次に、異物を排除する共同体的慣習を問題にしましょう。私の父は定年退職後、地元の大和市で、難民や移民の受け入れボランティアをやってきています。父が言うのですが、白人ではない外国人が住むというだけで治安上の不安に脅える市民が異様に多いのです。
そこで父は、難民・移民の方々と市民が交流するイベントを企画したりしています。そうです。不安があるなら交流すればいい。交わらないで遠ざけているから、根拠のない不安に脅え続けるのです。でも交わるには異者を脅える気持ちを克服する必要があります。
(宮台真司『これが答えだ! 新世紀を生きるための108問108答』朝日文庫、2002)
おはようございます。私の母はフレンドシップフォース(Friendship Force、以下FF)という国際交流団体の会員でした。FFは77年に米国のウエイン・スミスが設立し、ジミー・カーター元大統領の推奨で始められた草の根の国際交流団体で、活動の趣旨を「国の違う市民同志が家庭滞在という形で生活を共にし、考え方や文化の相違点や類似点を発見し、相互理解を深めることにより世界平和を実現していくこと」としています。
母が外国に行くとFFのメンバーが泊めてくれる。逆にFFのメンバーが日本に来たときには、我が家に泊まりに来る。簡単にいうと、そういったことをシステマティックに行っている団体です。
だから実家で暮らしていたときには、狭かったのに、社宅だったのに、しばしば外国人と生活を共にすることがありました。まぁ、外国人にとっては「うさぎ小屋」と形容される日本人の住居を体験できてよかったのかもしれません。大事なのは空間的なゆとりではなく、精神的な奥行きですから。
現在、わたしの家の両隣は外国人ファミリーです。母の子育て戦略(?)が功を奏したのか、不安も脅えもなく、むしろベリーウェルカム。家族ぐるみでご飯を食べることもあって、新世紀を生きる長女や次女のよい教育になっているような気がします。これが答えだ(!)。宮台真司さんの言葉を借りれば、まさにそんな感じです。
第1003回のマル激トーク・オン・ディマンド「ポストコロナが問う、日本は外国人と共生できる国なのか」(2020年6月27日、ゲストは弁護士の指宿昭一さん)を視聴した後に、宮台真司さんの『これが答えだ!』を再読しました。日本は外国人と共生できる国なのかという問いに対する答えが、すでに書かれていたような気がしたからです。性愛・家庭・学校・社会・国家・宮台・新世紀という章立てで、あらゆる分野に言及し、当時「宮台入門本」と呼ばれていたこの本。
あった!
そう思ったのが冒頭の引用です。新世紀という章の中にある「移民アレルギー」という節の「Q&A」の中に出てきます。今回のマル激で語られている内容と合わせると、日本が外国人と共生できる国になるためには、まずは交流して、進んでかかわって、彼ら彼女らの存在を「わがこと」として感じられる人を増やさなければならない、となるでしょうか。20年も前に出された答えが今でも役に立つなんて、さすが宮台さんだと思うと同時に、日本の変わらなさにぐったりします。
長年、外国人労働者の相談にあたっているという弁護士の指宿昭一さんによると、新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う自粛要請によって、外国人労働者、特に技能実習生と呼ばれている人たちが、軒並み解雇されるなどの困難な状況に陥っているとのこと。コロナの前は彼ら彼女らの「失踪」がニュースになっていましたが、今度は「解雇」です。
外国人労働者の権利が保障されないのであれば、遅かれ早かれ、日本人労働者の権利も保障されなくなる。
指宿さんは「労働者としての基本的な権利を守るためのトータルな仕組みは、国籍、働き方の区別なく保障されるべきであり、外国人労働者への支援は、日本人の非正規労働者に対する考えと地続きである」と指摘しています。教員に変形労働時間制が導入されたら、他の公務員にも同じような制度が適用されるかもしれない。そういった話と似ているかもしれません。
労働問題は、ひとごとではない。
失踪もひとごと、解雇もひとごと。そうやってただの「よその人」の話だと思っていると、やがてはあなたが技能実習生と同じような立場に追い込まれますよ。そもそも切り捨てていい人なんてひとりもいないんですよ。教室でもそう教えますよね。ひとりも見捨てないって。グループワークなどを通してかかわりを増やし、ひとごとではなくわがこととして考える習慣をつけましょうって。
ヨーロッパでいうところの、普遍主義。
日本でいえば、情けは人のためならず。
日本は雇用規制が強すぎて簡単には解雇ができない。だから雇用の調整弁が必要となり、外国人労働者や非正規労働者を活用せざるを得なくなっている。そのため、正規、非正規、外国人というような、他の先進国にないリジッドな区分が生じ、労働者が分断されている。分断されれば、正規が非正規を、非正規が外国人を「わがこと」として考える動機付けを得ることはできない。宮台さんはマル激の中でそう語っています。
わがこととして考える。
最も効率的なのは、教育システムの中で、幼少時から「同じ穴のムジナ」と戯れる傾向を抑止し、異者と積極的に交わる傾向を支援するようなプログラムを走らせることでしょう。
やはり教育システムですね。フレンドシップフォースも、宮台さんいうところの《異者と積極的に交わる傾向を支援するようなプログラム》のひとつなのでしょう。家庭も含めた教育システムを、社会全体でどのように改善していけばよいのか。あなたもわたしも、それを「わがこと」として考える。
ミクロからマクロへ。
行ってきます。