田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

小林紀晴 著『ASIAN JAPANESE 2』より。旅と異性と人生と。また会いましょう。

 かなり遅くなって僕らはその店を出て、サン・ミッシェルの方向へ歩き出した。
「不思議だよね」
 彼女が不意にそんな言葉を呟いた。
「小林君と夜中のパリをこうして歩くなんて、不思議だよね」
 確かに実に不思議な気が僕もする。八年ほど前の四月に同じ新聞社の入社式で会った。でも、あの時こんなところでこうして会うなんて想像すらできなかった。あの頃、僕は定年までいるつもりで会社に入ったんだなということを、こんなところで思い出した。その僕がパリの街で彼女と会っている。人と人の出会い、そして、その時間の流れは真っ直ぐなように見えて、案外複雑でそして本当にわからないものだ。でもだからこそ面白い。
(小林紀晴『ASIAN JAPANESE 2』新潮文庫、1996)

 

 おはようございます。昨日、行きつけの本屋をブラブラとしていたところ、たまたま地元の知り合いに会ったのでお茶をして帰りました。

「不思議ですね」

 彼女が不意にそんな言葉を呟く、なんてことはまるでありませんでしたが、彼女の話に耳を傾けながら、実に不思議な気がしました。昨夜読み返していた本の影響かもしれません。ラオスのゲストハウスで彼女と出会ったのは、互いにまだ20代だった頃。あの時、十数年後に思いがけず同じ街に住むことになるなんて、想像すらできませんでした。冷静と情熱のあいだならぬ、日常と非日常のあいだ。写真家の小林紀晴さんが書いているように、人と人の出会い、そして、その時間の流れは真っ直ぐなように見えて、案外複雑でそして本当にわからないものです。

 

 でもだからこそ面白い。

  

ASIAN JAPANESE〈3〉 (新潮文庫)
 

 

 小林紀晴さんの『ASIAN JAPANESE 2』と『ASIAN JAPANESE 3』を読み返しました。先日、シリーズの最初の作品を久し振りにパラパラと読み返していたら、続く『2』と『3』も気になってしまって、持ち帰り仕事そっちのけでちょっと夢中に。で、1~3を読み返してみて、そういえばと思ったのが「表紙」です。全員女性なんですよね。旅先で出会った幾人もの若者たち(ときに老人)の「いま」を写真と文章で切り取ったこの『アジアン・ジャパニーズ』シリーズ。どちらかといえば男性が多いのに、敢えて3冊とも女性を表紙にするっていうのは、おそらくはメッセージなのでしょう。旅に、すなわち人生に異性は欠かせないというメッセージです。ただ単にその方が売れるという商業的な意味合いもあるのかもしれませんが。

 

 旅と異性と人生と。

 

 花まる学習会の高濱正伸さんが「男はとにかくモテるやつに」というのも、社会学者の宮台真司さんが「きみがモテれば、社会は変わる。」というのも、席替えをするたびに子どもたちがはしゃぐのも、同じようなメッセージなのでしょう。小林さん、モテるだろうなぁ。

 
ASIAN JAPANESE 1 川口良子さん(29)

 デビュー作にしてベストセラーの人気シリーズ『ASIAN JAPANESE 1』の表紙を飾っているのは、その時点ですでに1年以上もひとり旅を続けているという川口良子さんです。場所はネパールの首都カトマンズ。よくある話ですが、小林さんと川口さんは宿で出会ったとのこと。長期旅行者が集うゲストハウスで出会い、せっかくだからご飯でもと言って近くのお店に行き、たがいの人生を語り合う。旅先ではよくある話です。日常だとこういったやりとりがなかなかできないのはなぜでしょうか。

 

「写真を撮らせてください」
 いきなり僕はお願いした。絵になる人だと思ったのだ。

 

 いわゆる職業病です。教員が「この人を教室に呼びたい」と思うのと同じです。小林さんが川口さんのどこに惹かれたのかといえば、彼女が《とても軽やかに旅をしている、そんな風に映った》からとのこと。女性のひとり旅って、男性のそれに比べるとやはり大変なんです、きっと。それにもかかわらず、川口さんは軽やかに旅をしているように、すなわち軽やかに生きているように、小林さんの目には映った。

 

