田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

小林紀晴 著『ASIAN JAPANESE』より。日本にだって出会いはある。気が付かないだけ。

 貧しい、遅れていると言われていた世界で実は、四角い空ばかり眺め、満員電車に乗っていた僕などより、幸せを感じている人間がいた。しかし、それはけっして幸せだけではない。悲惨さも、醜さも、卑怯さも、滑稽さも、生も、死も、あからさまだった。いいかえれば、リアルであった。
 きっと僕は、頬を打たれるようなリアルさが欲しかったのだ。そして、自分だけにしか語れない言葉が、自分だけの物語が欲しかった。
 そのことは、僕が旅先で会った旅行者の多くに共通している気がした。
(小林紀晴『ASIAN JAPANESE 』新潮文庫、1995)

 

 おはようございます。定時退勤のデメリットのひとつに、浦島太郎になるということがあります。定時後に交わされる職員の会話を知らないため、竜宮城から戻ってきた浦島太郎のように「おや?」と思うことがしばしばあるということです。

 昨日もそんなしばしばがありました。しばしばがあったのは保護者会です。感染症対策のために体育館で行うことになっていたんですよね。時間をずらして、ひと学年45分ずつ。私の学年と人数の少ないもうひとつの学年だけは体育館の前と後ろで同時進行。事前の学年主任の集まりのときには、とある学年だけ「スクリーンを使います」と話していたものの、特に合わせる必要はないということで、他の学年は「使わない」って、話はそこで終わっていたんです。にもかかわらず、今日、玉手箱を開けたら、もとい、体育館の扉を開けたら、

 

 おや?

 

 もちろん「親」に対してですが、どの学年もパワーポイントを使って写真やら学年目標やらをスクリーンに提示して説明しているではありませんか。いやいや、使わないって言ってたでしょ、勤務時間の会議のときに。しかもスクリーンは体育館の前にしかなくて、体育館の後ろをあてがわれている私の学年は鼻からその物語から除外されているし。頬を打たれるようなリアルさに、それこそ深夜特急にでも飛び乗って旅立ちたくなりました。

 

 

 小林紀晴さんの『ASIAN JAPANESE』を再読しました。旅先で出会ったバックパッカーたちの姿を写真と文章で切り取った名作です。名作すぎて『ASIAN JAPANESE2』と『ASIAN JAPANESE3』も生まれたほどです。旅と同じように、名作も続く。もしかしたら『ASIAN JAPANESE4』や『深夜特急7』にだって、いつかどこかで出会えるかもしれません。

 

 サヨナライツカ。

 

異国で日本人に教えられる。それは僕自身も、何度かそんな体験をしていた。日本では出会えない実に個性的な人たちが、あたかも選ばれたかのようにいろんな国のいろんな街の安宿に所在なげにいるのだった。

 

 以前にブログで紹介した、下川裕治さんの『日本を降りる若者たち』にも同じようなことが書いてありました。

 

 日本では人に出会えない。

 

 バックパックを背負ってアジアを旅すると、これがまたおもしろいようにおもしろい日本人と出会えるから不思議です。日本の経済がガタガタになった今となっては、そしてコロナ禍の今となっては、少し難しいかもしれませんが、1968年生まれの小林さんが、23歳のときに旅した90年代前半のアジアには、おそらくはそういった出会いがゴロゴロしていたのでしょう。そのまま外国で死を迎えることになる66歳の谷口老人然り、香港からデリーまで自転車で行こうとする青年然りです。私がなんちゃってバックパッカーとして歩いた90年代後半のアジアにも、この『ASIAN JAPANESE』に出てくるような個性的な人たちとの出会いがゴロゴロしていました。だから引用にある《あたかも選ばれたかのようにいろんな国のいろんな街の安宿に所在なげにいるのだった》という記述には強く共感します。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 でも本当に、日本では人に出会えないのでしょうか。出会えないのではなく、出会いに気が付いていないだけなのではないでしょうか。

 教員をしていると、職業病なのか、出会う人すべてが教材(或いはゲストティーチャー)に見えてくるということがあります。たまたま勤めることになった自治体の、たまたま赴任することになった学校の、たまたま担任としてかかわることになったクラスの子どもたちの、親。旅先で出会う「人」もレアですが、学校で出会う「親」だって、私にとってはかなりレアです。だからバックパッカーのときと同じように、声をかけてその人の人生を読んでみたくなります。

 

 親という生きた教科書を開かない手はありません。

 

 だから親同士が話をすればいい。スクリーンが使えなかったので、保護者会では4人グループでの対話というか雑談を促しました。テーマは「最近のお子さんの様子、或いはコロナ禍におけるお子さんの様子について、プラス α で『総合』について」というもの。ソーシャル・ディスタンスを保ちましょう、あまり話したことのない人と同じグループになるようにしましょう。スクリーンに対抗するための思いつきでしたが、うまく自分だけの物語にもっていくことができたように思います。ちなみに「プラス α で『総合』について」というのは、ゲストティーチャーとして保護者のみなさまのキャリアを教室で語りませんか、という私からの提案に対する応えを期待したものです。

 保護者会が終わった後に「めちゃくちゃ盛り上がっていたじゃないですか」と若手の先生に言われました。みなさん働き過ぎですが、素敵な同僚が多いんです。

 

 だてに700年も海中生活をしていない。

 

 浦島太郎は、そう思ったとさ。 

 

 

ASIAN JAPANESE〈3〉 (新潮文庫)
 
サヨナライツカ (幻冬舎文庫)

サヨナライツカ (幻冬舎文庫)

  • 作者:辻 仁成
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 文庫