別なんてしないというわけです。ちなみに、どうして僕たちは歩いているの(?)の男の子(長男)は、今、南米のチリで暮らしていて、2番目(♀)はロサンゼルスに、3番目(♂)だけが日本にいる、とのことでした。ワールドワイドな家族だなぁ。

 

 その「個」はどこから始まっているのか?

 

 藤原さんは新聞記者なのに、社会構図のことはほとんど描かず、個人のことを徹底して深く掘っていく。そういった意味で、ノンフィクションの界隈では極めて珍しい存在ですよねって、インタビュアーの高野さんがそう話していました。それに対して藤原さんは、「その『個』はどこから始まっているのか」というところに関心がある、というようなことを話していました。差別についていえば、藤原さんのお子さんの例もあるように、結局は幼少期の生育環境であったり、母親や父親とのかかわりであったり、そのような過去から起因しているのではないか、ということです。だからそこ、過去に、起源に、無知でいてはいけない。

 

 幼少期の教育って、大事。

 

f:id:CountryTeacher:20201218192001j:plain

サインをいただきました🎵

 

f:id:CountryTeacher:20201218192059j:plain

ポストカード(左上)もいただきました🎵

 

 その人の「起源」に迫りたい。そういったことに関心を抱く藤原さんだからこそ、人類の「起源」であるアフリカに魅せられ続けているのだろうなと思いました。南米やメキシコなどは、藤原さんにとっては「薄い」そうです。アフリカは、濃い。そんな濃いアフリカに、高野さんも何度も足を運んでいるとのこと。トークイベントの最後に、新刊『幻のアフリカ納豆を追え!』のことをちょこっと紹介していただいたので、そしておもしろそうだったので、通知表が完成したら、読んでみようかなぁ。

 

 めちゃくちゃ眠いです。

 

 おやすみなさい。

 

 

目下の恋人 (光文社文庫)

目下の恋人 (光文社文庫)

  • 作者:辻 仁成
  • 発売日: 2005/07/12
  • メディア: 文庫