 「日本だと世間に対してってことがあるでしょう。例えば一歩外へ出るだけで、髪の毛ははねていてはいけない、お化粧をして、パンストをはいて、それはデンセンしていてはいけない、目上の人に会ったら敬語を使い、世間に対して失礼にならないようにって。まずわたしはそれがしんどい。もちろん日本ではそれに従って行動してるけど。それがなかったらサバサバと、もっと社会の深みまで入っていける気がする」
 彼女の言う意味は、僕なりにわかる気がした。

 

 教員の長時間労働がなくならないのも、女性が軽やかに生きていくことができないのも、この「世間に対してってこと」が大きい。彼女の言う意味は、私なりにもわかる気がします。先に書いた「日常だとこういったやりとりがなかなかできない」のも、以前のブログに書いた「日本では人に出会えない」のも、そのためでしょう。とはいえ、川口さんは日本が「好き」だそうで、ちょっとほっとします。今はどこで何をしているのでしょうか。

 

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ASIAN JAPANESE 2 中平美紀さん(30)

  冒頭の引用に出てくる「彼女」が『ASIAN JAPANESE 2』の表紙を飾っている中平美紀さんです。場所はパリ。ヘミングウェイが『移動祝祭日』と形容したパリ、平野啓一郎さんが『マチネの終わりに』の舞台としたパリ、最近でいうと金原ひとみさんが『パリの砂漠、東京の蜃気楼』で描いたパリです。人生と同様に、パリと異性も切れない関係にあります。行ったことないけど。

 

人はその置かれた状況や、環境で違って見える。彼女の顔は明らかに晴れ晴れとして見えた。

 

 中平さんとは東京でしか会ったことがなかったとのこと。そのほとんどが仕事がらみだったそうで、パリでの再会はまるで別人と話しているかのようだったと書いています。正確には《日本で知っていた彼女と同一人物には思えなかった》云々。今はどこで何をしているのでしょうか。

 学校にいる子どもたちも、学校以外の居場所をもつことができればもっと世界が広がるのに、と思います。ブロガーのインクさんが書いているように「世界が狭くなるとそこでのできごとは相対的に大きくなる」からです。だから学校にいる時間をもっと少なくすればいい。子どもだけでなく、大人も。

 

taishiowawa.hatenablog.com

 

「生きている世界を二つ持っているのは楽しい」
彼女はパリでの自分というものを確立しはじめているのだろう。
「新しい世界が自分の中にどんどんできてくる。それによってこれからの自分はどんどん変わるだろうね」

 

 ひとつでは、多すぎます。そのひとつの価値が世界を覆ってしまうからです。子どもに学校以外の「学校的なもの」ではない世界を、教員にも学校以外の「学校的なもの」ではない世界を、誰かください。変わらないために変わり続けるために。どんどん変わるために。

 

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ASIAN JAPANESE 3 森原恵子さん(24)

 アジアン・ジャパーニーズの完結編の表紙を飾っているのは森原恵子さんです。場所は沖縄。原点回帰、最後はやはり日本ですよね。福岡の筑豊で生まれ育った森原さんは、大学の入学と同時に住むことになった東京での生活が合わず、小林さんと会ったときには首里城の近くの沖縄県立大学に在学しています。ちなみに小林さんの「東京での学生生活はどうでしたか?」という質問に対して、森原さんは「大学は東京の小平だったんですけど、なんか駄目でした」と答えています。風と空の色が合わなかったそうです。小平、私の故郷なのに😭

 

 「わたしは紅型をするためにここにいます」
 彼女は即座に答えた。
 そのあとで彼女は、
「わたし、空を見るのが好きなんですよ」
 と言った。

 

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首里城より望む沖縄県立大学(2019)

 

 昨年の夏に家族で沖縄に行ったときに首里城から撮った写真です。首里城が燃えてしまう2ヶ月前の写真。長女と次女に「あの大学はどう?」と勧めた覚えがあります。大学云々よりも「沖縄での生活はどう?」と勧めた感覚です。我が子を含め、子どもたちにはいろいろな場所での暮らしを体験してほしい。そして異性も含め、広い空のもと、出会いの幅を広げてほしい。移動しなければ、誤配も出会いも生まれないのだから。

 

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 表紙の3人の女性は、今はどこで何をしているのでしょうか。沢木耕太郎さんが『深夜特急』の最終便を『旅する力  深夜特急ノート』として刊行したように、小林さんにも『ASIAN JAPANESE 4』として、表紙の女性のその後を描いてほしいなって、そう思います。

 

 旅と異性と人生と。

 

 また会いましょう。

 

   

旅する力―深夜特急ノート (新潮文庫)

旅する力―深夜特急ノート (新潮文庫)