田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

加藤シゲアキ 著『できることならスティードで』より。偏見は、愚か者たちが使う理屈である。小学校 ≒ 旅。

 僕の小学校時代は、授業で学んだ知識以上に、強制的に集団生活を送る日々から学んだことの方が多かった。友人との出会いや、初恋なども経験したし、俳句大会で佳作に入ったことも小さな成功体験の記憶としてある。一方で、体育が苦手だった僕は運動会にはあまりいい思い出はないし、毎年夏休みに水泳の補講で残されているのを、クラスメイトに見られて馬鹿にされるのではないかとひやひやしたこともある。
 今思えばひとつひとつの経験や記憶から広がっていった学びは多く、学校は社会の縮図とも言えたし、結果的に協調性と自主性の両方を培うことになった。
(加藤シゲアキ『できることならスティードで』朝日文庫、2022)

 

 こんばんは。不登校の子どもから発せられた「小学校に通うべきか?」という問いに対する加藤シゲアキさんの答え(一部)より。模範解答といえるでしょう。NEWSとして、ブログだけでなく学級通信にも引用したくなります。出典は、ジャニオタの同僚に誕生日プレゼントとしてもらった、

 

 シゲの本。

 

 同僚から「シゲの本」と聞いた瞬間、できることなら重松清で、なんて思ってしまった私は愚か者です。偏見は、愚か者たちが使う理屈である。ヴォルテールはそう言いました。ジャニーズが書いた本なんて、ケッ、という理屈。もしも同じような偏見をもっている人がいたとしたら、騙されたと思って「シゲの本」を読んでみてください。きっと、こう思うはずです。

 

 天は二物を与える。

 

 

 男性アイドルグループ・NEWSのメンバーである加藤シゲアキさんの『できることならスティードで』を読みました。旅のエッセイ15編(Trip)に加えて、旅する掌編小説3編(Intermission)も収録されている、著者初のエッセイ集です。テーマはもちろん、旅。目次は以下。

 

 Trip0 キューバの黎明
 Trip1 大坂
 Trip2 釣行
 Trip3 肉体
 Trip4 岡山
 Intermission1 がまし
 Trip5 ブラジル → 京都
 Trip6 ニューヨーク
 Trip7 時空
 Intermission2 ヴォルール  デ  アムール
 Trip8 小学校
 Trip9 スリランカ
 Trip10 渋谷
 Trip11 パリ
 Intermission3 ホンダ  スティード400
 Trip12 無心
 Trip13 浄土
 Last Trip 未定

 冒頭の引用は「Trip8 小学校」より。キューバやスリランカやパリや渋谷と並んで「小学校」って、教員としては、なんだか嬉しい。小学校の6年間が加藤さんにとっては旅のようなものだったということでしょう。

 

 小学校 ≒ 旅

 

 この見方・考え方は、あながち的外れなものではないし、むしろ的を射ているといっても過言ではありません。教育社会学者の柳治男さんは、名著『〈学級〉の歴史学』の中で、《いつでも体験可能なパックツアーを通じて、間接的ながらも「学級」という集団の生活を追体験してみることができる》と述べています。学級とパックツアーは似ている。当然、小学校と旅も似ている。なんちゃってバックパッカーだった私が小学校の教員になったのも、無意識とはいえ、もしかしたら「小学校 ≒ 旅」という見方・考え方を抱いていたからかもしれません。

 

 しかし、それでもなお、やはり小学校での教育は無駄だった! もっと自分にマッチした教育を主体的に選んでいくべきだった! と思わないのはいったいどうしてだろう。

 

 引用にある《しかし、それでもなお》というのは、クロールのバタ足指導には意味がなかったということが今となってはわかってしまったものの、という流れからの「しかし」です。例え自分にミスマッチな教育がなされていたとしても、

 

 小学校での教育は無駄ではなかった。

 

 そんなふうに振り返ることができる素直な加藤さんだからこそ、ニューヨークやブラジル、京都など、どこへ行っても多くのことを学ぶことができるのでしょう。可愛い子には旅をさせよとはよくいったもの。可愛い = 素直です。素直だからこそ、可愛いからこそ、旅がその子を教育してくれる。加藤さんを見いだした故・ジャニー喜多川さんも、《YOU、あのときは可愛かった》と話していたそうです。

 

 あのときは?

 

「Trip13 浄土」に、ジャニー喜多川さんとの思い出が綴られています。人との出会いは旅の醍醐味です。旅はこれからも続いていくという意味での「Last Trip 未定」の前に「出会いと別れ」をもってくるところ、うまいなぁ。偏見は完全になくなりました。

 

 出会いのエピソードはこれ。

 

 ジャニーズ事務所のオーディションに合格できた理由をジャニー喜多川さんに訊ねたところ、返ってきた答えは「顔」だったという話。才能でも何でもないところを褒められ、がっかりした加藤さんは、その後、奮起するんですよね。努力して「顔」以外の力をつけてやろうって。曰く《結果的に僕が、容姿に関係のない作家という仕事を始めたのは、この反動が多分に影響している》云々。もしもジャニー喜多川さんが、加藤さんの反動を見越して「顔」と答えたのだとしたら、凄まじい教育力ではないでしょうか。

 

 別れのエピソードはこれ。

 

 思い出させようとはしなかった。忘れているならそれでもいいとさえ思った。しかし少しの間があって、彼は僕を思い出し、「YOU、あのときは可愛かったのに、こんなになっちゃって」と言った。それから彼はこう口にした。

 

 臨終間際だったジャニー喜多川さんが、「こんなになっちゃって」の後に口にした衝撃の言葉とは?

 

 できることなら読んでほしい。